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嫌われ者教師、息子を失った料理長、反抗的な生徒…“ひとりぼっち”な3人はなぜ「映画の素晴らしさ」を味わわせてくれるのか?<アカデミー賞受賞>

文春オンライン / 2024年6月21日 17時0分

嫌われ者教師、息子を失った料理長、反抗的な生徒…“ひとりぼっち”な3人はなぜ「映画の素晴らしさ」を味わわせてくれるのか?<アカデミー賞受賞>

古代史を教えているポール・ハナム(ポール・ジアマッティ)Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.

 第96回アカデミー賞では作品賞や主演男優賞など5部門にノミネートされ、助演女優賞を受賞した『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』。

 1970年の寄宿学校を舞台とする、嫌われ者の教師を主人公にした物語は、なぜこれほど感動的なのか? アレクサンダー・ペイン監督と主演のポール・ジアマッティは、2004年の名作『サイドウェイ』以来の顔合わせを果たした。

◆◆◆

生徒たちはおろか同僚からも疎まれる古代史教師

 なんてイヤな男なのだろう。

 この映画の主人公、ポール・ハナムのことだ。

 彼はニューイングランドにある寄宿学校、バートン・アカデミーで古代史を教えている。

 生徒に対しては高圧的で尊大。規律というものに厳格で、学校に多額な寄付をした名家の子息であっても、成績に手心を加えたりしない。校長から何度も懇願されたにもかかわらず、彼がその生徒に下した評価はCマイナス。つまり落第。

 理想に燃える教育者? 

 いや、彼はただ、自分こそ正しいとかたくなに信じこむ独善者だ。おまけに口汚く、すぐに教養をひけらかす(「人は自分だけの人生を生きるのではない」などとキケロの一節を会話に引用したりする)し、斜視や体臭の影響もあって、生徒たちはおろか同僚の教員たちからも疎まれている。

 正真正銘の嫌われ者と言っていい。

 ところがそんな男を主人公にした映画が、観た人の心を温かいもので満たし、最後にはなににもまして美しい光景を見せてくれる。

 そして映画とはなんて素晴らしいのだろうと、近年の大味な映画ではほとんど抱くことのなかった、懐かしい気持ちを呼び起こしてくれる。

クリスマス休暇も学生寮に残る孤独な3人

 舞台は1970年。クリスマス休暇を迎え、生徒たちが続々と家族のもとへ帰る一方、家庭の事情から学校に留まらざるをえない者たちもいた。その監督役を、ほとんど押しつけられるようにして任されたのが、“ひとり身”のポールだ。

 数人が居残る学校で、ポールはたびたび生徒のひとり、アンガスと衝突する。アンガスは家族旅行に行くはずだったが、再婚したばかりの母が新婚旅行を優先したため、置いてけぼりになってしまっていた。

 おまけに他の居残り組が、ある裕福な家族の好意でスキー旅行へ出かけるなか、“たったひとり”学校に取り残されてしまう。

 彼らに食事を提供する料理長のメアリーも、ベトナム戦争で息子を失ったため、“ひとりぼっち”だった。

『アバウト・シュミット』『サイドウェイ』の監督ならではの描写

 そんな孤独な3人の織りなす人間模様が、この映画ではユーモラスに、それでいて心の機微にいたるまで細密に浮かびあがる。

『アバウト・シュミット』『サイドウェイ』『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』…数々の名作を手がけてきた監督、アレクサンダー・ペインでなければ、この芸当はできなかっただろう。

 なによりまず登場人物をとらえるその視点が優しい。

 たとえば息子を失ったメアリー(彼女に扮したダヴァイン・ジョイ・ランドルフは本作でアカデミー賞助演女優賞を受賞している)の、癒されることのない喪失感に、この映画は彼女の背中をさするかのような親密さで寄り添う。

 メアリーはその悲痛な思いをあからさまに吐きだしたりしない。でもクローゼットにしまっておいた息子の遺品にそっと手を伸ばすような、なにげない動作をとらえることで、ペインは彼女の心のうちを写しとる。

 脇役の描き方も細やかだ。学校に居残ることになってしまった他の生徒たちの、それぞれの寂しさにもそれとなく触れ、端役のひとりであっても単なるドラマの道具立てにしない。

反抗的な生徒アンガスが抱える葛藤

 思うに、ペインの人物描写の土台には、人間を人間として描くというごく当たり前の、しかしだれもが備えているわけではない基本姿勢がある。

 それゆえにポールみたいな一見いけすかない人物でも、嫌われ者という覆いを取りさり、その下に隠れたものをのぞかせたりできてしまう。すると、そこには悪意とほとんど無関係な、単に不器用なだけの人間の顔が現れる。

 ポールと衝突する反抗的な生徒アンガスについても、その人物描写があらわにするのは、家族との不和に葛藤する、傷つきやすいティーンエイジャーの顔だ。

 そうしてこの映画は、優しいまなざしで登場人物の素顔を見つめてから、彼らのあいだに唯一無二の関係を結ばせる。

3人で学校を抜けだしボストンへ

 後半の筋運びなんて絶妙だ。

 ポールはアンガスとメアリーに説得され、3人で学校を抜けだしボストンへ向かう。ペインが得意とするロードムービー調の展開は、彼らにかけがえのない経験をさせ、その距離をよりいっそう近づける。

 孤独だった3人が、ほとんど家族同然のような相手を見出す姿は、微笑ましく感動的だ。

 その一方でポールは、学校の外に出ることで、かたくなに信じこんできた正しさの枠外へ出ることになる。それは過去に築きあげてきたものを、みずから壊すことにほかならない。

 古代史の教員であるポールはこんなふうに言う。

 過去を学ぶことは、いまを知ることだ。でも過去がいまをかたちづくるわけではない。いつだっていまから始められるのだ、と。

 彼は最後に、ある自己犠牲的な決断をする。

 その決断を一言で表すなら、次のようになるだろう。

 人は自分だけの人生を生きるのではない。

 そして過去と決別した彼は、新たな一歩を踏みだしていく。

 この映画は、嫌われ者以外のなにものでもなかった男、ポール・ハナムの始まりの物語なのだ。

 

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
STORY
1970年冬、全寮制のバートン校。生徒や教師の大半がクリスマス休暇を家族と過ごすなか、嫌われ者の教師ポール、複雑な家庭環境に育った生徒アンガス、息子を戦争で失った料理長メアリーの3人は、学校でクリスマスを迎えていた。なにもかもが異なる3人は、何度もぶつかり合いながら、親密な関係を育んでいく。

STAFF&CAST
監督:アレクサンダー・ペイン/出演:ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ/2023年/133分/アメリカ/配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画/6月21日公開

(門間 雄介/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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