会社は破産寸前、愛人と子の存在が妻にバレる中、エンツォ・フェラーリは「ミッレミリア」に挑むが…<レースのカリスマの原風景>
文春オンライン / 2024年7月4日 17時0分
![会社は破産寸前、愛人と子の存在が妻にバレる中、エンツォ・フェラーリは「ミッレミリア」に挑むが…<レースのカリスマの原風景>](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71740_0-small.jpg)
アダム・ドライバーはエンツォの人生を調べ上げ、振る舞いや話し方などを研究。毎日2時間以上をヘアメイクに費やし、繊細な演技で悩み深いイタリアのカリスマを演じる ©2023 MOTO PICTURES, LLC. STX FINANCING, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
エミリア=ロマーニャの朝靄(あさもや)が、主人公の心象風景のように哀しみを湛(たた)えていた。エンツォ・フェラーリの1957年を切り取った映画『フェラーリ』は、そんな映像から始まる。
F1において、感情豊かにレースを見守るフェラーリ・ファンは、スクーデリアへの気持ちはほとんど信仰だと言う。悲喜交々(こもごも)あれど、享受しているのは深い喜びである。
そんなグランプリの現場から見たイメージと、この映画に描かれたエンツォ・フェラーリの姿は対照的だ。終始、喪失の冷たい湿度を感じるのは個人的な感傷だろうか。
息子の墓の前だけで感情を解放するエンツォ
前年の1956年、愛息アルフレード(愛称ディーノ)は病によって24歳の若さで逝去していた。白い花束を抱えたエンツォは毎日のようにディーノの墓を訪れ、話しかける。会いたい…と涙にくれる。
冷徹な“コメンダトーレ”が感情を解放するのは、亡き愛息の前だけだ。若くして父や兄を失ったエンツォにとって、ディーノは未来を分かち合う唯一の存在だった。
ドライバーの死に際しても感情を乱さない冷酷なエンツォを、映画は早い段階で、観る者に対して攻撃的なほど示してくる。しかし、愛息を失って1年も経たない、大きな空洞を抱えたままの心が、どう反応できただろう?
感情よりも先に社長としての理性が働いた──“代わりのドライバー”として呼ばれたのが、生き急ぐように人生を謳歌するスペインの貴族、アルフォンソ・デ・ポルターゴだった。
魅力的なアダム・ドライバーのエンツォ
アダム・ドライバーが演じるエンツォは、ある意味、私たちがイメージしてきたコメンダトーレより魅力的だ。私生活が描かれているおかげである。
妻であるラウラとの関係、第二次大戦中の工場で知り合ったリナ・ラルディとの関係。魅力的なのは、ふたりの女性の間で嘘をつけないエンツォが、意図せずして修羅場を回避できてしまうところ。
ここまでプライベートに入ると本当のところはわからないが、私たちはアダム・ドライバーの隙のない身だしなみと、指先まで無駄のない身のこなしに安堵する。
イタリアの伊達男のそれとは違う、メカニカルに美しいものを創造する“インジェニェーレ”の緻密さに魅力があるのだ。
“正当な怒り”を表現する妻ペネロペ・クルス
エンツォの心がリナ・ラルディと息子のピエロに支えられているのに対して、ラウラは孤独だ。
ディーノを失った悲しみはエンツォとしか共有できないのに、ふたりの心はディーノとともにそのスペースも失ってしまった。
ラウラを演じるペネロペ・クルスの美貌は、悲しみに覆い尽くされている。ぎこちない歩き方にエレガンスはない一方、良きイタリア女の“正当な怒り”が表れているようで心が張り裂けそうになる。
マシンの華奢なパーツが映すエンツォの冷たい情熱
物語のクライマックスは1957年のミッレミリア。240km/hを超える速度で公道を走るマシンの、美しくも何と心許ないことだろう…。エンツォ・フェラーリの冷たい情熱が、華奢なパーツに映し出されている。
罪悪感をともないながら、刹那的な生き方を美しいと感じる。厭世的に死をも受け入れる。そんな時代を生き抜いて、エンツォは世界を熱い興奮で満たすことに成功した。彼の原風景を映し出すこの作品を観ると、それが奇跡だとよくわかる。
『フェラーリ』
INTRODUCTION
1991年に原作が出版されて以来、30年以上に及ぶ構想期間を経て、マイケル・マン監督が執念の映画化。1957年のフェラーリにとって激動の1年を描く。
エンツォ・フェラーリにアダム・ドライバー、その妻ラウラにペネロペ・クルスが扮し、情熱と狂気の狭間にある複雑な男女関係を演じる。
レースシーンを再現するにあたり、貴重なオリジナルカーをもとに精緻なレプリカを製作したほか、当時の車両も多数参加。迫力のレースシーンを再現した。
STORY
1957年、設立から10年経ったフェラーリ社はライバルの台頭によって乗用車の売上が減り、破産寸前の危機に瀕していた。前年に一人息子のディーノを亡くしてエンツォとラウラとの夫婦間は冷めていたが、共同経営者だけに切っても切れない関係性にある。
エンツォには婚外子のピエロもいたが、当時のイタリアでは認知も叶わず、その存在をラウラに知られ悩みは深まるばかり。会社と夫婦の危機がのしかかるなか、全てを失う危機感を抱いたエンツォは、社運を賭けて公道レース「ミッレミリア」に挑む──。
STAFF & CAST
監督:マイケル・マン/原作:ブロック・イェイツ著『エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像』/出演:アダム・ドライバー、ペネロペ・クルス、シャイリーン・ウッドリー/2023年/アメリカ・イギリス・イタリア・サウジアラビア/132分/配給:キノフィルムズ/7月5日公開
(今宮 雅子/週刊文春CINEMA 2024夏号)
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