スタバに行く=「見せびらかしたい」? フラペチーノや“Macポチポチ問題”がコーヒーよりも話題になるワケ
文春オンライン / 2024年7月1日 11時0分
![スタバに行く=「見せびらかしたい」? フラペチーノや“Macポチポチ問題”がコーヒーよりも話題になるワケ](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71612_0-small.jpg)
なぜスタバは数あるコーヒーチェーン店の中で“特別な存在”になったのか? ©時事通信社
世の中には2通りの人間がいる。 スタバに行ける人間と、行けない人間だ。
もし、あなたがスタバに行ける人間だったら、いつも片手に、あのロゴが入ったカップを持っているかもしれない。「スタバに行けない人間」の場合、たとえば、スタバが醸し出す特有の雰囲気が苦手であったり、「なぜスタバの店員はすぐに話しかけてくるのだろう?」と思ったりしたことがあるのではないか。
こんな極端な話がジョークとも思えないぐらい、「スタバ」は、社会の中である種の“特別な存在”になっていると思う。
「スタバにいる人ってみんなMacのパソコン使ってない?」
それを顕著に表すのが、「スタバでMacポチポチ問題」だ。「スタバにいる人ってみんなMacのパソコン使ってない?」という言説なのだが、もちろんこれはイメージで、ネットを中心に広がったネタだろう。
でも、なぜかそれに説得力を感じて、まことしやかに語られるぐらい、スタバという空間には「あるタイプ」の人たちが集まると考えられている。ビジネスの用語で言い換えるなら、これはスタバの「ブランディング」がうまくいっている、ということだろう。
知人と少し知的な会話なんかをしてお茶をする。Macを使ってスマートに仕事をこなす。いわゆる“意識が高い”ことをするときに利用される(と思われている)のが「スタバ」であり、それこそが、スタバのブランド価値である。
でも、どうしてここまで、スタバのブランディング戦略はうまくいったのか?
スタバにある不思議な一体感
それはスタバという空間に、強烈な「一体感」があるからだ。2009年前後、アメリカでスタバが経営不振になったとき、経営者だったハワード・シュルツがこのような回想をしている。
〈「スターバックスの閉店に反対する人を見て、近所のカトリック教会が閉鎖されたときに起こった反対運動を思い出した」と友人が言った。その通りだ。スターバックスは俗人にとっての教会のようなものである。静かで「礼儀正しく」とか「瞑想しましょう」とか注意書きが壁に貼ってあるわけでもないのに、みんなそうしている。(『スターバックス再生物語 つながりを育む経営』徳間書店)〉
「教会とスタバ」が並べられているのだ。「そんな、大袈裟な……」と思わずにはいられないが、キリスト教徒が集まる宗教施設と同じぐらい、スタバにも不思議な一体感があると思われていたのだ。
同じことをアメリカのスタバで感じた日本人がいた。今から26年前のことだ。
〈 名高いフラペチーノ実験の頃のサンタモニカ各店で私は不思議なことに気がついた。同じ時に同じ人がいつも集まる。ちょうどパブやバーと同じように。ある人は新聞を読み、ある人は原稿を書く。お互いがお互いを認識しあっているのはわかるが、滅多に話し声は聞こえない。別々な時間の過ごしかたにもかかわらず感じられる、強烈な連帯感、同一性。滞店時間2分のテイクアウト客にすらそれがある。(京極一「下方排除と上方排除にとって形成される“同一性”のなかにわれわれは至福の時間を過ごす」「月刊食堂」1998年9月号)〉
さらに、「強烈な連帯感、同一性」が生まれる背景には、こんなことがあるというのだ。
〈 店内に置かれたパンフレットを読んでみてほしい。そこでは他と比べてスターバックスが優れている理由が力説されている。排除のメカニズムを強化するためである。(「月刊食堂」1998年9月号)〉
当時のスタバの店内には、「今、あなたたちがいるスタバはこんなにも優れているんですよ」と思わせる仕掛けがたくさんあったのだという。そこで生まれるある種の「選民意識」を刺激することで、スタバには強烈な一体感がある、というわけだ。
来る客層を「選んだ」
スタバのブランディングを考えるときに、この「選民意識」は一つのキーワードになりうる。実際にスターバックスは、その歴史の中で、客層の「選択と集中」を繰り返してきた。
その顕著な例が「フラペチーノ」の導入だ。今ではスタバを代表するメニューの一つで、月替わりのフラペチーノは日本でも大人気。新しい味が出るたびにSNSを騒がせる。
フラペチーノの登場が何を変えたかというと、それはコーヒーを飲まない客層、特に若い女性が多く店に詰めかけたこと。
こう書くと、「顧客を広げた」という言い方が正しそうだけれど、それは同時にスタバに来る客層を「選んだ」ともいえる。その流れは日本でより顕著で、それまでの「喫茶店」がどちらかといえば、中高年以上を対象にした場所だったが、スタバの登場によってその客層がガラリと変わった「カフェ」が誕生した。そして実際にスタバは、どちらかといえば若い人が訪れる雰囲気の店になった(そして、おじさんが「ちょっと行きづらい……」と愚痴をこぼす場所になった)。
さらにはフラペチーノが登場する少し前から、スタバは意識して低脂肪乳や、バニラシロップやラズベリーシロップの導入を行っていた。特に低脂肪乳はカロリーを気にする女性たちから人気が高かったようで、明確に1990年代後半あたりから、スタバは、「女性」をターゲットにした政策を打ち続けていた。
価格によるブランディング
もう一つ、スタバが「選択と集中」を行っているのが「価格」である。
スタバの商品は、他のチェーン系カフェと比べて若干高い。たとえばドトールコーヒーが250円、タリーズコーヒーが360円であるのに対し、スタバは380円だ。ちなみに、ドトールの客単価が500円前後に対して、スタバの客単価は1000円前後だという話もある*。
また、安売りをしないこともスタバの一つの特徴だ。これはスタバのCEOであったジョン・ムーアが『スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で述べており、むしろ、それを一つのブランディングにしている。これによってスタバには、ある程度日常的にその価格を払うことに耐えうる人々がやってくる。価格設定で、静かにそこに来る人を選んでいるわけである。
ちなみに、この点に関して、自分が好きな分析があるので紹介したい。
スタバで商品を買う=「見せびらかしたい」?
社会学者であるブライアン・サイモンによる「スターバックスがターゲットにしたのはビジネスピープル、旅行好きの人々、本を買うのが好きな『まともな稼ぎのある人々』であった」というものだ。すなわち、スタバはある種のアッパーミドル層を対象にしているという。そして、スタバで商品を買うことは、そうしたプチブルの「見せびらかしたい」欲望を適度に叶えるのだ、とやや辛口に論評している。私はスタバに行くたびにこの言葉が頭をよぎる。
現代で、ここまで広く私たちに独特なイメージを持ったまま浸透している店も、なかなかない。しかも、それが世界中にあるのだからなおさらだ。
スタバは一つの国みたいなもの
昔、冗談で、「スタバって一つの国みたいだよな~」という話をしたことがある。でも、実際、「選択と集中」という観点で見ていくと、なるほどスタバは確かに一つの国みたいなものかもしれない。
スターバッカーと呼ばれる人々がいる。何よりもスタバを愛し、世界中のスタバに訪れるような人々のことをそう言うのだ(「スタバ推し」というところか)。ここまで一つのチェーンストアに熱烈なファンがいることもない。「マクドナルド」や「吉野家」だとちょっと想像しづらい。この「集団」としての意識を満たしてくれるのが、やはりスタバの強みであり、それは同時に「選択と集中」の賜物なのだ(教会に足繁く通うキリスト教徒のような)。
だからこそ、スタバは一つの国のようだといえるかもしれない。スタバ国。
パスポートはMacのパソコンであり、公用語は、長いメニュー名。国家インフラは無料のWi-Fiと電源で、国旗は緑のセイレーンのロゴマーク。そして、スタバの商品を買うことは、国への納税行為でもある。スタバでフラペチーノを買ったあなた、あなたはすでにスタバ国へ納税しています。
もしスタバを国家として捉えるならば、スタバの企業としての動きは一種の「国際政治」だともいえるが、その動きに、本当の政治が絡んでくることもある。
パレスチナ自治区ガザ地区での戦闘を受けて、特に中東を中心とする国家では、「親イスラエル企業」であると目されたスタバの不買運動が始まっている。これはパレスチナに連帯を示すSNS投稿をした同社の労組を、スタバ本社が商標権侵害の疑いで告訴したことに端を発したものだ。
ちなみに、この不買運動による影響が原因かは定かではないが、最近、スタバの業績はあまり振るわない。米スターバックスが発表した今年1~3月期の決算は、2020年以来の減収となった。そういう意味でスタバ国への“納税行為”を行わない選択をした人々がいるのかもしれない。
「スタバでMacポチポチ」が表す“企業の本質”
前述したブライアン・サイモンはさらに踏み込んだ話をしている。要約すると「そもそも、コミュニティの場所を提供するはずの国や社会が機能していないから、一企業に過ぎないスタバが、あるタイプの人々にとってコミュニティの場所になっているのではないか?」という見解だ。
「スタバでMacポチポチ問題」もたぶん、こういう文脈で捉えられると思う。つまり、海外から見た日本のイメージが「ニンジャ!スシ!」と思うステレオタイプと同じようなことが、スタバにも起こっている。
「スタバでMacポチポチ問題」とは単なるネットの言説ではなく、実はスタバという企業の本質を表しているのかもしれない。
*ビジネスジャーナル「コメダ、利益率がスタバの2倍の秘密…客単価1500円、FC店に優しい」https://biz-journal.jp/company/post_359602.html
(谷頭 和希)
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