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直木賞作家・荻原浩の“鬼の涙腺”がゆるんだ「いま観るべき映画」 英国青年はナチスから子どもたちを救おうと奔走するが…

文春オンライン / 2024年6月25日 17時0分

直木賞作家・荻原浩の“鬼の涙腺”がゆるんだ「いま観るべき映画」 英国青年はナチスから子どもたちを救おうと奔走するが…

活動を伝える当時のスクラップブックをめくるニコラス(アンソニー・ホプキンス)© WILLOW ROAD FILMS LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2023

 いま観るべき映画だと思う。

 物語は1988年のイギリスから始まり、偏屈そうな老人ニコラス・ウィントン(アンソニー・ホプキンス)の日常が淡々と描かれる。自宅の私物を片づけられなくて、奥さんに小言を言われている、ごく平凡な日々だ。ニコラスは古びたカバンを捨てられずにいた。

短期ボランティアのつもりでプラハへ

 舞台は一転して、50年前、1938年にさかのぼる。ニコラスはまだ青年だ。ロンドンで株の仲買人をしていて、なに不自由なく暮らしている。

 ニコラス青年は短期間のボランティアのつもりで、ナチスが侵攻しているチェコスロバキアのプラハへ行き、多くのユダヤ人の子どもたちが収容所へ送られようとしていることを知る──。

 若き日のニコラスを演じているのは、ジョニー・フリン。映画にくわしくない私は知らない俳優さんだが、50年後のアンソニー・ホプキンスにちゃんと似ている。

 白人だから私には同じ顔に見えるのかもしれないけれど、子役から大人役にバトンタッチした時など、「誰?」「なんでこうなる?」と往々にして違和感たっぷりな日本の映像作品に比べると、こういう点は、きちんとしているなと思う。

観るうちに、私の鬼の涙腺もゆるんでくる

 本題に戻ります。

 ニコラスはナチスから逃れてきた子どもたちを救うために、ある計画を思いつき、実現に向けて身を投げ打つ。

 実話を元にした感動作だそうだ。私は「感動作」と聞くと、涙腺を固く閉じようとするひねくれ者なので、観始めた当初は、難民キャンプの惨状にショックを受けながらホテルで乾杯したりしているニコラスたちに(別に悪いことじゃないのだけど)、イギリス人ってなんか上から目線だよね、と斜めに見たり、もしニコラスが救おうとする子どもたちが有色人種だったら、彼の計画は英国の人々を動かすことができたのだろうか、なんて疑問が頭に浮かんだりしていた。

 が、観るうちに、そうしたひねくれ根性は引っこみ、私の鬼の涙腺もしだいにゆるんでくる。ニコラス老人がカバンを捨てられない理由が明らかになっていくからだ。

 物語が1988年と1938年を行き来するうち、老ニコラスが、子どもたちを救ったことを誇るどころか、救えなかった子どもが数多くいたことに苦しんでいることがわかってくる。平気で人を殺せる人間がいる(状況や組織がそうさせるのかもしれないが)一方で、どうして彼のような善人が苦しまなくちゃならないのか、腹が立ってくる。なぜこんなことがいつまでも繰り返されるのか、にも。

 八十数年経ったいまも同じような状況が世界にはたくさんある。ウクライナで、ガザ地区で、大きなニュースにならないだけで、他の場所でも。

考えなくてはと思わされた映画

 感動して涙ぐんで、ああよかった、はい、次の映画、ではなく、考えなくてはと思わされた映画だ。なぜ戦争や迫害はなくならないのか。自分にできることがあるのか──。

「我々にできるのは、まず知ること」なんて言葉に安住していてはなにも変わらない気がする。でも、やっぱり、知らないより、考えないより、ましだと信じて、目を開いて耳を澄まして、日々の世過ぎの合間に「ハテナ」を問い続けようと思う。声をあげる準備ぐらいはしておこうと思う。

『ONE LIFE  奇跡が繫いだ6000の命』
INTRODUCTION
『シンドラーのリスト』で描かれたオスカー・シンドラーのように、ナチスからいくつもの命を救った人物が英国にもいた。彼の名はニコラス・ウィントン。ごく普通の若者が、なぜ、どうやって、669人もの子どもたちを救出したのか。
 ニコラスの命をかけた活動と子どもたちとの50年後の再会を、ニコラスの娘バーバラの著書『If it's Not Impossible...』を原作として映画化。老いたニコラスに名優アンソニー・ホプキンスが扮し、若き日のニコラスをジョニー・フリンが演じる。

STORY
 第2次世界大戦直前の1938年。ナチスから逃れてきたユダヤ人難民がプラハで悲惨な生活を送っているのを見たニコラス・ウィントンは、子どもたちをイギリスに避難させるべく里親探しと資金集めに奔走。ナチスの侵攻が迫るなか次々と子どもたちを列車に乗せるが、遂に開戦の日を迎える──。
 それから50年後もなお、救出できなかった子どものことを忘れられず、自分を責め続けていたニコラスは、BBCのTV番組「ザッツ・ライフ!」への出演を打診される。収録でニコラスを待っていたのは、胸を締め付ける再会と思いもよらない未来だった。

STAFF & CAST
監督:ジェームズ・ホーズ/脚本:ルシンダ・コクソン、ニック・ドレイク/出演:アンソニー・ホプキンス、ジョニー・フリン、レナ・オリン、アレックス・シャープ、ジョナサン・プライス、ヘレナ・ボナム゠カーター/2024年/イギリス/109分/配給:キノフィルムズ

(荻原 浩/週刊文春CINEMA 2024夏号)

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