死んだと思ったヒグマに頭を噛まれて頭蓋骨骨折…増え続けるヒグマと命がけで対峙するハンターが見た“危機”と“異変”
文春オンライン / 2024年7月4日 11時0分
![死んだと思ったヒグマに頭を噛まれて頭蓋骨骨折…増え続けるヒグマと命がけで対峙するハンターが見た“危機”と“異変”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71745_0-small.jpg)
ヒグマ(北海道斜里町) ©時事通信社
〈 地元猟友会がクマ駆除を辞退…渦中のハンターが語った“本音”「ヒグマ相手に日当8500円では…」「ジジイを舐めている」 〉から続く
〈猟友会がクマの駆除辞退 「この報酬ではやってられない」「ハンターを馬鹿にしている」北海道奈井江町〉
奈井江町は札幌と旭川のほぼ中間に位置する人口約4700人の小さな町だ。その奈井江町が、町内でヒグマなどが出没した際の対応を担う「鳥獣被害対策実施隊」への参加を地元の猟友会に呼びかけたところ、報酬面などで折り合いがつかず、猟友会がこれを辞退したという。5月21日にHTB(北海道テレビ)が報じたニュースの中で、北海道猟友会砂川支部奈井江部会で部会長を務めるハンターの山岸辰人(72)は辞退の理由をこう語っていた。
〈やっぱりヒグマは相手が違う。鉄砲持っているからって、米軍の特殊部隊相手にするようなもんだよ。この条件ではちょっとやってられない〉
町側が提示した実施隊の日当は4800円、ヒグマ対策の場合は3700円を加給、発砲した場合は1800円が加給されて最大で1万300円というものだった。
今回の一件で彼が最も伝えたかったのは、「ハンターにとってヒグマの駆除というのは、命がけの仕事であることを理解してほしい」ということに尽きる。町役場の対応をあげつらうことは、山岸の本意ではない。(全2回の2回目/ 前編を読む )
◆ ◆ ◆
――山岸さんは山の中でヒグマを追うのは、「米軍の特殊部隊を相手にするようなもの」と表現されました。具体的にどういうところが?
「森の中でこっちはヒグマの存在に気付いてなくとも、向こうはほぼ確実にこちらに気付いています。以前、知り合いのハンターが大雪山に犬を連れて猟に行ったとき、草原の中に5頭のクマがいるのが見えたそうです。するとある瞬間、そのクマたちが一斉に立ち上がって、同じ方向を向いて鼻をひくひくさせ始めた。後でわかったのは、その方向から5キロメートル以上離れたところにトウキビ(トウモロコシ)の花があって、ちょうどその花が開いた瞬間だったそうです」
恐るべきヒグマの“止め足”、死んだふりも…
――ヒグマの嗅覚は犬の100倍とか1000倍とか言われていますね。
「そうです。それから僕らがヤブの中を歩くときは、どうしたってガサガサと音がしますが、ヒグマはまったく音を立てません。猫みたいに柔らかい毛を全身立てることで、葉っぱとの摩擦音が消えるんです。だからクマにヤブの中に入られたら、どっちの方向に抜けたのか、それともまだそこに留まっているのか、見定めるのは至難の業です」
信じ難い話だが、ヒグマはあの大きさでありながら、ひざ丈ぐらいの草があれば、四肢を地面に投げだすようにして「ぺったんこ」になり、すっかり隠れることができるという。
「ハンターから追いかけられたヒグマは、そうやって忍者のように隠れたり、わざと川の中を歩いて足跡を消したり、人間がとても歩けない雪渓から雪渓へと3mぐらい軽々と飛び越えたりする。極めつけは“止め足”です」
“止め足”とは、ハンターの追跡に気付いたクマが、自分の足跡を踏みながら後ろに戻り、足跡のつかない草の上などにジャンプすることで、足跡を辿れないようにかく乱する行動である。場合によっては、そのまま草むらに隠れて、後から足跡を追ってくるハンターを横合いからいきなり襲うケースもある。
「特に“半矢(ハンターの銃撃などで手負いになること)”のクマは要注意です。向こうも必死ですから、止め足も使うし、死んだふりもする。僕の知り合いのBさんもトムラウシ山でやられてます」
最後の力を振り絞ったヒグマの反撃
仲間とシカ狩りで山に入ったBさんは、その帰り道で、林道の上にいるクマを見つけて撃った。銃弾は命中し、クマはもんどりうって、斜面を転がり落ちた。Bさんはそのとき仲間と離れて1人だったが、上からのぞいてクマが動かなくなったのを確認すると、無線で“クマ獲ったぞ”と仲間に連絡し、先に下に降りたという。するとーー。
「死んだと思ったクマが突然立ち上がって、いきなり(Bさんの)頭にかぶりついたんです。仲間がかけつけたときは、もうやられた後で頭から血を流したBさんが倒れていたそうです」
最後の力をふり絞った反撃の後、クマはそのまま絶命した。Bさんは病院に搬送され、120針以上を縫った。一命はとりとめたものの頭蓋骨骨折の大けがで、その後も、6回の大手術を余儀なくされたという。
Bさんの場合は狩猟中の事故だったが、有害駆除で緊急出勤中のハンターの事故も後を絶たない。
例えば2021年4月には、富良野市内で「ハンターがクマを手負いにした」との情報があり、警戒活動にあたっていた猟友会の別のハンターが森林内の斜面で、突然ヒグマの襲撃を受けた。このハンターは全身多発外傷(咬創、裂傷、開放性骨折、粉砕骨折)の重傷を負った(当該クマは同行のハンターが駆除)。
また2022年7月には道央の滝上町で、“牧草地にヒグマがいる”という通報を受けて2人のハンターが出勤。68歳のハンターがヒグマを発見し、発砲したところ、撃たれたクマは崖の下のササヤブに落ちた。この死骸を回収すべく崖下に降りたところ、ササヤブの中からクマが飛び出してきた。同僚ハンターは離れた場所にいたため、このハンターはクマと格闘、無我夢中で弾痕から腸を引き抜いたところ、クマはその場を離れた(翌日、付近で死んでいるのを発見された)。このハンターは70針を縫う重傷(頭部、顔、右腕への咬傷)を負っている。
ヒグマによる人身事故の半数以上がハンター
「ヒグマによる人身事故の被害者の半数はハンターです。いくら銃を持っていても、相手がヒグマの場合、反撃を受けた場合のリスクはそれだけ大きい。仮に命だけは助かっても、半身不随になったり、Bさんのように何度も手術をしたり、本業の仕事にも支障が出るケースがほとんどです。ですから奈井江町との話し合いでも、休業補償も含めて実施隊の隊員はちゃんと保険に入れてほしいと頼みました。町側は『隊員は臨時職員扱いで、公務災害が認められるから大丈夫です』と言うんだけど、それでどこまでカバーされるのか。補償の具体的な内容もはっきりしない。これでは命をかける気にはなりません」
――一方で、もしこのまま山岸さんたちと奈井江町側とで折り合いがつかなければ、今後奈井江町内でヒグマが出没した場合、これに対応する手段がないということになりますよね。それについては、どうお考えですか?
「先日も猟友会の仲間と話したんですけど、みんなが心配しているのは、まさにこの間の『空白』をどうするのか。もし今、町内でクマが出たら、現実問題としてどんな対応ができるのか。僕の中では、それに対する案もないわけではない。ただこの空白をどうするのかというのは本来、役場側が考えるべき問題なので、ここではあえて申しあげません」
増え続けるヒグマ、減り続けるハンター
ひとつだけはっきりしていることがある。それは、今後、全道的にヒグマはどんどんと増え続け、それに対処すべきハンターはどんどん減っていくという事実だ。
データで見れば、1990年代に5200頭だったヒグマの生息数(推定)は、2020年度には1万1700頭と30年で倍増している。一方でピーク時の1978年には約2万人いた北海道の猟友会の会員数は、2022年には5361人と、実に4分の1まで減少している。
さらにヒグマを獲った経験のあるハンターは70歳以上の高齢者が多く、彼らが引退してしまったら、そのノウハウもまた途絶えてしまうことになる。
――今後、北海道では、これまでヒグマが出没してなかった地域での出没もあり得ますが、そうした地域では既に猟友会がなくなってしまったところもあるそうですね。
「ですから、これまでのようにすべてを猟友会に“丸投げ”というヒグマ対応はもう限界だと思っています」
自治体が主導権を握るべきではないか
――最近では、自治体や警察などの公務員が職務として駆除にあたる“ガバメントハンター”の必要性も議論されています。これについてはどうお考えですか?
「僕は、そういう鳥獣対策のプロフェッショナルの公務員がいて、その指示のもとで、我々のような猟友会が協力するという形が一番いいと思う。だから今回、役場に直談判に行ったとき、担当者が『いま、若い職員に罠の免許をとらせてます』と言うので、『だったら、ついでに銃の免許もとらせれば』と言ったんです。それに対しては返事しないんだわ(苦笑)。自治体の方がこういう認識だとなかなか難しいかもしれません」
――誰の責任において駆除を行うのか。山岸さんは自治体が主導権を握るべきだとお考えですか?
「私は最終的にそれしかないと思っています。それに対して猟友会は、例えばNPOなど法人化して町役場とクリアな契約関係を結び、粛々と駆除に当たるという形もありだと思います。とにかくはやく本格的な対策を始めないと“手遅れ”になるぞ、というのが僕らの認識です。というより、既に手遅れかもしれない。この危機感をより多くの人に共有してほしい。それが今回の我々の行動の真意です」
クマの生息する地域の「今そこにある危機」
今回、山岸が指摘した問題は、北海道の小さな町のレアケースではない。クマの生息する地域であれば、日本全国どこでも今後、起こり得る「今そこにある危機」なのだ。
だからこそ、山岸らが提起した問題に奈井江町側がどう対処するのか、そこから新たな枠組みが生まれてくるのか、クマ問題を扱うライターとして個人的にも注目していた。だがこのインタビューを終えた後、 前述した通り 、両者の交渉は「決裂」してしまったのである。
今後、奈井江町ではヒグマが出没した場合は、猟友会に所属していない町内の別のハンターや民間業者に委託することを検討しているという。
「町がそれでいいと言うなら、奈井江部会としてもこれ以上言うことはありません。我々としては、とにかく中途半端な形で決着することだけは避けたかった。それだけです」
付言するならば、猟友会に属していない町内在住の唯一のハンターも既に80歳を越えているという。
(伊藤 秀倫)
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