社長の給与は「従業員の十数倍」から「数十~数百倍」に…“良い会社”の定義そのものを変えた、1人の発明家の存在
文春オンライン / 2024年7月1日 6時10分
![社長の給与は「従業員の十数倍」から「数十~数百倍」に…“良い会社”の定義そのものを変えた、1人の発明家の存在](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71720_0-small.jpg)
『ジャック・ウェルチ 「20世紀最高の経営者」の虚栄』(デイヴィッド・ゲレス 著/渡部典子 訳)早川書房
GEには2人の発明家がいた。蓄音機や電球等の発明や改良によって知られるトーマス・エジソンと、株主資本主義を発明したジャック・ウェルチだ。
株主資本主義という発明は「良い会社」の定義そのものを変えた。時価総額というゴールが設定され、リストラや自己株式取得によって会社の規模を圧縮して短期的な利益率を上げる方策が可能になった。長期的な人材育成や資本増加が正解とされた時代は終わった。
ウェルチは従業員を大切にしていたGEを一変させた。「業界1位か2位の事業以外は撤退または再構築」という方針の下、大胆な整理解雇をおこない、業務をアウトソーシングし、生産拠点を国外に移したのである。事業内容の面でも、高品質な製品開発と高効率な生産活動で知られたGEは、金融業に利益の多くを依存しつつM&Aによって規模を拡大していくコングロマリットへと変貌。彼の在任中にGEは地球上で最も時価総額の高い企業となった。
本書は、こうした株主資本主義的なアメリカ式経営の源流をウェルチに求める異端の書だ。これまで、ウェルチは「20世紀最高の経営者」と称される、経営者の理想像だった。その偶像を破壊する営為は、似非世界標準のアメリカ式経営の自己否定に他ならない。
アメリカ式経営を信奉している人ほど、本書の読解には心理的苦痛が伴う。本書を英雄の私生活の暴露本の類だと早合点する人もいるだろう。しかし、本書を開いてみればそれが勘違いだとすぐに気づかされる。そもそもウェルチの実像に切り込んだ部分は本書の半分ほどに過ぎず、残りはウェルチ以後のアメリカの企業経営を分析している。
ウェルチ以前は、社長の給与は新卒従業員の十数倍程度というのが、GEをはじめとするアメリカの企業のスタンダードだった。だが、ウェルチ以後のアメリカでは、一般従業員の給与は横ばいのまま、社長の給与は数十~数百倍に達した。
こうした慣行は、ウェルチの薫陶を受けた弟子たち、書籍やMBAの講義でウェルチズムを学んだ私淑の弟子たちによって世界中に広がっていった。ただし、現代アメリカ企業の病理のすべてをウェルチに押し付けるのはいきすぎだろう。ウェルチは当時流行していたフリードマンやハイエクといった市場原理主義者の思想とジャパン・バッシングという政治的・社会的要請から来る時代の波に上手く乗っただけだからだ。
ジャック・ウェルチという象徴を作り出したのはアメリカの時代精神に他ならない。ジャック・ウェルチ「による」発明としての株主資本主義的アメリカ式経営の裏には、ジャック・ウェルチ「という」発明を生んだアメリカ社会がある。最後に付け加えると、ここで述べられている社会の病理の多くは、周回遅れで現代日本をいままさに蝕んでいる最中であることもまた忘れてはならないだろう。
David Gelles/「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者。2013年の入社以来、CEO、金融、テクノロジー、メディアなどについて執筆。2018-19年のボーイング737MAXジェット機2機の墜落事故を取材したチームの一員であり、2020年のジェラルド・ローブ賞(ニュース速報部門)を受賞。
いわおしゅんぺい/1989年生まれ。慶應義塾大学商学部准教授。東京大学博士(経営学)。近著に『世界は経営でできている』。
(岩尾 俊兵/週刊文春 2024年7月4日号)
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