日本でいちばんクマを撮っている「クマ恐怖症」になったカメラマンが5年がかりで撮った“決定的瞬間”とは
文春オンライン / 2024年6月30日 11時0分
![日本でいちばんクマを撮っている「クマ恐怖症」になったカメラマンが5年がかりで撮った“決定的瞬間”とは](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71622_0-small.jpg)
撮るまでに5年かかったという松ぼっくりを食べるヒグマの写真。「夕方、今日もいなかったなと思ったら、ハイマツの間からボーンとクマが顔を出したんです」と二神。ハイマツとは高所に生える背の低いマツだ ©二神慎之介
日本で今、もっともクマの写真を撮っているカメラマン、二神慎之介は昨年、日本全国でクマが大量出没した“好機”に、ほとんどクマの写真を撮らなかったという。その理由について、「怖かったから」と素直に語る。二神の最大の弱点。それは長年の濃密な撮影活動による「クマ恐怖症」を抱えているということだ。日本で今、もっともクマの写真を撮る男は、もっとも“ビビり”な男でもあった。
クマと人との遭遇事故が頻発する昨今、二神はこう警鐘を鳴らす。「クマの本能が変化してきている。『共生』という言葉では、追いつかない時代がすぐそこまで来ています」――。(全3回の1回目/ #2 に続く)
◆ ◆ ◆
クマとの上下関係を本能に刻み込まれた瞬間
――私が二神さんのヒグマの写真を初めて見たのは2022年、ニコンプラザ大阪で開催されていた「『羅臼』~漁師の海、ヒグマの山~」という写真展でした。その中でメインの一つとして飾ってあったのが松ぼっくりを食べるヒグマの写真だったんです。正直、こんな大人しそうな、こんな地味なヒグマの写真を大きく使う自然写真家がいるんだと驚いたんです。ただ、それだけに明確な意図があるのだろうなとも感じました。
二神 ヒグマというと、まず川の中に入ってシャケを食べているものだというイメージがあるじゃないですか。なので、そこで牙をむいている、荒々しい漁のシーンの写真を選びがちなんです。プロは小さいヒグマでも大きく、迫力があるように見せることもできますから。でも僕は逆で、大きなヒグマのやさしい表情を撮りたいという思いがずっとあって。あのとき展示していた写真は、松ぼっくりを食べ終わって、満足げにふーっと空(くう)を見つめている写真だったんです。
――あの距離でヒグマがあそこまでリラックスしている写真を撮るのは相当難しいことなんでしょうね。
二神 僕らができることって、2つしかないんです。撮影ポイントを見つけることと、待つことです。もちろん、クマを見つけて寄っていくこともありますが、そうすると少なからず被写体にストレスをかけてしまう。なので、ベストなショットは生まれないんです。松ぼっくりを食べているヒグマの写真は、ねらい始めてから5年ぐらいかかりました。
――松ぼっくりを食べているヒグマの写真というのは見たことも聞いたこともなかったのですが、世界初と言ってもいいのでしょうか。
二神 初とは言い切れませんが、写真展に出したのとは別のカットで、ヒグマの口の中に入っている松ぼっくりがはっきり写っている写真もあるんです。それはかなり珍しいと思います。
――日本には世界でも有数のヒグマ高密度地域、知床半島があります。今、そこでヒグマを撮影しているカメラマンのほとんどは「ヒグマが出たぞ!」となると、そこにみんなで寄っていって集団で撮るみたいな感じですよね。撮影スポットもだいたい決まっています。そういうところのクマは人慣れしているのでしょうが、慢性的に相応のストレスもかかっていると思うんです。
二神さんのように自ら撮影ポイントを開拓し、そこで待つというスタイルでヒグマを撮っている人はごく少数派ですよね。同じ場所で集団で撮っている写真と、二神さんの写真の違いは見る人が見ればわかるものなのでしょうか。
二神 僕はわかると思っています。被写体の圏内にあとから入って撮ったものは目線が泳いでいるとか、どこか落ち着かない表情をしているものなんですよ。
「クマ恐怖症」の動物カメラマン
――二神さんは京都外国語大学卒業後、編集プロダクションでコピーライターなどを経験し、2012年から北海道に移り住んで本格的にクマを撮り始めたんですよね。
二神 2012年に引っ越して、2014年ぐらいまで北見に住んでいました。ただ、最初の2年間は、ほとんど撮れませんでしたね。20キロくらいのザックを背負って、朝から晩まで歩きましたけど。撮れるようになったのは2015年、2016年あたりです。僕にとってはその2年がヒグマ撮影のピークでしたね。でも会えなかった最初の2年間でクマの食性などの知識を蓄積できたからこそ、ピークの2年もあったんです。
――それだけヒグマを追いかけていると、危険な目に遭遇してしまうこともあるわけですよね。
二神 これはあんまり話したくないのですが……。本来、そういうことがあってはならないので。僕と同じ失敗を繰り返さないで欲しいという意味で恥を忍んで、今回はお話しします。知床の山に入るようになって、2年目だったと思うんです。その頃は、とにかく夢中だったので怖さよりもクマに会いたいという気持ちが勝っていた。12月に入って、森の中をあてどもなく歩いていたんです。そうしたら雪景色の中、すごくきれいなヒグマが歩いていたんです。「うわ、俺が会いたかったクマはこいつだ!」と思ったんです。今でもいちばん美しいヒグマだと思っているんですよ。ただ、そのクマは子連れだったんです。
――子連れのクマはとにかく怖いという印象があります。
二神 子どもにレンズを向けたら、親グマは何かされるんじゃないかと思ってすごい怒ります。なので、子どもが先に逃げたのを確認してから親だけを単体で撮っていたんです。僕はすごく興奮していて、記者会見場のカメラマンみたいにパシャパシャ撮っていた。そうしたら、親グマがゆっくりとこちらに向かってきたんです。
◆
ゆっくりとこちらに向かってきたという親グマ。このあと二神さんの身に何が起こったのか。【 #2 】で詳述する。
〈 「ヒグマが突進、死ぬほど怖かった」“子連れグマ”との距離は数メートル、手が震えて…動物カメラマンが恥を忍んで告白 〉へ続く
(中村 計)
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