「なぜ私に一言も報告がないんですか!?」「検察から口止めされていて…」西川廣人元日産社長がゴーンの“巨額不正”を知った瞬間
文春オンライン / 2024年6月25日 6時0分
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〈 「外国人のコントロールを嫌う日本人が陥れた」“カルロス・ゴーン事件”は日産自動車が仕掛けた陰謀だったのか 〉から続く
2018年11月、金融商品取引法違反で逮捕された日産自動車元会長のカルロ・スゴーン氏。350億円を超えるとも言われる不正はナゼ起きてしまったのか。そしてそのことを知った西川廣人社長(当時)は……。ここでは西川氏の著書 『わたしと日産 巨大自動車産業の光と影』(講談社) より抜粋。イギリス出張中に事件の一端を聞かされた瞬間の記憶を辿る。(全3回の2回目/ 前回 、 続き を読む)
◆◆◆
不正を知ったあの日のこと
私は2018年10月8日、英国のオックスフォード大学で講演した。「ニッサン・インスティチュート・オブ・ジャパニーズ・スタディーズ(日産現代日本研究所)」主催の講演会で「日本の産業界におけるリーダーシップ」と題して話したのだった。
同研究所は1981年に日産の寄付でオックスフォード大学内に設立されている。当日は日本を研究する大学院生をはじめ、教授や助手ら200人近くが熱心に耳を傾けてくれた。
講演会には日産専務のハリ・ナダも参加していた。教授陣との懇談も終わり、ロンドンの宿に向かおうとする私を呼び止め、ナダが言った。
「サイカワサン、ちょっと話をしておきたいことがあるんだけど」
「分かった。明日の朝、僕のホテルのロビーで待っているよ」
そう答えて別れた。
10月9日朝、ロンドン。私は部屋を出てロビーに向かった。ナダがすぐに私の姿を見つけて立ち上がった。
「おはよう、サイカワサン」
いつものナダはもっとくだけた調子で話すのに、妙にあらたまって口調が硬い。私はナダをソファに座らせ、彼の隣に腰を下ろした。
「サイカワサン、実はシリアスマター(重大な問題)が起きているんだ。ミスター・ゴーンに関して……」
「おいおい。いったい、どういうことだ」
内部告発をきっかけに始まった調査で発覚した“ゴーンの不正”
「僕の口から多くは話せないんだよ。詳しいことは監査役から報告を受けてほしい。帰国したら、できるだけ早く監査役に会ってもらいたいんだ」
私は声を潜めながら、なかなか話したがらないナダを質問攻めにした。それで分かったのは、彼自身がシリアスマターの全容を把握しているわけではないこと、誰かにきつく口止めされていること……。とにかく異様な事態だった。ただ、それだけの情報では、なにが、どのようにシリアスなのか全く想像もつかない。私が執拗に食い下がると、ナダがようやく重い口を開いた。内部告発をきっかけに始まった調査でカルロス・ゴーン会長の不正が発覚したというのだ。
「ブリーチ・オブ・トラスト」
ナダの口から出た言葉に、私は慄然とした。当時はまだなじみの薄い英語だったが、もちろん意味は分かった。「背任罪」だ。現役の会長が背任罪に問われるかもしれない、日本の捜査当局が動いている……。
歯切れの悪いナダの話と自分の推察を総動員して、この時点でそのあたりまではなんとか理解したと記憶している。
一体何が起きているのか、想定外の出来事で思考が追い付かない
皮肉にも私がオックスフォード大学から頼まれた講演のお題は次のようなものだった。
「日本には世界的な企業が多いのに、なぜ著名な経営者はいないのか。将来、日本人の中からカルロス・ゴーンのような際立った経営者は現れるだろうか」
ナダの話が尽きると私は立ち上がり、天を仰いだ。いったいなにが起きているんだ。この事態にどう対処すればいいのか。あまりにも想定外の出来事で、思考が追いついていかなかった。
せいぜい10分程度のつもりでロビーに向かったのだが、結局ナダと1時間以上も話し込んでいた。
その後、予定通りに社用を済ませて帰国した。秘書やアシスタントたちに気取られないように、努めて平静を装ったのは覚えているが、帰国便の機中でなにをしたのか、どんなルートで帰宅したのかなど、その日の行動についてはほとんど記憶が欠落している。私自身、異様な雰囲気を漂わせていたに違いない。
検察からの口止め
「今津さん、ちょっと来ていただけますか」
横浜のみなとみらい地区にある日産グローバル本社に出勤した私は、すぐさま当時の今津英敏常勤監査役を執務室に呼んだ。彼は日産の元副社長で、2014年から監査役の職にあった。
今津監査役の報告によって、おおよその事態が判明した。外部弁護士の調査でカルロス・ゴーン会長による数々の不正行為が明らかになったこと、すでに外部弁護士の助言を得て検察当局に報告しており、当局の捜査も始まっていること、不正のいくつかは刑事事件に発展する可能性があること……。
ロンドンでナダから一報を受け、それなりに覚悟は決めていた。監査役の報告は落ち着いて聞けるはずだった。そのつもりだったのだが、すでに検察に相談してから3カ月近くたっていると知り、落ち着いてなどいられなくなった。
「今津さん、もう3カ月近くたっているんですよ。なぜ私に一言の報告もなかったのですか」
文字にすればそんなことを言った。いや、もっと強い口調だったかもしれない。とにかく私は語気を強めて問いただした。
「検察から口止めされていました。社長を含めて誰にも報告するな、と」
“ゴーンの不正”を前に西川氏が誓ったこと
後になって分かったのだが、現役の会長が犯した不正であるため、社内の人間がどこまでかかわっているのか検察がしっかり把握するまで、社長をはじめ他の取締役にも話をしないように……と固く言い渡されていたようだ。ようやく検察の許可が出て、一刻も早く社長に報告すべしということになったのだ。
ただし情報を上げるのは社長の西川までで、事情を知る人間をこれ以上増やさないようにと検察から念を押されてもいたのだった。
内部調査と検察の捜査によれば、もはや会長による不正行為は否定できない厳然たる事実だった。当時、私が社長兼CEOに就任してから1年半になっていた。現役の会長が刑事事件で逮捕されるかもしれない。そんな前代未聞の異常事態に、社長としてどう対処すべきなのか……。
重大なトラブルが起きた時は、できるだけ事実と本質だけを見て、物事を単純化して考える必要がある。
日産のV字回復にカルロス・ゴーンが果たした功績は大きく、歴史に残る偉業であることは疑いない。しかしそれとこれとは全く別の問題で、不正は不正として厳正に対処すべきなのだ。正面から向き合うしかない。私はそう腹を決めた。
〈 350億円以上の巨額不正…カルロス・ゴーンが繰り返し犯していた“私的流用”の深すぎる闇 〉へ続く
(西川 廣人/Webオリジナル(外部転載))
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