<安倍昭恵さんも登壇>妹を殺された男はなぜ「元犯罪者」に手を差し伸べ続けるのか? その葛藤に10年密着した『おまえの親になったるで』
文春オンライン / 2024年6月30日 11時0分
![<安倍昭恵さんも登壇>妹を殺された男はなぜ「元犯罪者」に手を差し伸べ続けるのか? その葛藤に10年密着した『おまえの親になったるで』](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71690_0-small.jpg)
© Television Osaka
かつて実の妹を殺された、犯罪被害者遺族である大阪の建設会社社長。
誘われて出所者に仕事を提供するプロジェクトに参加したものの、思いを裏切られるのもしばしば。それでもなぜ、彼は諦めないのか?
その葛藤に満ちた10年に密着したテレビ大阪のドキュメンタリーが劇場版映画になった。
◆◆◆
出所者の世話を引き受けてくれやて? なんでやねん。俺の妹は殺されたんやで。加害者を殺してやりたいくらいや。少年院や刑務所から出てくる奴らを、なんで俺が面倒見なあかんねん!
映画の主役、草刈健太郎さん(51)は当初、まさにこんな思いが胸をよぎったという。出所者に企業経営者が住まいや仕事を提供し、再犯を防ぐ「職親(しょくしん)プロジェクト」。それに参加しないかと誘われたのだ。
「憎んでも憎んでもさあ、誰も助けてくれへんやん」
草刈さんは大阪の建設会社「カンサイ建装工業」の社長を務める。同時に20年近く前、25歳だった妹をアメリカ人の夫に殺害された犯罪被害者遺族でもある。
出所者への支援に葛藤はあったが、プロジェクトに誘ったのは、東日本大震災でともに炊き出しを行った先輩経営者、お好み焼き「千房」の中井政嗣社長(当時)だ。これは断れない。11年前、参加を受け入れた時の心境は…、
「加害者の支援じゃない。被害者を作らんために更生させんとアカン。(少年院などを)出てきても(出所者の)親が何もせえへんから、誰かがせなあきまへん。犯罪者が一人でも減ったら被害者もできへんわけやし」
圧巻のシーンがある。仙台の少年院で、もうすぐ出所する20歳の若者タイチと面会する草刈さん。タイチは生後間もなく母親が父親を刺し殺し、両親を知らずに育った。
「お願いします!」
大声であいさつするタイチに、
「そない気合い入れんでエエ」と返しながら、
「なんかある? おまえ、今、憎しみって」
「おばあちゃんとか、おかあさんですね」
母親への憎しみを率直に明かすと、草刈さんはうなずきながら、
「でも、しんどいやん、憎しみっていうのは。憎んでも憎んでもさあ、誰も助けてくれへんやん」
そして一息ついてまっすぐ目を見据えながら、
「家族になったるわ、な?」
思わず目を手で覆い、涙するタイチ。二人は固く抱きしめ合う。
「おまえの家族になるって言われたのが一番うれしかったですね」
それでもタイチは信頼を裏切る。住まいを用意してもらい、会社で働き始め、結婚し娘も生まれるが、傷害事件を起こして逮捕。そりゃあ、ぼやきたくもなる。
「みんなに言われるけど、『なんでこんなことやってるんですか?』って。みんな勝手なこと言うけど、誰かがやらんとなあ。『甘やかしすぎちゃいますか?』言うても、きつう言ったらどっか逃げていくしなあ」
生まれは岸和田、先生が「日本一悪い」というくらい“やんちゃ”なコミュニティ
実は私は7年前から草刈さんのことを知っている。大阪の起業家ら300人余りが参加する異業種交流会『堀江倶楽部』のメンバーとして。出所者と映画への思いを聞いた。
「映画に出てる奴らはまだいいんですよ。本当にこけてしまって、覚せい剤やギャンブルに走って、金を持ち逃げしてそれっきり、なんて奴もいっぱいいます。初めのうちは『すぐやめよう』と思ってましたけど、加害者作らへんことで被害者できへんやんという思いがあって」
生まれは、荒々しいだんじり祭りで知られる大阪府南部の岸和田市だ。
「中学はあの清原(和博氏・元プロ野球選手)と同じで、先生が『日本一悪い』というくらいのところ。“やんちゃ”あふれるコミュニティで育ったんですよ。だから周りにもいっぱい“そういうこと”がありました。いろいろ“慣れて”いるんです」
出所者の再犯率は50%近い。背景には“親”の有り様が大きいという。
「親に愛された経験があるかどうかは大きいですね。犯罪を思いとどまるレッドライン、ブレーキのかけ方が違います。自分が守らなければいけない存在、信頼を裏切ってはいけない存在がいない。『親に心配かけるな』というごく普通の感覚がないんです」
「だから僕は『おまえの家族になったる』と言うんです。僕だけじゃない。会社の人、寮の人、みんながおまえのことを心配してるファミリーなんや。おまえら、人様に迷惑かけてるんやから“倍返し”せえと」
映画の終盤、タイチは、同じく草刈さんの下で働く兄の支えで立ち直る。
「親の温かさを知らない中で育ったんですけど、やっぱりそれでも僕は幸せになりたい。自分の人生をまっとうする責任が絶対に大事なので」
なによりグッと胸に詰まるシーンだ。
安倍昭恵さん「私自身、犯罪被害者遺族」
6月25日、映画の特別試写会が東京・有楽町で開かれた。ひときわ目を引いたのは安倍昭恵さんだ。草刈さんたちの取り組みを表彰した社会貢献支援財団の会長。そして夫の安倍晋三元首相を殺害された遺族でもある。
「草刈さんも皆さんも、裏切られても裏切られても諦めずに更生を見守る姿というのは本当に社会にとってありがたいプロジェクトだと思います。
私自身、犯罪被害者遺族という当事者になってしまったので、この映画は他人事ではないと思いながら涙が止まりませんでした。再犯を防ぐために何か私ができることをやりたいと思って、先日は岡山の刑務所に行かせていただいたところでございます」
この後の質疑で私は昭恵さんに質問した。
――重罪犯の多い岡山刑務所を訪れたということですが、その時、昭恵さんが安倍元首相の殺害犯を許すという話をされたと報道で見ました。それはどういう心境でしょうか?
「裁判が始まる前に許す許さないという話をするわけにはいかないんですが、許せないとか憎むとか恨むとか、そういうネガティブな感情をなるべく自分の中に持ちたくないという、そんな思いです」
一方、草刈さんは、スウェーデンの取り組みを視察してきた経験から、国からの支援の在り方について問題提起した。
「日本は今まで刑務所出して『はい終わり』です。でも後の方法論、世の中にすぐに順応できるような支援が必要です。今は参加企業だけでやっていることを、国家プロジェクトとしてやればいいのかなと最近思います」
個人の“善意”を地域全体、国全体で支える仕組みを
この発言を聴きながら私は映画終盤の一場面を思い出した。プロジェクト10周年の会場に掲げられていた安倍元首相の言葉。
「再犯防止 立ち直りを支える地域の力」
なるほど、だが地域の力って何だろう? 現状は、これだけ労力のかかる仕事を一部の経営者の厚意に頼っている。
プロジェクトに参加する400社余りの中でも、実際に出所者を雇ったのは67社にとどまるという。一企業、一地域でできることには限りがある。草刈さんは「少年院と世間をつなぐ職業訓練場のような中間施設が必要だ」と訴える。
法務省もいろいろ出所者支援策を打ち出していることは、私もNHK時代に取材して少しはわかっている。試写会でも当時お世話になった法務省の方に出会った。
それでも、この映画は強く訴えかけてくるように感じる。国の関与と予算がもっと必要だと。草刈さんたち個人の“善意”を国全体で支える仕組みを築かなければならない。
その役目は法務省に限らない。ここは政治の出番だ。多くの方に映画を観て考えていただきたい。再犯防止は私たちの安全に直結するのだから。
『おまえの親になったるで』
INTRODUCTION
10年前、関西の中小企業7社が集まり、あるプロジェクトが発足した。元受刑者に住まいや仕事を提供し、再犯を防ぐ「日本財団職親プロジェクト」。受刑者の半分が出所しても仕事や居場所がなく、再び罪を犯すという社会問題に立ち上がったのだ。
しかし、参加者の中にひとり複雑な思いを抱えた男がいた。大阪の建設会社・社長の草刈健太郎さんには、大切な妹を殺された悲しい過去があった。
STAFF
監督:北岸良枝/プロデューサー:山田龍也・花本憲一(テレビ大阪)/製作著作:テレビ大阪/配給:ニチホランド/95分/全国順次公開中
(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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