上流階級の女性を誘惑し「ナチスに復讐」する男だが…画面からあふれる、後戻りできない“やるせなさ”<かつての発禁小説を映画化>
文春オンライン / 2024年6月22日 17時0分
![上流階級の女性を誘惑し「ナチスに復讐」する男だが…画面からあふれる、後戻りできない“やるせなさ”<かつての発禁小説を映画化>](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71504_0-small.jpg)
©TELEWIZJA POLSKA S.A. AKSON STUDIO SP. Z.O.O. 2022
まず自伝的小説が原作だということが信じられなかったとともに、作品全体に流れる緊迫感が凄まじいと思いました。鑑賞後、改めて感想を述べようとしている今も、その余韻から抜け出せないでいます。
ナチス高官の妻や恋人をフランス人と偽って誘惑
舞台はナチス統治下のドイツ。最愛の人をナチスに殺された主人公・フィリップがナチス高官の妻や恋人をフランス人と偽って誘惑し、復讐を果たそうとする物語です。フィリップは開巻とは違う人間かのように色気を纏い女性たちを次々と虜にしていきます。
ところが、リザというドイツ人女性と知り合うことで、映画の視点が豊かに膨らんでいくのです。
フィリップは復讐のために自身の過去を棄てた人物で、偽りの人生を生きていくことを決めています。けれど人間性までは変えられません。やがてリザを愛したことで、ドイツの女性もまた同じ人間だと気づきます。フィリップが誘惑した女性は、戦場に愛する者を奪われた悲しみを抱えていることに。
復讐や戦争は一度始めてしまうと後戻りができません。そのやりきれなさが画面からあふれています。これは心に突き刺さるような映画だと思いました。
復讐のために肉体改造したような裸身
フィリップを演じるエリック・クルム・ジュニアの役作りにも脱帽しました。
復讐のために肉体改造したような裸身、視線の演技などは同じ俳優の私の眼から見ても鬼気迫るものがありました。そしてフィリップの協力者やナチスの軍人までみな説得力のある表情をしていて驚きました。
女性たちも、武器ではなく自分の言葉を持ち気高く生きる姿や、孤独でありながらも自由に生きようとする姿が鮮やかに表現されていて、戦時下においての女性に学ぶものが沢山ありました。
エキストラの動きや視覚的演出の巧みさ
こうしたキャスティングもさることながら、凄いのがエキストラの方々の動きですね。街中で銃声が響き、ナチスが追跡する時のリアクションが見事だと思いました。
モブシーン(群衆場面)は何度もリハーサルをしないと、お互いの視線を合わせるなどの動作の呼吸が合わないものです。それがドキュメンタリーの映像のように人々の動きがリアルでした。ミハウ・クフィェチンスキ監督の演出の巧みさに感動しました。
メインキャストやエキストラの演技以外に、視覚的な演出も力強かったですね。撮影監督ミハウ・ソボチンスキの閉所恐怖症を引き起こすようなフレームの作り方は、まるで主人公の心象風景と一致しているようです。
裏道から大通りへの移動撮影、建物の上階から下へ降りるクレーン撮影など立体的なキャメラワークを行っているのですが、それらが全て弾圧される側への圧迫感を表現する効果があり素晴らしい映像でした。
メッセージと芸術性が両立した作品
現在もガザやウクライナの戦禍が続く中で、この映画は戦争は絶対にしてはいけない、戦争が題材の要素の一つではないということを訴えていると思いました。
戦争がもたらす悲劇を身近に感じて我々は戦争を無くすためにどうすればいいか、大事な人を守るためにどうすればいいかを今一度考えなくてはならない。そのメッセージと芸術性が両立した作品だと思います。
いもう はるか 1997年熊本県生まれ。2015年デビュー。映画『ソワレ』(20年)、映画『ひらいて』(21年)などで大いに注目される。CM出演や舞台など幅広く活動している。公開待機作に『初めての女』、『次元を超える』、『ROPE』などがある。
『フィリップ』
INTRODUCTION
原作はポーランドの作家レオポルド・ティルマンドの実体験に基づいた小説だ。発行禁止になり長い間陽の目を見ることがなかったが、2022年にオリジナル版が出版された。
監督のミハウ・クフィェチンスキはその事実から導き出す魂の解放・自由奔放な姿を、第2次大戦、ナチス支配下のドイツを舞台に官能的な要素を加えて映画化した。
知的で美しいドイツ人の女性との出会いに復讐から一転愛に目覚め、困難な時代でも心を自由にして生きていく主人公フィリップの苦悩の姿を描く。
STORY
1941年、ワルシャワのポーランド系ユダヤ人フィリップは、目の前でナチスに恋人や家族を殺されてしまう。2年後、フィリップはフランクフルトにあるホテルのレストランでウェイターとして働いていた。フランス人と名乗り、戦場に夫を送り出し孤独にしているナチス上流階級の女性たちを次々と誘惑することで復讐を果たしていた。
やがて知的な美しいドイツ人、リザと出会い本当の愛に目覚めていくが、親友が理不尽な理由で銃殺され自由を求めてある行動を決断する。
STAFF & CAST
監督:ミハウ・クフィェチンスキ/出演:エリック・クルム・ジュニア、ヴィクトール・ムーテレ、カロリーネ・ハルティヒ、ゾーイ・シュトラウプ、ジョゼフ・アルタムーラ/2022年/ポーランド/124分/配給:彩プロ/6月21日公開
(芋生 悠,岸川 真/週刊文春CINEMA 2024夏号)
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