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「授業に飽きた」ヤンチャな生徒が学校をサボり、街で迷惑行為を…東大合格者数トップクラスの進学校「西大和学園」が直面していた“問題”

文春オンライン / 2024年6月28日 11時10分

「授業に飽きた」ヤンチャな生徒が学校をサボり、街で迷惑行為を…東大合格者数トップクラスの進学校「西大和学園」が直面していた“問題”

写真はイメージです ©アフロ

〈 「窓から机が落ちてる!」教室の窓ガラスは割れ、生徒が他校とケンカ…東大合格者数トップクラスの進学校「西大和学園」の“荒れていた過去” 〉から続く

 奈良県にある私立中高一貫校の西大和学園。今や、東大、京大合格者数で全国トップレベルの進学校だが、わずか30年前までは無名私立高校だったという。西大和学園はいかにして共学トップの進学校になったのだろうか?

 ここでは、西大和学園の創設者で、学園の会長でもある田野瀬良太郎氏の著書『 なぜ田舎の無名高校が東大、京大合格トップ進学校になれたのか 西大和学園の躍進 』(主婦の友社)より一部を抜粋。西大和学園の“荒れていた時代”を紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)

◆◆◆

初年度入学者の学力は偏差値50前後だった

 第1回の入学試験では、男女合わせて定員315名のところ、あえて合格者を定員以下に抑えることにしました。その結果、初年度入学者の学力は、奈良県内にある四十数校の公立高校では中堅クラス。偏差値は50前後だったでしょうか。

 この「中堅クラス」というのが実はやっかいなところで、明確に大学進学を目指している生徒もなかにはいるものの、多くは高校受験を勉強の最大の山場ととらえており、高校では思いきり羽を伸ばそうと思っていたり、公立高校に落ちて劣等感を抱いていたり。

 生徒たちに我が校の志望動機を聞いてみても、こんな調子でした。

「奈良の公立を落ちてしまい、すべり止めでここしか入れなかったから」

「大阪の私学や奈良の公立に比べて、奈良の私学は入試時期が一番先で、できるだけ早く勉強から解放されたかったから」

「制服が可愛かったから」

「新設校だから校舎も新しくて、居心地がよさそうだったから」

「新設校で先輩がいないから、自由に、好き勝手にできそうだったから」

 勉強が決してできないわけではないけれど、向学心に乏しく、要領もあまりよくない。そんな生徒がいる一方、とことん劣等生ではないけれど、それなりにやんちゃをしたい生徒もいる。

好き放題に学園生活を送る生徒たち

 西大和学園高等学校の記念すべき1期生は、どこにでもある中堅クラスの私立高校同様、学力的にもごく普通で、どこかのんびりした子も多かったのです。

 入学したのは男子186名、女子32名の計218名。

 いくら幅を利かせても先輩にガツンとやられることはありませんから、彼らは自由気ままに、好き放題に学園生活を送り始めました。

「授業に飽きた」といって、勝手に教室から出てしまう子もいれば、「気が向かない」といって学校にすら出てこない子もいる。外へ出ればケンカや迷惑行為は当たり前。教員が駆り出されない日はないというほどでした。

 現代の子どもたちは、昨日まで優等生だった子やおとなしく目立たなかった子がいきなり世間を震撼させるような凶行に走るという事例も多いですが、1980年代の子どもたちは不満や悩みのはけ口を、今よりもっとストレートに大人や学校へぶつけていた気がします。ヤンキーやツッパリを気取る生徒も多く、西大和学園でも窓ガラスやげた箱のドアを修理する業者が絶えず出入りしていました。

「理事長、あの子らが落ちつきがないのは、なにも本人たちのせいだけやないと思います」

 開校からほどなく、私は教員たちからこんな報告を受けました。

 彼らいわく

「放課後の校内は今、とんでもないことになっているのです」

〈 なぜ偏差値50の“無名高校”が、東大・京大合格者数トップの進学校になれたのか…「西大和学園」創設者が明かす“急成長のヒミツ” 〉へ続く

(田野瀬 良太郎/Webオリジナル(外部転載))

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