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月収約33万円、残業は基本的にナシだが…「物価は高い」27歳保育士が実感した“キラキラ”だけじゃない海外移住のリアル

文春オンライン / 2024年6月19日 6時0分

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©maroke/イメージマート

〈 「テレビ電話は毎日、週末はZoomをつなぎっぱなしに」夫を残し息子2人とマレーシアへ…34歳のワーママが“海外移住”してみてわかったこと 〉から続く

 海外に拠点を移し、永住権をとった日本人は過去最高の57万4千人にものぼる。さらに、看護師や保育士、教員など、人手不足が叫ばれる職種に就いていても「海外で働く」道を検討する人が増えているという。彼らは何を求めて海外へ飛び出すのだろうか。

 ここでは、海外移住を選んだ若者たちへのインタビューをまとめた『 ルポ 若者流出 』(朝日新聞出版)より一部を抜粋。「新卒」という切符を捨て、大学卒業後にカナダで保育士になった、まどかさん(27歳)の事例を紹介する。(全4回の2回目/ 最初から読む )

◆◆◆

 自分が輝ける場所が日本にあるとは限らない。海外の暮らしをより身近に感じられるようになった今、若者の間でこの認識は広く浸透している。

 九州出身のまどかさんは今、小学生の頃から憧れていた保育士として、カナダ・ブリティッシュコロンビア州のデイケアで働いている。11月中旬、窓の外には雪景色が広がる。

 2019年に日本の大学を卒業後、カナダの公立カレッジに進学。そこで保育士の資格を取った。

 日本で保育士になる、という選択肢は頭になかった。

「日本の保育士は残業が多く、お給料も少ないとか、ネガティブな情報を耳にしていた。日本で働くということは考えなかった」

 カナダで保育士として働く日本人の友人らもこう言う。

「プライベートより仕事を優先して長時間働く日本では、保育士でなくても働きたくない」

 西日本にある高校を卒業後、東京の大学に進んだ。保育士を目指す専門学校ではなく大学に進んだのは、「視野を広げたら」という両親の助言があったからだ。サークル活動で保育園などを訪ねるうち、日本だけでなく海外の幼児教育に興味が広がった。

 大学2年生のときにカナダの保育施設で2週間のボランティア活動に参加。自分が本当に海外で保育士になりたいのか確かめるため、翌年から1年間はカナダに私費留学した。

 留学中、印象的だったのは子どもを尊重するカナダ社会の姿だった。「子どもはわたしたちの未来」と子どもへの投資を呼びかけるメッセージが大きく掲げられた街。カレッジの授業でも、子どもたちへのポジティブな言葉がけや、子どもの興味関心に沿って柔軟に保育内容を変えることなども学んだ。日本の保育現場で働いた経験はなかったが、カナダで保育士になる思いが膨らんだ。私立カレッジで保育士アシスタントの資格を取って、帰国した。

 カナダで保育士になるという計画を両親に打ち明けたとき、両親は金銭的な詰めの甘さを指摘し、当初は反対したという。カレッジの学費はバイト代で賄える計算だったが、生活費を合わせると留学費用は足りなかった。留学に必要な費用と保育士になって得られる収入を見積もり、両親への返済計画と一緒に示した。娘の本気度を知った両親は、最終的に不足している費用を出し、背中を押してくれた。

日本とは違う保育環境 「保育士の負担少ない」

 2021年からカナダで保育士として働きはじめ、あっという間に1年が過ぎた。今のデイケアでは午前8時30分~午後5時の勤務。基本的に残業や持ち帰り仕事はない。8時間を超えると時給が1.5倍になる決まりがあり、園側も残業をすることを嫌がる傾向があるという。運動会やお遊戯会といった行事はほとんどない。自身が幼い頃に通った保育園を思うと不思議な感覚だ。

「でも保育士の仕事として考えると行事の準備はすごく大変なので、時間を取られることがないのはメリットだと思います」

 日本でよくある季節や行事ごとに保育室を飾り付ける仕事もない。親の残業に合わせて、保育時間の延長をする家庭がほとんどないのも日本の保育園とは違う点だ。

 1人の保育士が何人の子どもをみるかという保育士の配置基準も日本とは全く違う。日本の基準は、0歳児は3人、1~2歳児は6人、3歳児は20人、4~5歳児は30人。一方、まどかさんが働く州では0~2歳児クラスは4人、3~5歳児クラスでは8人だ。

 自分が担当する2歳児はまだ言葉がつたなく、ときに癇癪を起こすことも珍しくない。

 偏食の子もいれば、昼寝が嫌いな子もいる。移住してきたばかりで英語の上達が遅く自分の意思をうまく伝えられずに、物にあたる子どももいる。保育士としてなにができるか。毎日、アプローチの仕方を変えて接するには忍耐力も必要だ。

「自分の感情をコントロールしながら子どもたちに接するので、精神的に疲弊することもあります。同僚とはわたしたちの仕事は子どもにギブする(与える)仕事で、1日の終わりには自分のなかにほとんどなにも残っていないと話します」

 体力的にも精神的にも大変だが、それでも日本と比べて保育士の負担は少ない。昼食や昼寝の時間を子どもによってずらすなど、子ども一人ひとりに柔軟に対応する余裕がある。

「キラキラ」だけではない移住の現実

 月収は手取りで約33万円。物価は高く、半分近くは家具付き・光熱費込みのワンルームの家賃に消える。家賃相場はどんどん上昇し、趣味の外食もチップを含めると高くつく。単身なら十分に暮らせるが、同僚とは「もっと保育士の待遇を上げてほしい」「保育士の重要性を認知してほしい」という話をよくする。

 カナダで働くという選択は間違っていなかったと感じる。でも、海外移住はほかの人がSNSで発信しているようなキラキラした面ばかりではない。

 まどかさん同様にカナダに移住してきたブラジル人の同僚は、母国で25年も幼稚園の先生として勤めてきたベテラン。パキスタン人の同僚は母国で医師だった。それでもカナダで永住権につながりやすい保育士のキャリアを一から積んでいる。

「母国で培った経験に目を向けてもらえず、移民としてしか見られていないと感じるときもあります。それでも、永住権を取得すれば職業の選択肢が広がることもあり、次のステップに進むためにがんばっている」

 長く住めば上達すると思っていた英語力も停滞気味だ。

「勉強を続けて、意識して色々な人と話さないと全然伸びない。仕事で使うボキャブラリーって限られていて、特に乳幼児には難しい言葉は使わない。でも、仕事から帰ってくるとぐったりして、誰かと話す気力もないんです。あと、今の英語力でも生活ができて、仕事もできているので、次の目標がないことも原因かも」

 コロナ禍では通りすがりの人から「コロナ」と呼ばれるなど、アジア人に対する差別を経験した。だからこそ、子どもたちにこう語りかける。

「わたしたち髪の色も肌の色も目の色も違う。みんな違う色を持っているけど、こうやって楽しい時間を一緒に過ごせているよね」

 子どもたちが遊ぶ人形にはアジア人の容姿をしたものを加えた。お互いを認め合えるような人に育ってほしい。それが少しでも伝わって子どもたちにいい影響を与えられれば、日本人の自分がここで働く意味があるとも思う。

新卒切符を前に揺らいだ決心

 振り返れば、大学時代の友人たちは多くが新卒で大手企業に就職していった。カナダで保育士になる——。そう決心したはずだったのに、まわりが就職活動をはじめたときは気持ちが揺らいだ。大手から次々に内定を得ていく友人たち。カナダで保育士になる、と話すと、「うちの大学出てなんで保育士? 新卒切符を捨てるなんてもったいないよ」「就活しないなんて甘いんじゃないの」と言う人もいた。

 環境が変わりつつあるとはいえ、日本の企業の採用はまだまだ新卒重視。新卒の就職機会を捨てる怖さも確かにあった。海外で保育士になれる保証はないしなぁ。わたしの選択は間違っているのかも……。そう考えて一時、就活をはじめたこともあった。しかし、「この仕事じゃないな」と気持ちが全く入らないまま。臨んだ選考はうまくいかなかった。

 そんなとき、社会人として働く大学時代の先輩らと居酒屋で集まる機会があった。近況を知った先輩からは「お前の保育士になる気持ちってそんなもんなの」と言われた。

「新卒で大手企業に就職した先輩に軽いノリで言われ、悔しくて店のトイレで号泣しました。学歴を捨てる怖さも知らないのにって」

 でも、わかったことがあった。

「自分がどんな道を選んでも否定する人はいる。自分の人生に責任を取れるのは自分だけだ」

 そう思って、自分の意志を貫いた。

居心地の良い場所、ここで働く執念

 2022年末、移民局から永住権について「承認」の連絡があった。今の職場で働きはじめた頃に申請していたもので、1年以上待ち続けた。永住権を取るとカナダ人と同等の条件で行政サービスを受けたり、働いたりできる。

「永住権を申請している間は職場を変えられないんです。働く先がここしかないって呪縛みたいだねと友だちと話したことがあります」

 日本を出るとき、カナダで保育士として生きていくと覚悟を決めた。カレッジではカナダ人の数倍も高い学費を払って保育士の資格を取り、英語の環境でもまれてがんばってきた。

「永住権を申請したのは、『カナダが大好き』という理由よりも、今、日本に帰ってわたしになにができるのかという葛藤と、カナダで保育士として働くことへの執念があるんだと思います」

 それに、カナダで暮らすことに居心地の良さも感じている。カナダには多様な文化的、民族的背景を持つ人々が暮らす。ここで暮らすうちに、自分が正しい、当たり前だと思っていたことはそうではないと気づくこともあった。美の基準だって人それぞれだ。日本では自分の容姿を卑下して笑いを取ろうとすることもあった。

 まどかさんは言う。

「自分を大切にしながらも、ほかの人と関係性を築いていくっていうやり方をカナダに来て学んだ気がする。子どもだからとか、女性だからとかそういう固定された価値観で人を評価しないカナダは、わたしにとって居心地がいい場所。ここに来てもっと自分を大事にしようと思えるようになった」

 自分の選んだ道を自問自答しながらも、故郷から遠く離れた国で新社会人としてのスタートを切った。海外で暮らすことは楽なことばかりではないが、まどかさんの表情に後悔はない。これからもカナダで自らの道を切り開いていくつもりだ。

〈 「中田敦彦のシンガポール移住に刺激を受けた」子どもを単身留学させる家庭も…教育のために“海外移住”を決めた親たちのホンネ 〉へ続く

(朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班/Webオリジナル(外部転載))

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