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なぜ日本のメディアでは小池百合子都知事の「荒唐無稽な噓」がまかり通るか《カイロ大「1年目は落第」なのに首席卒業》

文春オンライン / 2024年7月3日 6時0分

なぜ日本のメディアでは小池百合子都知事の「荒唐無稽な噓」がまかり通るか《カイロ大「1年目は落第」なのに首席卒業》

小池百合子都知事 ©時事通信社

〈 「小池百合子さんはカイロ大学を卒業していません」衝撃的な同居人の手紙を受け取ったのは2018年2月だった 〉から続く

なぜ日本では「荒唐無稽な噓」が通ってしまうのか。小池百合子都知事が、これだけの疑惑をもたれながら、なぜマスコミでは大々的に報じられないのか。4年前の都知事選でも、まったく同じ光景があった。ベストセラー『女帝・小池百合子』の著者が指摘する、大手メディアの罪とは?

◆◆◆

自著から見えてきた「綻び」

 彼女の「自分語り」の白眉と言えるのは、「カイロ大学を首席卒業した」という学歴である。しかし、カイロ大学はエジプトの国立名門大学で、授業はアラビア語の古語にあたる文語(フスハー)で行われる。文語の習得はアラビア語を母語とするエジプト人でも容易ではなく、4人に1人は留年すると彼女自身が自著に書いている。ゆえにカイロ大学を卒業できた日本人はまずいない、と。しかし、彼女は「4年間でカイロ大学を首席卒業した」と語っているのだ。学生数は10万人である。ずば抜けた天才であったのか。ところが、彼女の自著、『振り袖、ピラミッドを登る』の中には、以下のような記述が見受けられる。

〈(進級試験で)次に問題用紙が配られた。教授直筆のガリ版刷りときているから、まず、字がろくに読めない。字が読めても、質問の意味がわからない。どうにも答えようがないのだ。隣のエジプト人学生は、白地に青の横線の入った解答用ノートを小さなアラビア文字でどんどん埋めていく。カンニングをしようにも、その字さえも読めない私なのだから、まったくのお手上げの状態だった〉

〈私は質問にはあまり眼を通さずに、前日丸暗記した文章を書いていった。採点者が眼を丸くするような解答だったに違いない。設問と答えがまったく噛み合わないのだから〉

 首席という以前に、これで卒業できるのだろうか。また、彼女は進級試験に受かるたびに高いところに登って「やったぞ!」と叫んで喜びを表す私的行事を行ってきたとも同著で語り、こう記述している。

〈1年目は落第して、この行事をとり行なう資格を自ら失い、見送りとなった。しかし、奇跡的に合格し進級できた2年目にはロータスをかたどった高さ187メートルのカイロ・タワーに、翌年にはカイロ一高いノッポビル、その翌年には小高い丘に立ったムハンマド・アリーモスクの庭、と場所を替え、きわめて個人的なこの行事を行なった。4回目、すなわち卒業の年の最後に選んだのは、この日のためにとっておいたピラミッド〉

 最後の進級試験に受かって卒業できることになり、ピラミッドの頂上に登ってキモノ姿で写真を撮ったと話は続き、その記念すべき1枚も自著には載せられている。この写真は彼女がこれまで好んで雑誌やテレビで公開してきたので、目にした人も多いはずだ。だが、私の目は魅力的な「ピラミッド写真」よりも、最初の一文に惹きつけられた。

「1年目は落第して」

 同著の著者紹介欄にははっきりと、1972年10月カイロ大学に入学し、1976年10月に首席で卒業した、「日本人として2人目、(日本)女性では初」の快挙だと書かれている。だが、1年目を落第したのならば、卒業はどう考えても1977年以降でなければ、おかしいのではないか。

 こうした綻びは、ひとつやふたつではなかった。私は資料を読み込むほどに混乱した。誤植や単純な手違いだとは思えない。悩みながら記事を期日までに書き上げたが、私はノンフィクション作家としての義務を果たし得たのだろうかと自問せずにいられず、彼女への疑念が自分の中に湧くことを押さえられなかった。

◇◇◇

「もっと早く止めてあげれば」

 初めて小池をテーマとしてから約4年、(小池とカイロで同居していた)早川さんから手紙をもらって2年以上が経過する中で、私は先日、『女帝 小池百合子』(小社刊)を出版した。幸い多くの読者を得ている。

「学歴詐称を告発した暴露本」「選挙直前に出版してあざとい」との声も聞くが、学歴に関する部分はすでに2年前本誌でかなり詳しく発表している。それを無視したのは大手メディアであり、私はここにこそ問題の根源があると感じた。

 小池百合子とは何者なのか。どのように生まれ、どのようにして今に至ったのか。彼女が生み出された時代や社会構造、メディアの罪、この国における「女性」を私は描いた。

 彼女の「自分語り」を検証する中で私は幼少期にも踏み込んでいるが、彼女の人格形成を知る上では重要なことで、そこに切り込まなくては彼女の背負ってきた苦悩も哀しみも描けないと考えてのことだ。

 この本から何を思うかは読者に委ねたい。著者よりも拙著を深く理解してくれる読者がいると、私はいつも信じている。

 拙著にも書いたが、早川さんが語った言葉で強く印象に残っていることがある。早川さんは姉のような立場にあった自分が、小池にもっと注意するべきだったと後悔していた。と同時に、なぜ日本のメディアは小池の嘘に気づけなかったのか、不思議でならないと繰り返し語った。

「カイロ大学首席卒業、そんな荒唐無稽な嘘が通じてしまう、日本のメディアとは何なのでしょうか。メディアが小池さんを暴走させた。少しも嘘がばれないから、マスコミが喜ぶような話を次々と作っていってしまったんでしょう。もっと早くに止めてあげていれば、ここまでにならなかったのに」

本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています( 小池百合子に屈した新聞とテレビ )。

 

本稿にて仮名で証言している早川さんは、その後、実名である北原百代名義で 手記「カイロで共に暮らした友への手紙」 (文藝春秋2024年5月号)を寄稿。カイロでの日々をさらに詳細に語っている。「 文藝春秋 電子版 」でお読みいただけます。 https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h7888

(石井 妙子/文藝春秋 2020年8月号)

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