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「え、男が男とセックスするの?」理解が全くない時代に、それでも橋口亮輔監督(62)が“同性愛の葛藤”を描いた理由「私はみんなと違う。でも違っていいんだ」

文春オンライン / 2024年7月13日 11時0分

「え、男が男とセックスするの?」理解が全くない時代に、それでも橋口亮輔監督(62)が“同性愛の葛藤”を描いた理由「私はみんなと違う。でも違っていいんだ」

 公開中の映画『 お母さんが一緒 』が高い評価を得る橋口亮輔監督(62)。1993年、初の長編監督映画『二十才の微熱』以来、描き続けたテーマにはある共通点があった。9年ぶりの新作を前に、これまでの歩み、そして映画へ込めた思いを尋ねた。(全2回の前編/ 続きを読む )

◆◆◆

自分の個性を掘り下げていったら同性愛があった

――ゲイだと自覚したのは大学時代だったそうですね。

橋口 ええ。まず高校2年生のときに8ミリカメラで自主映画を撮りはじめて、大阪芸術大学に進学したんです。高校時代は『ゴジラ』や『ガメラ』、『風と共に去りぬ』や『サウンド・オブ・ミュージック』こそが映画だと思っていたので、初めにSF映画、次にミュージカル映画を撮りました。

 ところが芸大に行ったら、実験映画もアニメーションも、いろんな種類の映画があることがわかったんです。そこで初めて、自分はモノマネしかしていないことに気づいて。じゃあ、自分にしか撮れない映画はなんだろうと思ったんですね。

――それで自分の個性とはなにかを掘り下げていった、と。

橋口 それまで自分は平凡な人間だと思っていました。でも世界に数十億の人がいるなら、数十億分の1の個性がきっとあるはずだと。最初は中3で両親が離婚して、自主映画と出会って、高校時代にブラスバンドをやって、というドラマくらいしか自分にはないと思って、それを自作自演で撮ったんです。

 だけど自分のなかを見つめていくと、そこには同性愛があった。高校生のころ、好きな男の先輩がいたけど、そのときは異性愛に向かう手前の感情だと思っていました。夏目漱石も『こゝろ』にそのようなことを書いていましたよね。当時は一生懸命ごまかそうとしていたんです。

 ただ、一度あると気づいてしまったら、それをないことにはできない。それで主人公が同性の親友に思いを寄せる『夕辺の秘密』という自主映画を、これもまた自作自演で撮ったんです。つまり自分のなかを見つめるということが、映画監督としてのスタートラインだったんですね。

自分のなかにあるものだから、向き合わざるをえなかった

――『夕辺の秘密』は1989年のぴあフィルムフェスティバルでPFFアワード・グランプリを受賞します。同性愛の葛藤を描いた映画は、当時としては画期的だったはずです。

橋口 商業映画はもちろん、自主映画でもそういった題材の作品はありませんでした。同性愛に対する呼び名がホモ、レズ、オカマ……変態とか退廃的とか言われていた時代です。でも自分のなかにあるものだから、それと向き合わざるをえなかったんですよね。

――ゲイだと気づいたあとは、すぐにそれを作品の題材にしていこうと決めたんですか?

橋口 いや、すぐにはそう思いませんでした。怖かったですから。「僕は男の子が好きなんだ」と言ったとたん、石が飛んでくるかもしれない。当時はそんな空気です。

 実は『夕辺の秘密』の前に、ドラマとドキュメンタリーが一緒になった『ミラーマン白書』という自主映画を撮っています。まず同じ大学の好きだった人のところへ行って、「あなたのことが好きです。僕の映画に出てください」って、生まれて初めて告白をするんです。すると、相手が「別にいいよ」って、拍子抜けするくらいあっさり受け入れてくれて……そういった過程をすべてカメラに収めていきました。

 でもそれは本心なのかなって、相手を追い詰めてしまった結果、最後は「気持ち悪い」と言われて終わりです。本当に好きだったにもかかわらず、作品を撮ることのほうが好きという感情より上位に来てしまった。『ミラーマン白書』はあまりにも生な部分が出ているので未完のままですが、そのときに自分は因果なものを抱えてしまったなと思いました。

「え、男が男とセックスするの?」

――その後、橋口さんは初の劇場長編作『二十才の微熱』を監督します。ゲイバーで体を売る男子大学生を主人公にした作品ですが、企画を進めるなかで周囲の反応はどんなものでしたか?

橋口 理解はまったくありませんでした。「え、男が男とセックスするの?」って。酷い人は「黒人に子どものころレイプされたせい?」って、そんなことを真顔で言うんです。そんな人たちばかりだから、議論のしようがないですよね。

「実は僕は……」主人公役の袴田吉彦に話した

――自分はゲイだと周囲には打ち明けていたんですか?

橋口 いや、話してません。だけど撮影が始まって10日くらい経ったころです。そこまで撮影が本当につらくて、自分の映画を撮っている手応えがいっさいありませんでした。ずっと自主映画を撮っていた自分が、いきなりプロのスタッフと仕事をすることになって、そのうえ「あの監督、ホモだよね?」と噂されていると思ったら、完全に心を閉ざしてしまった。

 でもそれでは駄目だと思い、撮影を止めて、主人公役の袴田吉彦に話しました。「実は僕は……」って。袴田は「僕にこの役はできません」と泣きだしましたが、それ以降、彼の演技はがらりと変わったと思います。それまで人形のようだった彼のなかに魂が宿ったんです。

 とはいえ、最後まで満足のいく場面は撮れませんでした。不本意な映画を撮ってしまった――そう思っていたら、『氷の微笑』を日本でヒットさせた女性プロデューサーが観て、日本ヘラルドでの配給が決まったんです。

 海外でもベルリン国際映画祭のヤングフォーラム部門やニューヨークのレズビアン&ゲイ映画祭に出品が決まり、ニューヨーク・タイムズでは日曜版の1面にでかでかと写真が掲載されました。

「なんでこんなに客が入ってるんだ!」

――1993年に公開された『二十才の微熱』は結果的に大ヒットします。

橋口 封切りは9月4日、新宿のシネマアルゴでした。台風が近づいていた日で、初回前の劇場に行ってもだれひとりいないんです。さすがにだれも来ないよなと思ったら、劇場の人が「なに言ってるんですか?」と。台風だったので、詰めかけた観客には隣のビルの非常階段に並んでもらっているというんです。公開後は連日満員。シネマアルゴからJR新宿駅東口の駅の方まで行列ができたこともありました。

 その初日、僕がロビーに座っていたら、東映の会長だった岡田茂さんが来て、客席を覗いて大声で言ったんです。「なんでこんなに客が入ってるんだ! 監督が無名、役者も無名、16ミリ。しかも内容がホモだよ!」って。まだそんな時代でした。

死のうと思ったけど、この映画を観てやめたという人も……

――80年代の終わりから90年代にかけて、時代は大きく変化していきます。

橋口 バブル景気のころは、明るいことが正しい、暗いことは悪、ノリこそすべてという風潮でした。僕もさんざん言われましたよ、「橋口、お前は暗いな」って。たぶん僕の異質さをとらえて、みんな暗いと言っていたんです。

 でも暗いから、異質だからって、なにが悪いんだと。当時はみんな同じデザイナーズ・ブランドの服を着て、同じ髪型で渋谷の街を歩いていました。本来はひとりひとり違うはずなのに、仲間外れになりたくなくて同じ格好をしている、そう感じていたんです。

 だから『二十才の微熱』を観たときに、同性愛者じゃなくても、「私はみんなと違う。でも違っていいんだ」と思ってくれる人が必ずいると信じて、あの作品を作りました。やっぱりそういう人たちに、きちんと届いたんだと思います。公開後には全国からたくさん手紙をいただき、そのなかには親に同性愛がばれて、死のうと思ったけど、この映画を観てやめたという人もいました。

「世の中の空気が一変するんです。要は金なんだなと」

――ヒットしたということは、時代の変化をとらえていたんでしょうね。

橋口 この作品の宣伝のとき、嘘をつきたくなかったので正直に自分のことを話したら、「カミングアウトした」と記事に書かれました。するとその年の終わりに、フジテレビの『Johnny』という番組で「今週のカミングアウト」というコーナーが始まり、「カミングアウト」という言葉が一般に定着したんです。

『少女の微熱』や『同窓会』、『あすなろ白書』といった同性愛を扱うテレビドラマも始まりました。時代が変わる瞬間だったのかもしれません。でもそれは偏見がなくなったというわけではなく、お金が動くことがわかったからですよね。

 平凡な男の子のなかにもそういった感情があることを描き、一般映画でヒットしたというのは日本映画史上初のことでした。「こんなホモの映画、だれが観るんだ!」と関係者は思っていたのに、そこに金の木があるとわかった。すると、世の中の空気が一変するんです。ああ、要は金なんだなとそのときに思いました。

撮影 石川啓次/文藝春秋

〈 「彼はエイズになり、ミイラみたいに干からびて亡くなった」橋口亮輔監督(62)の人生を変えた、夏のニューヨークでのできごと「そのとき初めてゲイである自分を肯定できた」 〉へ続く

(門間 雄介/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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