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「120頭獲ってからは記録していない」300m先のシカを一発で仕留めたことも…あなたの知らない「現役最強のヒグマハンター」の生き様

文春オンライン / 2024年7月11日 17時0分

「120頭獲ってからは記録していない」300m先のシカを一発で仕留めたことも…あなたの知らない「現役最強のヒグマハンター」の生き様

300m先のシカを一発で仕留めたことも…“最強のヒグマハンター”とはどんな人物なのか?(写真はイメージ) ©getty

〈 「襲われた牛は腹を裂かれた状態で死んでいた」その後、事態は思わぬ方向に…「北海道・ヒグマによる牛の連続殺傷事件」に残された謎 〉から続く

「あれは親子連れのクマ。“獲ってください”と言わんばかりに俺の家の方に歩いてくるもんだから散弾銃で撃ってやったのさ。それが始まりだな」

 これまで捕獲したヒグマの数は400頭近く…現役最強のヒグマハンターとはいったいどんな人物なのか? 「怪物ヒグマ」と呼ばれたOSO18と人間との戦いを描いたノンフィクション 『OSO18を追え “怪物ヒグマ”との闘い560日』 (文藝春秋)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 前編を読む )

 ◆◆◆

「南知床・ヒグマ情報センター」立ち上げの理由

 そもそも私が道東の標津町でNPO法人「南知床・ヒグマ情報センター」を立ち上げたのは2006年のことである。

 標津町は人口6000人に満たない小さな町だが、古くからサケがよく獲れることで知られ、一時は、日本で水揚げされるサケの6~10%はこの町で水揚げされていた。町内を流れる標津川は、多い年には30万匹を超えるサケの遡上があった町のシンボルでもある。

 1961年生まれの私はこの標津川で産湯をつかった“標津っ子”で、本業は父から継いだ「大津自動車興業」という自動車整備会社の経営者である。

 そんな私がヒグマとの関わりを持つようになったのは、子どもの頃からの趣味でもある釣りがきっかけだった。

 サケが豊富な標津には昔から道内外からサーモン狙いの釣り客が多数訪れていたが、一部には釣り場の海岸を汚したりするマナーの悪い人がいたために、地元の漁師としばしばトラブルになっていた。そこで私はサーモンフィッシングのルール作りに取り組み、26歳のときに日本初となる海のサケ釣り大会「オールジャパンサーモンダービー」を開催した。以降、道内の遊漁行政にも深く関わることになる。

 1995年には「忠類川サケマス有効利用調査」が始まり、私は同調査の実行委員会の副委員長に任命されるのだが、この川はヒグマの生息地でもある。そこでシーズンともなると私は毎日夜明け前から、釣り人が行き来する道路や河原を見て回った。もしクマの痕跡があれば、釣りの開始時間を遅らせて安全確認を行い、場合によってはクマと遭遇した釣り人からのSOSを受けて救出に向かうといった活動に従事するようになった。

 最初の頃はクマの痕跡や足跡の見方もわからなかった私に、それを一から教えてくれたのが、川を見回る巡回指導員の隊長だった斉藤泰和である。

 斉藤は釣りだけでなく、狩猟もやっており、ハンターとして赤石とコンビを組んでいた。赤石直伝と言えるクマの追跡技術にかけてはハンター仲間ではトップクラスといえる存在だった。家業が電気工事店であったことから、仲間内では「電気屋さん」で通っていたが、この斉藤が私にとって、最初のヒグマの師匠と言えるのかも知れない。

 以来、私は25年間に亘って、毎年クマの痕跡を探し続けてきた。その年月を経て、ヒグマという動物の生態を学び、ヒグマが通った後の草の倒れ方ひとつでその大きさや向かった方向も把握できるようになった。見回りの最中にヒグマと接近遭遇する機会も何度かあったが、その目利きにより危険な目に遭うことはなかった。

 何しろ、もし釣り人とクマとの間で何か事故が起こってしまった場合、「ルールを守って誰もがサーモンフィッシングを楽しむことができる釣り場」という日本初の試みが水泡に帰してしまうことは確実だった。だから、安全面には万全を期したのである。

 一方でヒグマと釣り人が遭遇する機会も年々明らかに増えてきていた。人間の生活圏のすぐ近くまでクマが活動域を広げてきている実態を知るにつけ、将来的に人間社会との軋轢が高まることに危機感を覚えるようになった。

 そこで私は2006年に「根釧地区における野生動物の調査研究及び自治体からの管理委託による野生動物管理」を目的として、NPO法人「南知床・ヒグマ情報センター」を設立したのである。初代理事長は斉藤泰和だ。

 というわけでNPO法人の事務所は、私の経営する大津自動車の事務所と兼用する形になっている。

現役最強のヒグマハンター・赤石正男

 業務課長である赤石正男の主要な「業務」とは有害なヒグマの駆除に他ならない。

 赤石はもともと重機のオペレーターをしていたが、北海道における建設業は、1月から5月のゴールデンウィーク明けまでは積雪のため“開店休業状態”となる。

 この時期は冬眠明けのヒグマを獲るには絶好のシーズンである。20歳で銃の免許を取るとすぐに赤石は、ヒグマ猟を始めた。当時は「春グマ駆除」の最盛期であったからだ。

「春グマ駆除」とは、1966年から1990年まで北海道が実施していたヒグマの個体数減少策である。

 その背景には戦後、北海道においては人口が急激に増加し、森林開発などが進んだ結果、生息圏を追われたヒグマによる家畜や人身への被害が相次いだことがある。

 そこでクマの足跡を追いやすい残雪期に冬眠明けのクマを集中的に捕獲することで、この被害を減らす施策として「春グマ駆除」が認められていたのである。

 1頭捕獲するごとに自治体から奨励金が支払われ、当時はヒグマの毛皮や胆嚢(熊胆)が高く売れたため、ハンターにとっても経済的な恩恵の大きな制度であった。

 結果、春グマ駆除によりヒグマの個体数は激減し、一部の地域では絶滅が危惧されるほどになった。そのため北海道はヒグマ対策の方針を「絶滅から共存へ」と180度転換し、1990年に同制度を廃止することになる。だが、赤石が銃を持ち始めた約50年前は、ヒグマを獲ることが自治体からも奨励されていた時代だったのである。

 初めて銃を持った20歳の秋、赤石は自宅裏の牧草地に現れたヒグマを早速獲っている。

「あれは親子連れのクマ。“獲ってください”と言わんばかりに俺の家の方に歩いてくるもんだから散弾銃で撃ってやったのさ。それが始まりだな」

 以来、70歳を超えた今に至るまで赤石がクマを獲らなかった年は一度もない。

 赤石によると「(単独猟で)120頭以上獲ったところまではオレも記録していたんで確実だけど、それ以降は記録してないから(捕獲数は)わかんなくなったな」ということになる。

300m先のシカを一発で

 その赤石と私が知り合ったのは、私がまだ20代の頃で、これも釣りを通じてだった。

「電気屋さん」こと斉藤と赤石は、シーズンごとに釣り竿と銃を持ち替えて道東を駆け回る仲間で、私も赤石と中標津町の釣り具店でよく顔を合わせ、いつしか一緒に釣行するメンバーになっていた。そのころから赤石が卓越したハンターであり、春には多くのクマを獲る名人級の腕前であると徐々に知るようになる。

 長身痩躯、口数はごく少なく、身のうちに静かな精気を漂わせているような雰囲気に最初は近寄り難い気もしたが、「シカ撃ちに行くから、お前、運転手すれ」と赤石に言われたのをきっかけに私は赤石と行動を共にするようになったのである。

 年齢は赤石の方が10歳上である。

 初めて同行した猟で目撃した赤石の凄さは昨日のことのように覚えている。

 そもそも山を歩くスピードが尋常ではない。山の中ではまるで野生動物のようにしなやかに動く。そうかと思うとぴたりと止まり、はるか遠くを見つめている。

「ほれ、あそこにシカがいるべ」と言われても、私には何の変哲もない林しか見えない。

 すると赤石は300m先の林に向けて一発撃った。林に行ってみると、そこには立派な角を持ったエゾシカのオスが倒れていた。赤石は樹々や枝によって完全にカモフラージュされていたシカの角をしっかりと見分けていたのである。

 とにかく猟となれば夜明け前に家を出て、日が暮れるまでずっと共に山野をかけめぐるような日々を過ごして、赤石正男というハンターの凄さがよくわかった。

 ヒグマと山に関する豊富な知識、ヒグマの行動を完全に予測して追い詰める追跡技術、800m先のヒグマを仕留める図抜けた射撃技術や運動神経……私が見た中で赤石の右に出るヒグマハンターはいなかった。

 やがて赤石は重機オペレーターの仕事を辞め、羅臼で仲間たちと共にトド猟の船頭をするなどして生計を立てるようになる。そこで私は猟仲間たちと相談し“現役最強のヒグマハンター”である赤石を業務課長としてNPO法人に迎え入れたのである。

 その意味では彼は日本では数少ない、給料をもらってクマやシカを撃つ「職業ハンター」のはしりでもあるのだ。NPOの業務課長として有害駆除の捕獲、檻での捕獲、生体捕獲、仲間との巻き狩りなどで捕獲したヒグマは250頭を超える。これに単独猟で獲った120頭を加えると、赤石のこれまでの捕獲実績は400頭近い数字となる。

(藤本 靖/ノンフィクション出版)

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