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《オリジナリティの強烈さはピカソ以上》「20世紀最大の個性派」デ・キリコの画業を追え

文春オンライン / 2024年6月22日 6時0分

《オリジナリティの強烈さはピカソ以上》「20世紀最大の個性派」デ・キリコの画業を追え

 人の姿が見えない都市の風景や、まるで生きているかのようなマネキン人形のポートレート……。美しくも摩訶不思議な画面を眺めていると、絵の中に吸い込まれ戻って来られない気がして、背筋がヒヤリとする。

 納涼にもよさそうな絵画の数々を観られる展覧会が、東京上野の東京都美術館で開催中だ。ジョルジョ・デ・キリコの数奇な生涯を作品でたどる「デ・キリコ展」。

ニーチェの思想をもとにした「形而上絵画」

 19世紀末にギリシャで生まれたデ・キリコは、両親の故郷であるイタリアに移住して絵を描き始めた。すぐに頭角を現して独自の画境を切り拓き、20世紀を代表する画家のひとりとなっていく。

 20世紀前半の絵画の世界といえば、ピカソにマティス、抽象画の先駆となったカンディンスキーやクレー、現代美術の創始とされるマルセル・デュシャン、シュルレアリスムを推し進めたダリ、マグリットなどと多士済済。デ・キリコもそこに名を連ねる存在だが、特徴的なのは彼が徹底して孤高であること。

 他のビッグネームがたいてい流派や潮流をかたちづくっているのに対して、デ・キリコはどんな派にも属さず、似た画風を持つ者もいない。ということは、オリジナリティの強烈さでいえば、ピカソらを抑えて彼が20世紀でナンバー・ワンと言っていい。

 そんなデ・キリコの最もよく知られているイメージは、1910年代より始まる「形而上絵画」と名付けられた作品群だ。

 たとえば《予言者》には、古い様式の建築やイーゼル、定規とともに、マネキンが前景にどんと座り込んでいる。一つひとつの事物は伝統的な絵画表現技法を用いて描かれるのだが、それぞれを組み合わせるとずいぶんチグハグな印象となって、居心地が悪そう。明晰な絵画を眺めているはずなのに、拭いようのない違和感が心の中に残って、観る側としてはどうにもモヤモヤする。

《バラ色の塔のあるイタリア広場》のほうは風景画で、荒涼とした古いヨーロッパの町並みを思わせる。こちらも各要素は変哲のないものだが、どこかが奇妙。家屋は見えるも人の姿は皆無だし、時代や場所を特定するとっかかりもない。遠くのものがあまりにはっきり見えたりと、画面に見入るほど遠近感も狂っているように感じられる。

 すべてが明瞭に見ているにもかかわらず、そこから何の意味も読み取れず、どこか焦りの気持ちを掻き立てられる。おそらくこんな光景はどこにも実在せず、描き手の心象風景なのだろう。

 デ・キリコが「形而上絵画」でやっていたのは、見たまま・見えたままを写実的に描き出すことではない。そうではなくて、彼が見たいビジョンを、絵に落とし込んでいたのだ。

 この形而上絵画の発想は、若いころより哲学や文学に傾倒してきたところから生じたようだ。デ・キリコはニーチェの哲学書を愛読しており、永劫回帰を説くニーチェ思想にヒントを得て、あの時間の感覚が狂ったような絵画世界を編み出したのである。

枠から外れ移り変わる作風

 デ・キリコが打ち出した形而上絵画は、当時のアーティストたちに相当のインパクトを与えた。目の前にあるものから考えを起こし、現実を凝視し突き抜けていくことで、まだ見ぬ世界へ行き着こうとする方法論は大いにもてはやされ、1920年代に台頭する芸術界の一大潮流シュルレアリスムを生み出すきっかけとなった。

 ならばもう大御所然と構えていればいいとも思うが、デ・キリコはそうしない。形而上絵画をしばらく続けたのち、大きく舵を切り画風を転換してしまう。ルネサンス期イタリアの巨匠ティツィアーノの作品を美術館で観たことに想を得て、古典的な絵画技法に立ち戻ることにした。

《風景の中で水浴する女たちと赤い布》は、古典技法時代の作品となる。細部を装飾的に描き込むスタイルは、かつて一世を風靡したバロック様式に倣っている。ただしいくら古典に沿って描いても、デ・キリコの手になるとどこか不穏な空気が漂う。ひた隠そうとしたって、どうにも「らしさ」が滲み出てしまっている。

 なぜデ・キリコは、評価を得た作風を捨ててまで、古典に回帰したのか。おそらくは、メインストリームに乗ることを、本能的に忌避したのである。自身が始めた形而上絵画が受け入れられ、それを契機に前衛芸術がもてはやされる世の流れができてくると、そこからはみ出したくなった。

 だれも足を踏み入れていない新たな道をいつも模索すること。それが表現者としてのあるべき姿だと考えていたのではなかろうか。

 その証拠となるかどうか、デ・キリコはのちにさらなる作風転換をおこなう。なんと80歳になってから「新形而上絵画」と銘打ち、かつて自身が展開した形而上絵画を新解釈した作品を発表し始める。

《ヘクトルとアンドロマケ》や《球体とビスケットのある形而上的室内》はその作例である。若いころに探求した形而上絵画の流れを汲みながら、よりいっそう複雑で迷宮じみた夢の世界を、画面内に創出している。

 生涯を通して個性を貫き、また変わり続けた真のアーティストの全貌を、会場でじっくりたどってみたい。

INFORMATIONアイコン

デ・キリコ展
会期:4月27日~8月29日
場所:東京都美術館
https://dechirico.exhibit.jp/

(山内 宏泰)

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