〈SNSで大バズリ〉金髪&ヒゲの元日本ランカーが“高齢者向けトレーニング”を始めた“意外な理由”「考えたこともなかったんですが…」
文春オンライン / 2024年7月17日 6時0分
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整骨院とキックボクシングジムを営む生井宏樹氏
〈 足を引きずって歩いていた93歳女性がキックボクシングに目覚める!? 元プロ主催のジムに通いはじめた“まさかのきっかけ”とは…「強烈な蹴りはできないですよ(笑)」 〉から続く
「いいですねぇ!ナイスローキック!」
ジム生が繰り出すキックを受け止め、明るく声を返す。柔道整復師の生井宏樹氏が代表を務める整骨院「PALLEDO」で開かれる、70歳以上を対象としたキックボクシングコースが評判だ。
元プロのキックボクサー(J-NETWORKライト級1位)という肩書きも持つ生井氏は、なぜ整骨院を開業し、さらには高齢者に向けた指導を始めたのか。これまでの経緯と胸に秘める思いを聞く。
◆◆◆
整骨院のオプションに「パーソナルキックボクシング」を加えたきっかけ
「整骨院を開業した当初は、現在のようにキックボクシングジムを併設したり、まして高齢者クラスを設置しようとはまったく考えていませんでした。
そもそも、大学時代にキックボクシングを始めたのも、『社会人になったら趣味なんてしていられないだろうから、今のうちにやろう』という駆け込みでした。プロ資格を得ることはできましたが、プロキックボクサーといっても、それで食べていける人は限られます。そこで、先輩から『手に職をつけたほうがいい』と言われて、柔道整復師資格の勉強を始めたんです。その場その場の思いで行動しがちなんでしょうか」
「現在の、整骨院とキックボクシングジムを組み合わせたスタイルを確立するきっかけになったのは、整骨院のオプションメニューとして『パーソナルキックボクシング』を入れたことです。それほど広い店舗ではなかったんですが、施術台をうまくどかせば、何とかキックボクシングができるんです。
当時は路面店だったので、道行く人から整骨院内でキックボクシングが行われているのが見える仕様になっていて、少し話題になりました(笑)」
徐々に人気オプションになっていったパーソナルキックボクシングだが、もともと高齢者の方をターゲットにしたものではなかったという。
考えたこともなかったシニア向けのキックボクシング
「当時このオプションを選ぶ人は若い人が多かったのですが、あるとき70代のお客さんから『私にもできるでしょうか?』と尋ねられて。それまで考えたこともなかったのですが、『たしかに高齢者でも関係なく楽しむことは可能だな』と思ったんです。実際、その患者さんも問題なくトレーニングを行えましたし、楽しんでやってくれました」
前述の通り、現在は70歳以上を対照したシニア向けコースを開講し、6~7名の受講生がいる。このほか、前編で紹介した川崎さんのようにパーソナル指導を受講する高齢者もおり、意外な需要の大きさを生井氏も実感したという。
「患者さんが整骨院に来るときは、身体の状態が悪いときです。もちろんそこをピンポイントで治すことは必要ですが、同時に、運動によって少しでも健康を維持することも大切なことなんですよね。特に高齢者になると、運動するきっかけが減ってしまいがちなので、そのきっかけ作りをお手伝いしたいと思っています。
とはいえ、私自身、はじめからそういう構想があったわけではないんです。高齢者のホスピタリティ向上といった高い志を持って開業したわけでもありません。しかし現在では、そのニーズを強く感じています。ミットを合わせて会話を楽しむことで、会員さん同士がイキイキして、毎日の活力になってくれているのがわかるんです」
運動を、楽しく。掲げられた目標はこれ以上ないほど理想的だ。だが生井氏自身はJ-NETWORKという団体でライト級1位にまで上り詰めた元プロキックボクサーという経験も持つ。指導の際に、つい厳しさが顔を覗かせてしまうことはないのだろうか。
「スポーツは、どんなライフステージの人であっても楽しむことのできる側面を必ず持っています。私はプロになろうと邁進する一部のアスリートも応援しますが、それ以上に、多くの人が毎日を健康に生きるためのサポートをしたいと思っています。スポーツの持つ過酷な面を知っているからこそ、それは引き出しにしまって、楽しい面を前面に出して指導したいんです。また、キックボクシングの両面を知っている私だからこそ、いまだに過酷なイメージの強いキックボクシング界の裾野を広げることもできるのではないかと思うんです」
超高齢社会といわれる日本において、生井氏はキックボクシングの指導者としてこんな感想を持つ。
別にキックボクシングじゃなくてもいい
「平均寿命の延伸は素晴らしいことですが、本当に大切なのは健康寿命が伸びていくことですよね。健康を維持するために適度な運動が必要なことは疑いようがなく、こうしたジムに通うことでコミュニティができて活力になるのではないかと思います。
キックボクシングジムを経営している身で言うのもなんですが、健康に資するスポーツなら、別にキックボクシングじゃなくてもいいとは思うんですけどね(笑)。ただ、その選択肢のなかにキックボクシングがあってもいいかなとは感じます。
現役を引退する世代、ちょうど60代後半以降だと思いますが、まだまだ元気でエネルギッシュな人はたくさんいます。年齢を重ねても生きていくのが楽しいと思える人生を送る。その一助になれば素敵ですね」
多くの高齢者に運動の楽しみを与えてきた生井氏。これからのビジョンはあるのだろうか?
「確固たるものはないんですよ。これまでも、自分が『絶対にこれをやろう』と思って突き進んだわけではないんです。ただその場その場で、『いま自分に求められていることは何かな?』と感覚を研ぎ澄まして、動けるようにしたいとは思っています。“流れ”を感じながら、自分がやるべき方向性がどんなところなのか、それを見極めて人の役に立つ仕事をこれからもしていきたいです」
◆◆◆
生井氏は肩の力を抜き、流儀にとらわれないことで自らの使命ともいえる仕事に出会った。未来に対して過大な理想を描かず、ただ目の前にある日常を全力で楽しもうとする。指導者である生井氏にも高齢者のジム生にも共通するスタンスだ。人生という長い旅路を心身ともに健やかに過ごすためのヒントは、そんなところにあるのかもしれない。
(黒島 暁生)
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