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“ヒグマ”のおかげ? 踏み荒らし、渋滞で世界自然遺産に悪影響が…北海道「知床五胡」で増える観光客をコントロールできたワケ

文春オンライン / 2024年6月30日 10時50分

“ヒグマ”のおかげ? 踏み荒らし、渋滞で世界自然遺産に悪影響が…北海道「知床五胡」で増える観光客をコントロールできたワケ

夏の知床五湖 ©︎Shin.S/イメージマート

 日本各地で、オーバーツーリズムが大問題になっている。たとえば京都では外国人観光客が溢れかえり、市民が市バスを使えないという事態が生じている。

 そんなオーバーツーリズムの問題と「解決方法」について論じた 『オーバーツーリズム解決論』 (ワニブックス)より一部を抜粋。観光客の抑制に成功している北海道・知床五胡だが、効果的な制度が導入できた理由の1つに「ヒグマ」があるという――。(全2回の1回目/ 続きを読む )

◆◆◆

ヒグマがもたらした知床五湖モデル

 2023年は、ヒグマやツキノワグマによる人身事故が日本中で多発し、大きな問題となった。多くの日本の観光地は、海外とは異なり、良識やモラルに依存した情報的手法を主体とした方法を採ってきたため、世界遺産や国立公園のように公共性の高い空間を管理する仕組みが脆弱であり、なかなかオーバーツーリズムを抑制できていない。

 一方で、ある程度うまくいっている場所も存在する。その代表的事例が、知床五湖である。

 知床は、世界自然遺産として多くの人が憧れる場所の1つである。様々なニュースサイトにおいて、「行ってみたい日本の世界遺産」トップ3の常連である(1位は不動の屋久島)。その知床のもっとも有名な観光資源が「知床五湖」である。その名の通り、知床の原生林に5つの湖が集まっており、遊歩道を1~2時間ほどかけて歩くことができる。その美しさもさることながら、エゾシカやエゾリスといった野生動物を見ることができ、遠く知床連山を眺められるなど、世界遺産の自然を手軽に堪能できる屈指の観光スポットである。

 知床五湖は、原生的な自然環境を有し、美しい景観を誇る一方で、大型バスの駐車場や遊歩道も整備されているため、マスツーリズム型の観光客も多く、年間40~70万人前後が訪れる知床随一の観光スポットとなっている。年間40万人といえば、原生自然にある観光資源としては、相当な人数である。

 実際に多数の入込者によって、植生の踏み荒らしや歩道の荒廃に加え、知床五湖の駐車場に入りきれない車による渋滞も生じており、排気ガスや騒音が生態系に与える影響が多くの論文や新聞報道で指摘されている。つまり、観光客の入込をコントロールしなければ、世界自然遺産にも登録される貴重な自然に悪影響が及び、観光客の利用体験の質も低下するという典型的なオーバーツーリズムの事例であった。

 一方、京都や富士山、屋久島がそうであるように、オーバーツーリズムだからといって、適正な観光管理の仕組みを作ることは容易ではない。

オーバーツーリズムに有効な利用調整地区制度

 こうした中、知床五湖では、「自然公園法」という法律に基づく拘束力のある観光管理の仕組みの導入に成功した日本国内では稀有な事例である。

 自然公園法は、国立公園や国定公園を指定する根拠となる法律であり、この中に「利用調整地区」という制度が規定されている(自然公園法23条)。簡単に言えば、オーバーツーリズムが生じている場所や、オーバーツーリズムが生じそうな場所への立ち入りを許可制にして、1日あたり(または時間あたり)の利用者数の上限を定め、入域許可にかかる事務手数料を徴収できる仕組みである。

 導入から20年以上が経過するが、2024年2月現在、利用調整地区に指定されているのは吉野熊野国立公園の西大台地区と知床国立公園の知床五湖地区の2カ所のみである。知床五湖のように、必要に応じて、ガイド同行を義務付けることも可能である。利用調整地区への立ち入りには、事前講習が必要であり、その地域の自然や危険について知ることができる教育的な機会も提供している。

 知床五湖では、利用調整をヒグマの目撃が多い「ヒグマ活動期」(5月10日~7月31日)と「植生保護期」(開園~5月9日 /8月1日~閉園)に分け、ヒグマ活動期には、利用者数の制限に加え、ヒグマの対処に慣れた「登録引率者」(いわゆるガイド)の同行を義務付け、植生保護期には事前に講習を受けた上で利用制限を行う手法が採用されている。

 2010年10月に、環境省より「知床五湖利用調整地区指定認定機関」の公募が実施され、地元の公益財団法人である「知床財団」が指定を受け、2011年5月10日から、知床五湖地上歩道への立入認定手続きが開始された。

 オーバーツーリズムが指摘されている富士山や屋久島、沖縄県の真栄田岬や西表島、慶良間諸島等は全て国立公園や国定公園なので、「利用調整地区」は、オーバーツーリズムのリスクがある多くの場所で利用できる画期的な制度なのだが、合意形成が難しいことや実施の費用を誰がどのように負担するかが課題となりやすい。翻って言えば、どうして知床では利用調整地区を導入できたのか? という疑問が浮かぶ。

ヒグマ・地権者・行政のやる気

 結論から言えば、知床で効果的な制度が導入できたのは、「ヒグマ」、「地権者」、「行政のやる気」の3点である。つまり、知床ではヒグマが出てくるので、遊歩道の全面閉鎖を回避するために、従来は規制に反対する観光事業者から、安定的な利用に対する要望があったこと。次に、地権者の反対がなかったこと(地権者が規制に反対する例は多い)、そして、責任回避したがる行政がしっかりと責任をもって制度作りに取り組んだことである。

 特に、富士山や屋久島といった利用調整地区の導入に適していると思われる地域では、地権者や利害関係者による反対が指摘される。

 たとえば、あまり知られていないが、富士山の八合目から上の土地(つまり、標高3360mより上)は、すべて富士山本宮浅間大社の「私有地」である(1974年に最高裁判決にて確定)。私有地なので、利用調整地区をはじめとする法的な制度を導入するには、地権者の合意が不可欠となる。また、五合目にある土産物店やレストラン関係者は、富士山の利用規制に総じて反対であることが知られる。

 混雑が指摘される屋久島の縄文杉ルートもそのほぼ全てが林野庁の所有する国有林であり、規制に対する観光事業者からの反対も根強い。このように、地権者や利害関係者との合意形成が第一の壁となることが一般的である。

 では、地権者や利害関係者がOKすれば規制ができるかというと、話はそう簡単でもない。なぜなら、国立公園を所管する環境省自身も、利用調整地区の導入に及び腰であることが多いからである。

 第一に、国立公園を管理する自然保護官(レンジャー)の数が少ないので、利用調整にかかる合意形成や調査など、追加的な業務を行うことに及び腰である。また、制度導入に合意できたとしても、「実施」には更なる試練が待ち受けている。というのも、規制を行うということは、関連するデータを集め、関係者と協議し、課題や違反が生じたら、その都度、制度を改善する責務を負うためである。ある意味では、当たり前の業務とも言えるが、これを避けたがるのが日本の行政組織である。

 さらに、利用調整地区では観光客に対して事前講習を課しているが、この事前講習の費用を誰が負担するのか、利用調整地区制度が前提としている指定認定機関(指定管理者のようなもの)を誰が引き受けてくれるのか……など、実施上の課題が多い状況にある。

 それでいて観光客から徴収する「事務手数料」は、法律上、自由に使うことができず、「立ち入り許可にかかる事務経費」のみが対象であり、登山道の整備や自然環境調査等には用いることができないなど、使いづらい構造を有している。逆に言えば、これらの諸課題をいかにクリアするかが、この制度を活かす重要なポイントとなるだろう。

国立公園でオーバーツーリズムをコントロールする方法

 知床五湖の事例で重要なのが、観光客のコントロール方法をめぐる行政の議論である。知床五湖では、(1)国立公園の管理を行う環境省、(2)遊歩道の管理者である北海道、(3)駐車場の地権者であり知床五湖の管理に関係する地元の斜里町の3者が主な役者となる。

 利用調整の手法としては、上記で挙げた(1)環境省が所管する自然公園法に基づく「利用調整地区」の導入以外にも、(2)エコツーリズム推進法に基づく全体構想及び条例の策定(この場合、同法5条に基づき地元自治体である斜里町が事務局を担う)、(3)知床五湖の遊歩道を管理する北海道によって公物管理権限に基づく条例策定による規制、の3案が検討されている。

 その際、エコツーリズム推進法の適用は、地元斜里町が「国立公園の問題である」として難色を示し、北海道も同様に条例策定に難色を示している。斜里町の担当者(当時)は、「知床五湖は国立公園の特別保護地区にあり、制度の中に利用調整地区という立派なツールがあるので、あえて町で新たな条例を作って対応するものではないというのが基本的な考え方」と述べている。

 このように、オーバーツーリズム対策は、いろいろな省庁や自治体にまたがり、必ず誰かがやらなければならない業務として定められていないため、省庁間の隙間に落ちてしまうことが多い。私は博士論文で、こうした課題を「隙間事案」と呼んだが、省庁間の「隙間」に落っこちた難しい問題(いわば、火中の栗)を誰が拾うのかが難しい問題である。

 知床では、従来、利用調整を避けたがる環境省の担当者が、責任をもって対応したわけだが、その背景には、土地所有者や利害関係者から反対がなかったことや、長い年月をかけてヒグマ対策が話し合われてきた歴史的経緯が挙げられる。

 知床には、観光客によるヒグマへの餌やりなど、様々な課題が残っているが、既存の法律を使うことで、主要な観光資源をオーバーツーリズムから守れるという事実は広く知られるべきだろう。現状、利用調整地区の導入には、上述したような課題が存在するが、国立公園の管理者である環境省の人員と予算を向上させ、土地所有権を整理すれば、かなりの程度、対応が容易になることが想定される。

〈 あふれ返る外国人観光客…京都では「市民が市バスを使えない」観光客ひとりひとりができる、“オーバーツーリズム”への対策法とは 〉へ続く

(田中 俊徳/Webオリジナル(外部転載))

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