難しいことなんてひとつもなし…日々の営みから生まれた親密度満点の「現代アート」を観る
文春オンライン / 2024年7月5日 6時0分
![難しいことなんてひとつもなし…日々の営みから生まれた親密度満点の「現代アート」を観る](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_71811_0-small.jpg)
とらしっぽリバー(部分) 2024 Mixed Media ©Mika Kato, Courtesy of Tomio Koyama Gallery
展示室の中央に、蛇行するようなかたちで、巨大な木製テーブルが置かれている。机上に散らばる小さくてカラフルなものに顔を寄せてみれば、淡い色合いで模様が描かれた小石だったり、貝殻やチビた色鉛筆をのせた不思議な造形物だと気づく。
何の変哲もないものの寄せ集めなのに、一つひとつにやたら見入ってしまう。会場をうろつけば、まるで里帰りでもして、懐かしい景色のなかを散策するような気分に浸れる展覧会が開催中だ。
東京・小山登美夫ギャラリー六本木での「加藤美佳展」。
身の回りのものだけを素材に作品をつくる
絵画や彫刻などの作品を一点ずつ見せるのではなく、空間全体を作品化する「インスタレーション」と呼ばれる手法でつくられているのが同展。抜群に居心地のいい場所になっているのはたしかだけれど、疑問も残る。ここに並んでいるものはいったい何で、どんなことを表しているのだろうかと。
展示会場で、加藤美佳本人に話を聞けた。いわくこの展示は、
「私の日々の営み、その積み重なりをかたちにしたものです」
とのこと。石、木、ガラスなどから成る作品の素材はどれも、三重県で暮らす加藤の身の回りにあったものだ。
「近くの川で拾ってきた石や工事現場に落ちていたコンクリート片、食パンの袋についている留め具、何を植えたか書いておく園芸用のネームプレートなんかもありますね。『使えるかな』と思ったものはどんどん家に溜めているので、材料には困りません」
それら身近なものに、時間をかけてすこしずつ手を加えるのが加藤のやり方だ。たとえば小石にはジェッソを塗り、研磨し、また塗って磨いて、を延々と繰り返す。
そうすることで小石の表面は、自然物と人工物の狭間にあるような風合いを得る。その上に描くモチーフは我が子の手指など、日ごろ何気なく目にしているものが選ばれる。
「ホットケーキを焼いたら、表面にチョコか何かで絵を描きたくなるじゃないですか? あれと近いことをしている感覚です」
展示室の大きな部分を占めるテーブルも、手づくりである。こまかい木製ブロックを、約10万片も使って造形した。うねるような形態は、どうやら川を表しているようだ。
展示室いっぱいに、大きな水の流れをつくろうとしたのはなぜだったか。
「もともと構想が先にあったわけではなくて、近所の川原で石を拾ったことがきっかけになりました。あるときかわいい石を見つけたので、持ち帰って家に置いてみると、無理のない素直な気持ちになれたんです。私がこの石を好きだということは、だれかほかの人の基準が入っているわけじゃない純粋な思いだと気づいて、すごく安心できたというか」
美術史や理論から導き出した「美」のものさしに照らすのではなく、自分の「好き」にまっすぐ向き合えたうれしさがあったのだ。
「そのあと繰り返し川へ石を拾いに行くようになりました。冬の寒い川に膝まで浸かって石を探していると、『ああ、いま生きてるなぁ!』と実感できた。そのとき思ったんです、自分の川をつくりたいなって」
そこから木製ブロックで川をつくり、川面に日々のささやかな思い出を含んだ小さいものを並べる、という作品の構想が浮かんできた。
「ひとつずつのものも全体もそうですが、この川をつくっているとき私は、新たな生命を育んでいるような気持ちになっていましたね」
だからだろうか。加藤が生み出すインスタレーションのなかにいると、観る側は、大いなる自然に包まれているように感じられるのだ。
18年間、真剣に遊び続けた成果がここに
他に似たもののない独自の境地にいる加藤美佳だが、キャリアをふりかえれば、作風は大きく転回してきたのがわかる。
加藤は愛知県立芸術大学大学院在学中に、早くも初個展を開きデビューを飾った。そのころ主に手がけていたのは、人物像を大きく描く油彩画だった。
ただし制作手法は、当時から風変わりだった。まず自作の粘土人形をつくり込み、その姿を撮影し、上がった写真を見ながら油彩画に仕上げていく。ていねいな筆致を重ねて描かれる人物像は、さほど写実的ではないのに生々しさをまとっていた。
作品のインパクトは絶大で、すぐに人気を博すようになり、国内外でいくつもの展示がなされていく。
ところが2006年の個展を最後に、加藤の作品発表は途絶えてしまう。次にまとまったかたちで展示を観られる機会は、今展までやって来なかった。じつに18年のブランクが生じたのだ。
そのあいだ何をしていたのか。創作の手を止めていたわけではない。ただつくり方の方針を転換しただけである。
「自分で勝手につくった枠組みは捨てよう」
「以前は『アートとはこうあるべき』みたいなものを頭のなかに浮かべて、そこへ近づこうと必死に歩いていくイメージでつくっていました。でもしばらく続けていると、疲弊して限界を感じてしまった。
だれかに強制されたわけでもないのだから、自分で勝手につくった枠組みは捨てよう。そう決めて、期限やゴールを設けず真剣に好きなことにまみれ、遊ぶことをしてみるようになったんです。
故郷の三重県に家族と住んで、世間的には引きこもっているような生活ですが、自分なりに一所懸命遊んでいました。それが私にとっていちばん無理のない創作のかたちだと信じながら」
せっせと「遊んで」いるうち、いつしか18年の月日が経っていた。その成果のすべてが、今展に流れ込んでいるわけだ。
「このあいだに私が目にしたりかたちに留めてきたのは、世界中のどこにでもあるようなものごとばかり。たとえば、息子がふとした拍子に両手を合わせた様子を石に描いた作品は、たまたま見かけた光景を描き留めていますが、この手が何かによって損なわれたりしませんようにと願いながら筆を動かしました。そういう親の気持ちなんて、生活の数だけあるだろうと思います。
人の普通の営みを拾い集めて、この展示はできています。観てくださる人も、ここで自分の生活や周りにいる人のことを、ふと思い浮かべてくれればうれしいです」
18年にわたり生活のなかから拾い上げた宝物のような瞬間が、室内にぎゅっと詰まっている。だれの心にも、きっと響くところのある展示だ。
INFORMATIONアイコン
加藤美佳展
小山登美夫ギャラリー六本木
6月22日~7月20日
www.tomiokoyamagallery.com
(山内 宏泰)
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