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「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?

文春オンライン / 2024年6月27日 11時0分

「仕事ができる/できないの境界が描かれて……」“絶対に立ち止まれない”究極のお仕事ミステリは、一体どのように誕生した!?

『なんで死体がスタジオに!?』(森バジル 著)

 森バジルさんの新刊『 なんで死体がスタジオに!? 』は、前代未聞のバラエティミステリ! 同じく福岡に拠点を置き、本格ミステリを執筆する荒木あかねさんとの対談の模様をお届けします。(撮影=石川啓次)

♢♢♢

 荒木 森さんとはデビュー時期がほとんど同じで、ずっと九州に住んでいるというのも共通していますが、お会いするのは今日が初めてですね。

  僕が『 ノウイットオール あなただけが知っている 』で松本清張賞を受賞しデビューしたのが、2023年7月。荒木さんが江戸川乱歩賞受賞作『此の世の果ての殺人』でデビューされたのが、22年8月でした。僕が一つ後輩です。実は大学の同窓でもありますよね。期は重なっておらず、かつ学部も違うのですが、先ほど合唱団に所属していたと伺いました。僕はバンドサークルだったので、ここは共通点と言えるでしょうか。

 荒木 何らかのタイミングですれ違っていたかもしれません(笑)。

  今日お会いするにあたって、欠かせない要素として有栖川有栖さんの作品も予習してきました。作家を目指すきっかけが有栖川作品だったのですよね。

 荒木 そうなんです! 通っていた中学校の図書室に、ある日突然、「オールスイリ 2012」というムック本が並んでいたんです。当時は特別本をたくさん読んでいたり、ミステリが好きだったわけではなかったのですが、ムック本の珍しさに手に取りました。読み切りがいくつか掲載されていたうちの一つが有栖川有栖さんの「探偵、青の時代」という一篇で、あまりの面白さに衝撃を受けたんです。そこからはミステリをずっと読み続け、書き続けて、今に至ります。火村英生シリーズは、私にとって大切なシリーズです。

  僕は逆に、本格ミステリをほとんど通りませんでした。本格を書くとなると、「このトリックの先行作にあたるものは何か」という知識が欠かせませんよね。一朝一夕で得られるものではなく、僕自身の読書量が不足していることもあって、トリックを扱うことに苦手意識があります……。荒木さんはどのようにトリックを構想されますか?

 荒木 私は、トリックよりも、まず先に謎が思いつくタイプです。例えば、ベランダ越しに見えた首つり死体が忽然と姿を消した、という設定が浮かんだとします。次は「どうすればその事態が起こりうるか?」と考える。思いついた可能性をすべて書き出して、中からトリックとして使えそうなものを選んだり、時には組み合わせたりします。

 森さんの最新刊『なんで死体がスタジオに⁉』は、ミステリの筋に加えて、お仕事小説、そして芸能界の闇に切り込む物語でもありますよね。

  死体が出てくる謎解き要素はあるものの、直球のミステリではありません。トリックそのものの魅力で物語を作るのは僕には難しいので、謎や真相を取り巻く特殊な状況を書き込みました。

テレビは面白い!

 荒木 テレビの生放送を舞台に、多視点でストーリーが切り替わっていきますが、一人ひとりのキャラクターの脳内がよく見えます。デビュー作では、一つの物語の中に五つの小説ジャンルを取り込み、視点人物を切り替え、時間の行き来までさせていましたよね。それでも、読み手が変化を受け入れられる土壌が整備されているので、すっと物語に入っていけました。私は一人称で時系列に話が進む作品が多いのですが、まずプロットでかっちり内容を決めています。長篇は、まず一万字を超えるプロットを作り、そこに肉付けしていく形で書き進めるのですが、森さんは一体どのように小説を書いているのか、気になります。

  視点に関しては、荒木さんと正反対で、どうしても多視点で書いてしまうんです。僕の場合、物語の重層性がほしくて、色んな人物の内面を書きたくなってしまうので。また、一人だけの視点で長篇を書くと、平坦で退屈な時間ができてしまうのが怖いのもあります。デビュー作は、前の章に出て来た人物が後ろの章で再登場する構成になっていました。一目で情報を把握できるような、時間の流れと人物の年表を、Notionで作っていました。それでも校正者の方からは「年齢が違う?」と指摘がありましたし、課題は多いです(笑)。

 荒木 森さんの作品は、たくさん出て来るキャラクター一人一人が魅力的ですよね。今作は登場人物の数自体が多く、かつ個性もバラバラです。生放送特番「ゴシップ人狼2024秋」という同じ番組に向き合いながら、スタッフも出演者も、みんなが異なる思惑を持ちつつ、それぞれの仕事を担っている。再起をかけるお笑い芸人の仁礼左馬(にれいさま)は、見ているこちらまで具合が悪くなりそうな空回り方をしているし、一方、ギャルモデル出身のタレント・京極(きょうごく)バンビちゃんは非常にクレバーで、やるべき仕事をびしっと決める。番組収録の現場を目の当たりにしている気持ちで読み進めました。かなり取材されたのではないでしょうか。

  リモートで現役テレビディレクターの方にお話を伺いました。実は、主人公の幸良涙花(こうらるいか)P(プロデューサー)は、役職にしてはやや若いんです。とはいえ「局によって制作事情はかなり違う」との証言を得たので、「それならけっこう自由にやってもいいか」と自分なりに納得したり(笑)。番組収録が実際にどのような場所で行われているかは、バックヤードを動画に録って送っていただきました。人物設定や芸能人の頭の中は、バラエティ番組を参考にしました。最近は、本音や裏側を語る番組も多いじゃないですか。「ギャルタレントは賢くないとなれないんだな……」「一発屋芸人特有の葛藤もある……」と、一視聴者として感じたことを生かしています。もしかすると、特定の方が脳裏に浮かぶかもしれませんが、全くの別人ですので(笑)。

 荒木 福岡にいても、テレビ番組の取材ができるとは驚きました。物語はタイトル通り、「なんで死体がスタジオに⁉」という状況から始まりますよね。番組に出演するはずだった芸能人が死体になって姿を現した……という冒頭の大きな謎が、謎解きの面白さを引き出しながら物語を引っ張っていきます。放送中に空白を作ってはいけないですし、さらに幸良Pには視聴率とSNSでの盛り上がりの2つにおいてノルマが課されている。彼女は目標を達成できなかったらテレビ制作から外されてしまう、大変な崖っぷちに立っています。

  ミステリの難しさに、死体が出て来るまでが退屈になってしまいやすいことがあると思います。だからこそ、なるべく早い展開をという考えで、まず死体を出しています(笑)。その分、有栖川さんの作品を拝読して「退屈する隙がない」と感動しました。文章がとても綺麗な上に、読んでいて楽しい会話や火村のパンチラインが随所に出てきて……格好良さにどんどん読み進めました。

面白さに出会い直す

  そもそも、生放送を小説の題材にしようと思いついたのは、清張賞受賞直後に観に行ったトークライブがきっかけでした。南海キャンディーズ・山里亮太さんが一人で喋り倒す「山里亮太の140」へ行ったんです。トーク内容については「皆さんは会場を出たら記憶を失う魔法にかかります」と言われているので、詳しくはお伝えできないんですが(笑)。ただ、その場でテレビの生放送についても言及されていて、「生放送で何か事件が起きたら面白そう……!」と興味を持ちました。

 荒木 小説に出てくる「ゴシップ人狼」という企画も、テレビ番組として本当に面白そうですよね。やはり元々バラエティ番組がお好きだったんですか?

  実はそうでもなかったんです。宮崎出身なので、見られる民放チャンネルは二つだけだったこともあり、テレビっ子というほどではありませんでした。大きな転機となったのはTVerが誕生して、見逃し配信を利用するようになったことですね。テレビはレガシーメディアとして「見てない」「面白くない」と否定的な意見も最近は多いと思います。でも、ちゃんと見てみるとやっぱりコンテンツとして楽しめるように作られてて、笑って見れる。「テレビって面白いな」と再認識するきっかけにもなった、2019年のM-1グランプリとそれ以降に見るようになった「あちこちオードリー」などのバラエティが、個人的には大きかったです。

「ゴシップ人狼」という番組企画を思いついたきっかけは何だったか……忘れてしまったんですが(笑)、ただ、幸良Pが所属するテレビ局は、「6番目の在京キー局」にしようとは意識していました。具体的な名前は書いていませんが、「日テレではない」「TBSでもない」と暗示して、既存の局ではないと伝えたかったんです。たとえば「帝国テレビ」など、ありそうで存在しない名前を付けるのも一つの手としてあるとは思いますが、それは避けました。なるべく固有名詞は変えずに使いたいと思っていて、「週刊文春」などもそのまま出しています。

作家という仕事

 荒木 今作は“絶対に立ち止まれない”極限状態のお仕事小説ですよね。「出演者/裏方」という立場上の明確な線引きがある中で、それぞれがプロとして仕事をしています。加えて「仕事ができる/できない」という働くスキルの違いも描かれていると感じました。ドジな幸良Pのエピソードがどれも具体的なので、「同じ状況下にあったら、私もやらかしそう」と胃を痛くしながら読みました。お仕事小説全般において、がんばって働いた人のサクセスストーリーが多いように思っていたのですが、仕事ができない側に立った物語は、非常に新鮮でした。

  ありがとうございます。読者の方に「こんなこと言ってもらいたいな」というような感想ばかりいただいてしまっています(笑)。

 荒木 実は、私も完全に“できない”側だったんです。デビュー当時は新卒で入った会社に勤めていて、本当にミスが多かったんです。専業作家になるという選択は、それなりの覚悟だったり、やっていけるという自信があった上での決断と思われがちですが、私の場合はそうではない。「2つの仕事を同時には続けられないから」というのが、正直な理由です。それもあって、登場人物たちの失敗や奮闘ぶりに、心を揺さぶられました。結局、私は半年ほど兼業を続けた後退職し、そこからは専業作家です。森さんの二足の草鞋(わらじ)状態は本当に尊敬します。

  「専業作家になる」という目標は、まだはるか遠くにあるので、その決断を下した荒木さんはすごいです。兼業だと時間が足りないなと思う一方で、利点もあります。作家として話すときは「兼業なので」というスタンスで構えられて、会社では「これは作家の方で発散しよう」と感情を使い分けたりして。コウモリみたいに立ち位置を変えてバランスを取ってます(笑)。

2作目で幅を見せよ!

  今回新刊を準備する中で「2作目って、難しい」と痛感しました。先の見えない中で応募用に書き上げたデビュー作とは違って、“本にする前提で何を書くのか”という考え方になる。昨年、2作目を出された際はどうでしたか。

 荒木 すごくよくわかります。新人賞受賞作は、選考委員の先生方はじめ選考過程で読んで下さった方々、そして歴代受賞者の先輩方に、後ろから支えてもらっているように感じていたんです。でも、2作目からは「はい、一人でどうぞ」と、自分の力で戦う世界ですよね。昨年『ちぎれた鎖と光の切れ端』を刊行した時には、独り立ちのプレッシャーがやはりありました。特に、森さんはデビュー作であらゆるジャンルを網羅されましたよね。その分、2作目で何を書くかには悩まれたのではないかなと思います。

  デビュー作で、推理小説/青春小説/科学小説/幻想小説/恋愛小説と五つのジャンルを書いた分、次は「ジャンルにとらわれない」ということを意識していました。ミステリ要素を入れたお仕事小説でありつつ、青春もあり……という形で、前作の縛りからは自由に、と。M-1グランプリのファイナリストの方々がよく言われているように、2つ目の作品では一つ目とはがらりと雰囲気の異なるものを出して、「幅を見せたい」という気持ちになりました。

 荒木 私の場合は、本格ミステリを書くことは大前提としてあり、その上で『ちぎれた鎖』ではとくにミステリとしての面白さを追求したい、と思って書きました。デビュー作はトリックの難易度が低かったと感じていたので、一番の目標はトリックに定めていました。

これからも小説を

 荒木 もう一つ大事にしていたのが、作家人生を通して書き続けたいテーマである、シスターフッドの物語を描くことです。ミステリ作品の中で、女性主人公のバディものは数がまだまだ少ないと思います。だからこそ、私が書いて増やして行くんだ、という気持ちがあります。

  たしかに『此の世の果ての殺人』でも、自動車教習所に通う主人公と元刑事の教官の女性二人がコンビを組んで謎解きをします。シスターフッドは、荒木さんの作品の根幹になっていますね。

 荒木 大学1、2年生の頃に、柚木麻子(ゆずきあさこ)さんの『ランチのアッコちゃん』に出会って衝撃を受け、様々な女性がたくさん登場し活躍する物語をもっと読みたい、と強く思ったんです。女性にスポットライトを当てる物語を書くことがミッションだと感じています。

  名探偵というと、やはり男性キャラクターが多いですよね。日々暮らしている中でも、九州という地域性もあるのか、性別による役割分担のシステムに「あれ?」と違和感を覚える場面にこれまで何度も遭遇しています。人が集まると、自動的に男女間で異なる役割を帯びる文化の根強さを実感します。

 荒木 わかります。加えて、私の場合は、学生時代や社会人生活を送る中でも、自分自身が結構すり減ってしまった部分があったんです。その削られたところを救ってくれたのがフェミニズムの思想だったり、シスターフッド小説でした。自分の置かれていた状況や、今まで何となく辛いと思っていたことに、名前を付けてもらったような感覚を得たんです。だからこそ、女性が活躍する本格ミステリの作品数を増やすことで、恩返しをしたいと思っています。その上で、私自身の課題として、多視点で物語を進めるといった、苦手分野にも挑んでいきたいです。

  僕の野望としては、杉井光(すぎいひかる)さんの『世界でいちばん透きとおった物語』のような、“ガワ”で仕込む作品をやってみたいですね。物語の外側からも読者を驚かせられるような、メタ的な仕掛けに興味があります。荒木さんはこれからはどのような作品を執筆予定ですか?

 荒木  「オール讀物」 に掲載された短篇「ミントグリーンの錯覚」は警察小説シリーズ第一話です。編集部からの依頼で始まった作品なのですが、私としては「本格ミステリを書く」という前提は動かせません。警察小説はもともとあまり読んでいなかったこともあって、自分が書くなんてまったく想像していなかったんです。でも提案を受けたときに、「それなら警察小説で本格を書きたい!」と思って引き受けました。先ほどお話しした「ベランダ越しに見えた死体が突然消えた」という謎は、この作品で描きました。3作目の長篇も現在準備中です。

 森さんは、2作目の発売がまもなくですから楽しみですね!

  荒木さんはエゴサーチってします? 僕はひたすら感想を求めて検索してしまうタイプなんです。今回もまたごりごり検索するだろうなと思っています(笑)。

 荒木 小心者なのでAmazonレビューは絶対に見られません。版元の公式Xがリポストした感想にちょっと目を通すくらいです。もともとSNSに疎くて、プライベートでも一切やっていません。作家としてのアカウントを作ることも考えたのですが、マメに更新するなんて、私には仕事でもできそうもなく……。

  僕はけっこうSNSをやっているほうだと思います。読者からの感想も、全てに目を通して、翌日には具体的なことを忘れてしまうタイプです。いい感想と悪い感想の割合とか、「うわっ」と思った感覚とか、印象だけはぼんやりと残るのですが……荒木さんと僕、共通点が多いかなと思っていたのですが、真逆なところの方が多いですね(笑)。

荒木あかね(あらき・あかね)
1998年福岡県生まれ。九州大学文学部卒。2022年『此の世の果ての殺人』で江戸川乱歩賞を史上最年少で受賞しデビュー。23年に2作目『ちぎれた鎖と光の切れ端』を刊行。「Z世代のクリスティ」と称される。
 

 

森バジル(もり・ばじる)
1992年宮崎県生まれ。2019年スニーカー大賞優秀賞受賞作を改題改稿した『1/2―デュアル― 死にすら値しない紅』を刊行。23年『ノウイットオール あなただけが知っている』で松本清張賞を受賞し再デビュー。

 

(「オール讀物」編集部/オール讀物 オール讀物2024年7・8月特大号)

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