源頼朝に「源、北条に次ぐ御家人」と称された…襲来してくる元軍と戦い抜いた“没落一族”の水軍としての矜持
文春オンライン / 2024年7月7日 7時0分
『海を破る者』(今村翔吾 著)文藝春秋
かつては源頼朝公より「源、北条に次ぐ御家人」と称されていた伊予河野家。
だが承久の乱の折、京方に加担したため所領のほとんどを没収され凋落した。
その上、当主一族間で内紛が起こる。後を継いだ河野六郎通有(みちあり)は和解を模索して頭を痛める日々が続く。
頼みの綱の大伯父も諍いの中で殺され、仲介を頼もうとしたその息子は出家。一遍と名乗り放浪していた。
万策尽きたある日、鎌倉幕府から和与を命じられる。日ノ本征服を目論む元の侵攻を阻むため、操舵術にすぐれた河野水軍が必要とされていた。
だが最初の侵攻では、零落して武具や船を揃える銭がなく、九州に赴くことさえ出来なかった。
この恥を雪(すす)ぐため、六郎は海賊対策など瀬戸内海内の仲裁や、船の往来口に市を開き商いに努めた。さらに漁師たちの心をとらえた六郎は河野家の衰退に歯止めをかけることに成功する。
一度は引いた元軍が、またもや侵略を企てているという。今度こそ参戦するため、六郎は三百石という大型船「道達丸(みちたちまる)」を造船し河野水軍復活の狼煙を上げた。
本書は六郎率いる河野一族が、襲来してくる元軍といかに戦い、家名を守り、水軍としての矜持を見せて戦い抜くかという史実を縦糸に置き、横糸には、奴隷として売られてきた高麗人「繁(はん)」と、蒙古に襲われた『るうし』という国から逃げ延びた金髪碧眼の美少女「令那(れいな)」を六郎のそばに配した。ふたりから聞く知らない世界の状況や、彼女たちを迎える河野一族の人々との絆を織り込んで、壮大な絵図を作り上げた。
さらに河野一族を離れた一遍上人が折々に現れ、六郎の心の拠りどころになる。弱き衆生を助けようと、踊念仏を広める一遍もまた、聖人ではなく、六郎と同じ独りの人間として描かれている。一族の血というものは、断ち切っても断ち切っても、どこかで繋がってしまうものなのかもしれない。
第5章以降は、後の世で言われる「弘安の役」で、河野六郎通有率いる河野水軍がいかに戦ったかが一気呵成に描かれる。合戦シーンの迫力はさすがだ。
そしてここにもう1人、六郎と心を通わせる菊池一族、肥後国竹崎郷御家人、竹崎季長(すえなが)が登場する。
元寇について少しでも知識がある人なら、この竹崎季長という武将のことはご存じだろう。自身の戦いを描かせた『蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)』は当時の元軍の姿や武器、日本との戦いぶりなどが精密に描かれた国宝である。
近年この『蒙古襲来絵詞』が歴史学者によって深く読み解かれている。服部英雄『蒙古襲来と神風』(中公新書)などを読むと、根強く残る「神風で勝った」という史観が覆される。
元寇を描いた小説は数あるが、本書は明らかになった史実を踏まえ、日本から世界を俯瞰したダイナミックな物語となった。はるか海の向こうを見据えていた男がここにもいたのだ。
いまむらしょうご/1984年、京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、22年『塞王の楯』で直木賞を受賞。『じんかん』『幸村を討て』『戦国武将伝』、「くらまし屋稼業」シリーズなど著書多数。
あづまえりか/1958年、千葉県生まれ。「HONZ」副代表。「週刊新潮」「ミステリマガジン」などで書評を担当する。
(東 えりか/週刊文春 2024年7月11日号)
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