「テレビ電話は毎日、週末はZoomをつなぎっぱなしに」夫を残し息子2人とマレーシアへ…34歳のワーママが“海外移住”してみてわかったこと
文春オンライン / 2024年6月19日 6時0分
©AFLO
海外に拠点を移し、永住権をとった日本人の数は過去最高に達している。さらに、看護師や保育士、教員など、人手不足が叫ばれる職種に就いていても「海外で働く」道を検討する人が増えているという。彼らは何を求めて海外に飛び出すのだろうか。
ここでは、海外移住を選んだ若者たちへのインタビューをまとめた『 ルポ 若者流出 』(朝日新聞出版)より一部を抜粋。「がんばる親の背中を見せたい」と、夫を残し息子とマレーシアへ移住した、津村ようこさん(34歳)の事例を紹介する。(全4回の1回目/ 続きを読む )
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津村ようこさんは2022年夏、9歳と6歳の息子を連れて首都圏からマレーシア・クアラルンプール近郊に移住した。マレーシアは年間の平均気温が約27度で、年間を通じてTシャツにショートパンツといった夏の装いで生活できる。ホテルやショッピングモール内は冷房が効いて肌寒いほどだが、一歩外に出ると強い日差しが照りつける。
海外生活は学生時代からの憧れで、息子たちにも日本の公教育とは別の選択肢を見せたかった。日本で働く夫は、2カ月に1度のペースで会いに来る。毎日、テレビ電話は欠かさず、週末はZoomをつなぎっぱなしにすることもある。
「みんなそれぞれ本を読んだり、仕事をしたり好きなことをして会話をしない時間もあります。同じ空間にいる感覚が味わえて、現代の留学は寂しい思いをしなくてもいいんだってびっくりしました」
日中は自宅で仕事をしている。夕方になるとインターナショナルスクール(以下、インター)から帰宅した子どもたちをのせて車を運転し、公園やスーパーに出かける日もある。自宅の敷地を出ればすぐ目の前が学校という恵まれた環境で、子どもたちは徒歩で通学している。現地では治安面の不安から、スクールバスや親の送迎で通学することが多く、日本のように子どもが1人で通学する姿はほとんど見かけない。
夜は親子で一緒に勉強するのが日課だ。現地での生活に欠かせない英語に向き合うのは、大学受験以来。辞書を引きながら、長男と一緒に学校の宿題にも取り組む。日本の小学校に通ったことのない次男とは、タブレット教材も活用しながら家庭での日本語学習を欠かさない。
「上の子は日本では小学3年生で日本語の読み書きの土台ができてからマレーシアに来たので、日本語をすっかり忘れて書けなくなるってことはない。本好きで日本語の本からどんどん吸収しているので心配していません。でも、やっぱり親が日本語力の維持向上に無頓着だったら、どんどん忘れていくと思います。英語はインターに高学年から入ったので苦戦していますね」
仕事と子育ての両立に悩み追われる日々
日本で会社員だった頃は、海外で暮らすという自分の夢を追う暇も、子どもときちんと向き合うゆとりもなかった。仕事は住宅設備メーカーの営業担当。取引先からの無理な依頼やクレームは日常茶飯事だった。顧客対応のため、ほかの部署に頭を下げて回ることも少なくなかった。
加えて職場はサービス残業や休日出勤が当たり前だった。1人目の育休から復帰後、午後4時30分までの時短勤務を選んだが、残業する日も多かった。
「取引先に時短勤務とは言いづらいし、ただでさえ忙しい同僚にフォローをお願いするのも気が引けました」
退社後は次の「仕事」が待っている。子どもたちを保育園から連れ帰り、午後9時就寝を目指して夕食や入浴、寝かしつけなどを滞りなく進めなければならない。子どもが寝たら、今度は翌日の登園準備や洗濯などの家事が待っている。
「もう日々の生活をまわすのに精いっぱい」
ITベンチャーを立ち上げ、多忙だった夫もできる限り育児には関わった。家に帰るのが朝の始発電車になっても保育園に子どもを送ったり、週末は積極的に子どもの相手をしたりしていた。ようこさんの母親の協力を得ようと実家の近くに引っ越し、2人目の育休明けには職場も自宅近くの営業所に変えてもらったところ、今度は人手不足の現場に当たってしまった。以前の職場に輪をかけて忙しくなった。
いつしか、「ねぇママ、きょう保育園でね……」と話しかけてくる子どもの話に耳を傾ける余裕も失っていた。家に帰っても仕事で頭がいっぱいで、食事中に子どもが食べ物をこぼすと「なんでわたしの邪魔をするの」とイライラしてしまう。
一方で、可愛い盛りのはずの子どもの成長を見守り、向き合えないことに母としての罪悪感も募った。少し先のことを考える余裕もなく、常になにかに追われている状態。膨れ上がったスケジュールとやるべきタスクを前に身動きがとれず、どんどん追い詰められていった。つらい、つらい、つらい……。
残業で遅くなった、ある日の夜。閉園時間だった午後7時30分を過ぎて保育園に駆け込むと、ぽつんと明かりがついた職員室で保育士と一緒に母親の迎えを待つ息子たちの姿が目に飛び込んできた。
「このままじゃいけない」
これは我が家にとっての「新規事業」
張り詰めていた糸がぷつんと切れた。もっと自分に合った生き方があるのでは……。8年間勤めた会社を2018年に辞めた。思い切った決断だった。その後、ハローワークの職業訓練などで得た知識で、複数のブログで子どもの習い事に関する記事などを書き、広告収入を得る仕事をはじめた。日本を離れてもできる仕事だ。
時間に余裕ができ、子どもの面倒を見つつも、自分の心と向き合えるようになった。学生時代に夢見た海外生活への思いがよみがえった。マレーシア移住は、自分なりのチャレンジだ。移住する国を選ぶのにそう時間はかからなかった。親子留学で人気のマレーシアは日本との距離が比較的近く、時差が1時間。アジア人差別の心配がないことや、インターの選択肢が多く、物価も比較的安いことも魅力的だった。
「多民族国家はどういう国なのか肌で感じてみたいなという感じです。渡航の1年ぐらい前から計画をはじめ、そのときに息子たちにも伝えました。海外での暮らしがどんなものなのか息子たちは理解していなかったので、旅行に行くような感覚で、当初は喜んでいました」
夫に伝えると、最初は驚いた様子だった。だが、ようこさんが本気だと知ると「オンラインで毎日電話もできるし、なんとかなるよ」と前向きに応援してくれるようになった。
準備期間を経て、2年間生活できるだけの資金を用意しマレーシアへ渡った。週末は、同じように母子移住した韓国人らとお互いの家で食事をしたり、コンドミニアム併設のプールで子どもを遊ばせたり。異文化に触れる日々に心が満たされているという。
「週末はほぼ1日子どもたちをプールで遊ばせて、親たちはプールサイドでビールを飲んだり、お菓子をつまんだりして、めちゃくちゃおしゃべりをしています」
息子たちは英国式カリキュラムのインターに通っている。一緒に連れてきたのは、「グローバル人材」に育てたいからじゃない。多様な価値観や生き方に触れ、「生きる力」を養ってほしいと考えたからだ。親の役割は、親自身が自分のやりたいことに挑戦し、幸せな姿を子どもにみせること。「自分がやりたいことを成し遂げる力さえあればきっと幸せになれる」と信じている。
SNSを通じて現地の生活を発信していると、「子どもが日本の環境になじめなくなる」「英語も日本語も中途半端になる」などと、批判的な投稿もくる。しかし、ようこさんはそうした第三者の否定的な意見は受け流している。
「息子を一番理解しているのは親のわたしたち。子どもに幸せのあり方を教える親が、幸せじゃなきゃだめだと思う。これは我が家にとっての新規事業。新たなイノベーションを起こす『知の探索』を、わたしたちは海外に出てやっているところなんです」
凝り固まった考えがほどけていく瞬間
移住をするまでは「周囲はみんな富裕層ばかりなのでは」と心配もした。ただ、来てみてそうではないことがわかった。保護者ビザから就労ビザへの切り替えを考える人など、みんな長く滞在する工夫をしている。海外移住はセレブだけのものではなくなっていると肌で感じる。
疲弊していた「ワーママ」時代を思うと、勇気を出して環境を変えて良かったと思う。渡航前は英語の教育環境に不安そうだった長男は、「まだ日本に帰りたくない」と学校の自由な雰囲気を気に入っている様子だ。次男もクラスに溶け込んでいる。
子どもには失敗を恐れず、どんどん挑戦してほしい。だからこそ、言葉や習慣の壁にぶつかる自分の姿を積極的に見せるようにしている。
「この前、学校の先生との面談があったんですけど、母子移住してきた外国人のママたちは先生に聞きたいことを英語でまとめたメモ帳を握りしめていて。『みんなでがんばろう』って励まし合ったんです。子どもは学校で毎日英語に触れて苦手意識も低くなってきますが、母親は普段は家で過ごしているので、そういう機会があると英語を勉強しなくちゃって思いになるんです」
ようこさんはマレーシアに来てから、自分の勝手な思い込みや、凝り固まった考えがパーッとほどけていく瞬間があるという。
2年の滞在の後、日本に帰るかどうかはまだ決めていない。
〈 月収約33万円、残業は基本的にナシだが…「物価は高い」27歳保育士が実感した“キラキラ”だけじゃない海外移住のリアル 〉へ続く
(朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班/Webオリジナル(外部転載))
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