被害額は約300兆円予想…!? すでに地球で発生している「太陽フレア」問題を無視してはいけない“納得の理由”
文春オンライン / 2024年7月10日 11時0分
1989年3月の大フレアの被害はケベック州を中心に広い範囲に及んだ 図版制作=小林美和子
通信・放送が2週間ほど断続的に途絶え、携帯電話のサービスは一部停止。さらに広域停電、航空機や船舶の運航見合わせが発生する恐れがある……。太陽フレアがもたらす影響について、世界から警鐘が鳴らされている。
さりとて、本当に甚大な被害を起こすようなフレアは現実に起こるものなのか。ここでは、宇宙物理学者の柴田一成氏の著書『 太陽の脅威と人類の未来 』(角川新書)の一部を抜粋。太陽フレア研究の歴史を追っていく。(全2回の1回目/ 続き を読む)
◆◆◆
太陽フレアは「今そこにある危機」
24年5月、太陽の大フレア(太陽面爆発)の連続発生が約10年ぶりに起き、カナダやアメリカ北部はもとより、日本各地でもオーロラが見えたというニュースが相次ぎました。テレビや新聞でも取り上げられていましたので、皆さんの記憶にもあることでしょう。私も何件も取材を受けました。
太陽の爆発の威力を表す指数でいえば、1年に10回程度起きるXクラスの大きな爆発が、この時はわずか1週間のうちに11回も起きました。
太陽から発せられるエネルギーと光がなければ、地球上のほとんどの生物は生きていくことができません。太陽は文字通り母なる星ではあるのですが、一方において生命を脅かす存在でもあります。
きっと、ほとんどの人は「まさか」と思うことでしょう。しかし、研究が進んだ今、太陽面における大爆発、太陽フレアが、現代社会においては大変なリスクになる可能性が出てきたのです。
1989年3月13日、カナダのケベック州で大停電が発生し、2分も経たないうちに州全体が暗闇に覆われました。何の前触れもなく、突然電気網がダウンしたのです。
朝になっても停電は続き、復旧までに少なくとも9時間はかかりました。その間、都市機能は完全にマヒ。家庭の電源はおろか、交通や通信などすべてのインフラがストップしました。影響を受けたのは約600万人、経済的な損失は100億円に上ったと見られています。
この都市災害を起こした原因こそ、数日前に太陽面で起きた大フレアでした。大フレアが発生したため、大量のプラズマが地球に向かって放出されたのです。それが地球の磁気圏に入り、激しい磁気嵐を起こしました。
磁気嵐は大規模なオーロラを発生させ、米国のテキサス州やフロリダ州といった南部でもオーロラが見えました。普通なら決してオーロラなど見えない土地です。
同時に電波障害が発生し、短波を使っているラジオなどはまったく聞こえなくなったといいます。
そして起こったケベック州の大停電。アメリカでも数カ所、電気施設に障害が起こったといいます。なぜケベック州だけ広範な被害を受けたかというと、ケベック州の地形がカナダ楯状地(たてじょうち)という固い岩盤の場所にあったため、天から降り注ぐ電流が地中に流れることができず、一斉に送電線に潜り込んでしまったためでした。
1年に何度か起きるレベルのフレアでも…
被害があったのは地表だけではありません。空に浮かぶ人工衛星もダウンしたり、故障したりするものが続出しました。
フレアには規模によって等級がありますが、このフレアの規模はX5弱、つまり黒点極大期には年に数回は起こるレベルのものです。毎度同様の被害が必ず起こるというわけではありませんが、1989年の場合は、太陽風の向きや様々な悪条件が重なった結果、大きな被害となりました。ある意味不運だったといえるでしょう。
しかし、ひとつ間違えば、1年のうちに必ず何度かは起きるレベルのフレアでも大きな被害が出るということを、この例は示しています。ましてや、1989年当時よりはるかに電気に頼る生活をしている現在、同じようなことが起きたら、想定以上のできごとが発生するかもしれないのです。
停電がいかに大変であるか、東日本大震災はもちろん、それ以降も大きな地震や台風といった災害の際に経験した方も少なくないことでしょう。東日本大震災では被災地での電気施設の倒壊、流出といった直接的な被害はいうに及ばず、東京電力の管内では東京都心部を除く多くの地域で計画停電が実施され、社会に大きな混乱を起こしました。予告があっても混乱は免れないのですから、突然全電力が喪失する事態が起こったらどうなることか——。
「でも、そこまでの被害を起こすようなフレアが起こるの?」と思う方もいるかもしれませんが、わずか165年前に大フレアが起こっています。
キャリントンが見た白色フレア
1859年のことです。イギリスにリチャード・キャリントンという天文学者がいました。彼は日々、太陽の黒点のスケッチをしていたのですが、ある日、そのスケッチ中にこれまで見たこともない明るい区域が現れ、そこから強烈な光が発せられているのを見たのです。キャリントンはおどろき、慌てて観測所の仲間を呼びに行ったのですが、戻ってきたときにはその光は消えていました。
当時はフレアを観測するためのHα(エイチアルファ)フィルターなどの観測装置もありません。大きなフレアが発生したとき、まれに可視光(白色光)でフレアが見えるときがあります。これを「白色光フレア」といいます。キャリントンが見たのは、まさにこの白色光フレアだったのです。
165年前がフレア観測の幕開け
キャリントンだけが見たのであれば、そのままになってしまったかもしれませんが、幸運なことにもう1人、この現象を見た人がいました。イギリスのアマチュア天文学者であるホジソンです。
そしてキャリントンが謎の発光を見たわずか17時間後、地球上をとんでもない磁気嵐が襲います。キューバやハワイのホノルルでオーロラを観測したとの記録が残っています。
この時代、太陽の現象が地球に影響を与えるなどという考えはばかげていると思われていたようですが、地球のほとんどをオーロラが覆ったということになります。
磁気嵐というのは文字どおり強力な磁気の嵐で、地球の磁場を変動させてしまいます。太陽フレアから飛び出した大量のプラズマが地球磁気圏に衝突・侵入すると、地球磁気圏や電離層に大電流が引き起こされます。
そのため地球の磁場が激しく変動し、そのことで伝導体に電流が流れてしまうのです(たとえばコンセントとつながっていないコードに電流が流れたり、人工衛星に障害が起きたりします。電磁誘導によるものです)。
このときキャリントンは、自分が見た太陽の現象と磁気嵐の関係を疑いますが、彼はことわざを用いて、慎重さを求めました。
「One swallow does not make a summer.」(ツバメが一羽来たからといって夏になるわけではない)
このフレアは後に「キャリントン・フレア」と呼ばれるようになりました(残念ながらホジソンの名前は冠されませんでした)。
太陽フレアの研究はここに幕を開けたのです。
それではこのキャリントン・フレアはどのくらいの規模だったのでしょうか。
フレアの規模は太陽からの磁気嵐の風速から推定できます。たとえば普通の太陽風であれば、400~800km毎秒(ちなみにジェット機は約0.3km毎秒です)、地球に到着するのに3日くらいかかります。1000km毎秒を超えると「大フレア」に相当します。キャリントンの観測の翌日、約17時間後に地球のあちこちでオーロラが見えたことから計算しますと、2400km毎秒と推測できます。とんでもない規模です。最近では、このときのフレアのX線強度はX46~X126でないかと議論されています。
19世紀半ばのこの時代、まだ今ほどには電気が使われていませんでしたが、それでも電信を使い始めていた欧州諸国では、スイッチを入れていないのに電信機が勝手に動き出したり、電報用の紙が火花放電によって燃えたり、というような事故があったそうです。
今後10年間で12%の確率
もし、これを現代に置き換えたらどうでしょうか。被害は何億人にも及ぶでしょうし、停電も1週間、いえ場合によっては1か月間というのも大げさな話ではありません。米科学アカデミーは被害額が2兆ドル(約300兆円)に達すると予想しています。
そうはいっても160年以上前のことですし、遠い太陽の現象が身近に影響を及ぼすというのはなかなか実感できないことでしょう。
実は2012年7月23日にもキャリントン・フレアクラスの巨大フレアが起きています。このフレアの直後、研究者の間で話題になったので私もよく知っていたのですが、14年になってNASAも「大フレアが地球ニアミス(Near Miss: The Solar Superstorm of July 2012)」と発表し、世界でも大きく報道されました。そのためフレアから2年も経っていたにもかかわらず、私も日本のテレビ局から取材を受け、電話出演しました。
このときは本当に幸運でした。フレアの飛び出した方向が地球の位置とは逆だったのです。たまたまです。これが直撃していたら……。
その後、ピート・ライリーというアメリカの物理学者が、今後10年間にこのクラスの巨大フレアが起こり、地球を直撃する確率についての論文を発表しました。確率は12%ということです。
ライリーは「当初は確率がとても高いことに自分もかなり驚いた。だが統計は正確なようだ。厳しい数字だといえる」と述べました。10年間に12%の確率、私もかなり大きいと思います。
〈 宇宙物理学の第一人者が「UFOは実際に存在しています」と断言する“納得の理由” 〉へ続く
(柴田 一成/Webオリジナル(外部転載))
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