“よそさん”に知られると都合が悪い? 「なかったこと」にされた“京都の廃墟・廃神”
文春オンライン / 2024年7月13日 11時0分
![“よそさん”に知られると都合が悪い? 「なかったこと」にされた“京都の廃墟・廃神”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71697_0-small.jpg)
了徳寺
〈 住宅街に突如現れる“怪異”とは…地元民しか知らない「ヤバい京都」教えます 〉から続く
インバウンドに沸く千年の古都・京都には、「雅」の裏に隠された得体の知れない怖さが存在する――。『イケズの構造』『京都人だけが知っている』等の著書で知られる生粋の京都人・入江敦彦氏が、このたび「京怖(=京都の恐怖)」の百物語を綴った『 怖いこわい京都 』(文春文庫)を上梓した。
ガイドブックには決して載っていない、都に暮らす人々だけが知る「異形」の京都の魅力をこっそり教えます。(全4回の2回目/ 最初から読む )
◆◆◆
コロナ禍以降の時代の流れの中で京都も望むと望まざるとにかかわらず様々な変化が起こっている。愛された老舗や、人気のあったお商売が経済的な理由だけでなく姿を消している。どこかやめる切っ掛けを探していたのではないかとすら感じる。いわゆる町屋ならば蘇るケースもあるけれど、とうの昔に命が尽きていた廃墟なんてものは平家物語ではないが「偏(ひとえ)に風の前の塵に同じ」。
洛中最大の廃墟(だったらしい)河原町今出川の了徳寺、京の九龍塞城と呼ばれた京大の光華寮。2023年には京都廃墟界の雄(なんじゃそりゃ)全和凰(ぜんわこう)美術館までもが取り壊された。在日韓国人画家が10年かけて建てたからくり箱のような私設ギャラリーが30年かけて廃墟になってゆく様を観察するのは秘かな楽しみだったのに……。
洛中から味のある風景がどんどん消えてゆく。死んだ子の歳を数えても仕方ないが、比較的、悠長に時が重なる京だからこそ、失われた時の胸の痛みは鋭く、いつまでも後を引く。
廃墟の聖地
が、なかには市が積極的に保護しようとしている廃墟もあったりするのが京都だ。〈愛宕山ケーブル駅舎跡〉。廃墟の聖地ともいわれる。この一帯は〈愛宕山ホテル跡〉〈愛宕山遊園地跡〉といった優良(笑)物件が集まる愛好家にはたまらんエリア。徒歩……もとい登山しか行きつく方法がないのも幸いして荒らされずに済んだ。ヘビーよ。片道3時間くらいかかるもん。覚悟が必要。
上記の全和凰美術館があった九条山付近も渓谷のようなロケーションに助けられて再開発が緩やかだ。都市の“影の遺産”とでも呼ぶべきものが残っている。もっともこちらはずっとアクセスしやすい。市営地下鉄東西線が開通して徒歩でいける場所も増えた。ライトな廃墟好きにおススメ。蹴上(けあげ)浄水場ツツジ群開花の季節のほかは実にひっそりとしている。
処刑場があった土地に…
有名なのは〈アクアパーク東山〉の遺跡(?)。営業していた当時は表の三条通りから入園できたはずだが、いまは東山ドライブウェイの半ばから見下ろすしかない。フニクリフニクラ坂を登ってゆくと蜃気楼のようにそれは現れる。
ウォータースライダー付きのプール施設だったのだが、そもそも江戸時代以前からの刑場として1万5000人の血を吸ってきた粟田口処刑場の跡地というロケーション。ヤバいとかヤバくないとかいう問題じゃない。親戚が近くにいたので営業時代も知っているが不思議なことにとくに怪談は聞こえてこなかった。無事に成仏されたならいいのだが。
しかしわたしが九条山でまず紹介したいのは〈日向大神宮〉だ。日向と書いて「ひむかい」と読む。創建はなんと5世紀にさかのぼる。京都が京都になる前からあった社なのだ。日本の国土を造ったイザナギ、イザナミという神様が降り立った筑紫国日向(いまの宮崎県)の高千穂峰を勧請(のれん分けみたいなもの)したのがご由緒。内宮にはご存じアマテラスが祀られ、ほかにも十七柱(神様の数え方)の古い神々が鎮座されている。
社殿は「神明造」という神社建築の初期様式で、歴史あるお社の多い京都でも珍しいクラシックなスタイル。それらを見るためだけでも充分にお詣りの価値あり。だが、その先の「天の岩戸」という遺跡がまた凄い。3mほどの一枚岩にトンネルを通してあるのだが機械などなかった時代にどうやって? と考えるだけで想像力が暴走する。
“神様的なもの”を「なかったことに」
もうひとつ、日向大神宮には不思議なものがある。それはただの鳥居だ。が、その向こう側になんにもないのである。唐突に低い土砂の崖になっている。小さな祠を置くスペースすらない。わたしが訪れたときは鳥居前に「この先は人の領域ではない」ことを示す結界竹というものが立てられていた。
現在は「これは御山全体を拝むための鳥居です」と汚れた立札が出ている。言い訳だと感じた。
それは無記名で明らかに公式ではない。「危険ですから入らないでください」と但し書きも貼りつけられている。結界竹の意味を知らず踏み越えた者にトラブルがあったのではないかと思った。
そして気づく。周囲の樹々が鬱蒼としているのに比べ崖上に生えた樹々が疎らで若いことに。たぶん鳥居が建てられたときくらいから育った木立ではないか。だとしたら、これは何らかの神様……か“神様的なもの”を祀った祠を丸ごと土砂で覆って「なかったこと」にした結果ではないだろうか?
〈廃神〉〈埋め神〉〈穢れ神〉。様々な言葉が浮かぶ。地中に眠る荒ぶる何者かが自然の一部に還るまで、細心の注意が払われているように感じた。
祟りを封じた「京都人ならではの得意技」
そうだ。もうひとつ廃神の例を紹介しておこう。こちらは賑やかな街中にある。そして埋めるのではなく、埋めてあったものを掘り出した形で残っている。名を〈繁昌神社〉という。現在商売“繁盛”の神様として祀られている社ではない。そこから西へ一筋入ったガレージの奥にある奇妙な塚のこと。
注連縄を巻かれた岩を中心に大小の自然石や碑、お地蔵さんなどが曲がりくねった樹木とともに吹き寄せられてガッチガチに固められている。これこそが神社の本体、繁昌神社のオリジナルである〈班女塚〉なのだ。『宇治拾遺物語』に記されているので起源は少なくとも13世紀前半にまで辿れる。
未婚で死んだ班女という娘を葬送しようとしたところ目的地(当時は野ざらしが一般的)で棺を開くと姿を消している。家に戻ってみればなぜか死体が残っている。それが何度も続いたので、その場に埋葬して弔った……というのがこの塚の始まり。
さて恐ろしいのはここから。班女塚は大いに祟るようになり、とりわけ妊婦が通りかかると、ことごとく流産させてしまったという。それが原因で地域一帯はすっかり荒れ果て無人になったのだとか。もちろん供養は行われた。女の霊を慰めるため美男を集めて裸神輿まで出したらしい。
だが最終的には京都人ならではの得意技で祟りを封じた。すなわち必殺「なかったこと」攻撃だ!
班女(はんじょ)は繫盛(はんじょう)に通じるからとて名称を繁昌に変更してその起源を「なかったこと」にすると同時に、塚そのものも被さった土を取り除いて「なかったこと」にしてしまったのである。あまりに馬鹿馬鹿しい駄洒落に班女もあきれたか祟りは消えた。いろんな意味ですごいよ京都人。
(入江 敦彦/文春文庫)
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