「彼はエイズになり、ミイラみたいに干からびて亡くなった」橋口亮輔監督(62)の人生を変えた、夏のニューヨークでのできごと「そのとき初めてゲイである自分を肯定できた」
文春オンライン / 2024年7月13日 11時0分
〈 「え、男が男とセックスするの?」理解が全くない時代に、それでも橋口亮輔監督(62)が“同性愛の葛藤”を描いた理由「私はみんなと違う。でも違っていいんだ」 〉から続く
9年ぶりの新作映画『 お母さんが一緒 』が公開中の橋口亮輔監督(62)。ゲイであることをカミングアウトし同性愛者、家族のドラマを撮り続けた橋口監督が語る“映画界の変化”、そして“家族観の移り変わり”。(全2回の後編/ 前編を読む )
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ゲイである自分を100%肯定できたニューヨークでの経験
――初長編作『二十才の微熱』(1993)が公開された翌年の夏、橋口さんはゲイゲームズ(同性愛者が参加する総合競技大会)を取材するため、開催地のニューヨークを訪れています。
橋口 そのとき前年の映画祭でお世話になった小山さんという方のお宅にホームステイしました。最初は2週間ほどの予定でしたが、小山さんは元パートナーをエイズで亡くしたばかりで、「橋口くん、もう少しここにいて」って。結局、3ヵ月くらい引き止められて、元パートナーの話をずっと聞かされました。そのニューヨークでの経験が本当に大きかったんですよね。
――それはどんな経験でしたか?
橋口 亡くなった元パートナーの人はイタリア系移民の息子でカトリック。カトリックでは同性愛が罪なので、父親に勘当され、しかも東洋人と付き合っていたためずっと疎遠になっていたそうです。でもエイズになり、その影響で脳のがんを患い、最後は体中の水分がなくなりミイラみたいになって亡くなった。汗もおしっこもまるで出ないような状態だったといいます。
そんな彼のもとに、父親が別れのあいさつをしに来たそうなんです。そして干からびた彼の手を握って、男泣きに泣いたと。すると、ミイラのようになり、水分がまったくない状態の彼の目から、大粒の涙がわらわらと零れ落ちたというんです。小山さんは言いました、「橋口くん、あの涙はいったいどこから出てきたんだろうね」って。
その話を聞いたとき、涙を作りだす人間の魂の力はなんてすごいんだろう、人間はなんて美しいんだろうと心から思ったんです。それは初めてゲイである自分を100%肯定できた瞬間でもありました。その経験がなければ、『渚のシンドバッド』はあんなふうに人間を肯定する作品にはならなかったはずです。
タイトルを伝えただけで東宝での製作・配給が決まった
――1995年の長編第2作『渚のシンドバッド』はロッテルダム映画祭でグランプリを受賞するなど、国際的な高い評価を獲得します。映画界の反応はどう変化しましたか?
橋口 あるとき、いまは東宝の会長をされている島谷能成さんに聞かれたんです。「次はどんな映画を考えとるんや?」「また同性愛の映画です」「タイトルは?」「『渚のシンドバッド』です」。そうしたら「よっしゃ、やろう」と。おそらくタイトルがポップだったからでしょうね。そのやりとりだけで東宝での製作・配給が決まりました。
『二十才の微熱』からわずか2年で、同性愛という障壁は業界的にいっさいなくなりました。ただ考えてみれば、同性愛ということで表現の規制を受けた覚えはまったくありません。「ホモを売りものにしている」と陰口を叩かれたことはあっても、表現についてクレームを受けたことはありませんでした。
いまの社会のほうが息苦しいですよね。あまりにも政治的な問題にされすぎてしまって。僕は同性愛者にも他の人たちと同じような人生があるということを描きたかったし、それを作品として認めてもらいたかった。
『渚のシンドバッド』に続く『ハッシュ!』(2001)も世界公開されて、たくさん賞をいただき、同性愛を扱う映画をそこまで引っ張りあげたという自負があります。これでもう同性愛の映画はやりきった。それで次作『ぐるりのこと。』(2008)以降は、新しいステップに進んだんです。
孤独な3人のドラマを通して、家族の可能性を考えていきたかった
――新作『お母さんが一緒』は家族をテーマにしていますが、思えば『二十才の微熱』にも家族への言及がありました。ゲイのカップルと独身女性が子どもをもうけようとする『ハッシュ!』も、新たな家族像についての作品です。
橋口 『ハッシュ!』を撮る前に、30代になった自分の今後を考えたんです。自分にとって家族の単位は「1」で、それが「2」になったり「3」になったりすることはない。そうやって覚悟していたけど、2や3になる可能性を否定する必要はないんじゃないかと思ったんですね。
『ハッシュ!』を撮るときにまず興味があったのは、孤独な3人が関わっていく、そのプロセスです。でもそのドラマを通して、家族の可能性を考えていきたかった。劇中には「家族っていうのは気がついたらそばにいるものよ」と、「家族って選びとっていくものなんだ」という、二通りのセリフが出てきます。その両方の考えが当時はあったような気がします。『二十才の微熱』のころは、家族は欺瞞の象徴だと思っていました。
映画を通じて、自分も親に守られて育ってきたことを実感
――『お母さんが一緒』に際し、橋口さんは「うっとうしいとかめんどうくさいとか思いながらも、やはり家族はかけがえのないもので、つねに自分の真ん中にある」とコメントしています。家族観が大きく変わったんですね。
橋口 自分も年を取りましたから(笑)。『お母さんが一緒』のなかで、3姉妹の長女に扮した江口のりこさんが、鼻歌を歌いながら妹のブラウスにアイロンをかけるシーンがあるんです。おそらくその鼻歌は、普段ぼろくそに言っているお母さんがかつて歌っていたものなんでしょう。
だからその姿は、娘たちを陰になり日向になり育ててきたお母さんの姿そのものでもある。そのシーンを見ながら、自分も親に守られて育ってきたんだなとあらためて実感しました。
喧嘩ばかりしていた両親が離婚してホッとした
――橋口さんは郷里の長崎でどんな家庭に育ちましたか?
橋口 父親は元チンピラ、母親は水商売の女で、喧嘩ばかりしていました。年中、家のなかでガチャンとなにかが割れる音がしていたんです。子ども部屋にいても、その音が聞こえるたびにビクッとしていました。だから両親が離婚したとき、ああ、やっと別れてくれたとホッとしたのを覚えています。離婚家庭の子どもの悲しみなんてありません。
離婚したとき、父親の側についたのは、父が建売りの家を買っていたからです。母親は気性の激しい人だったので、しょっちゅう近所の人と喧嘩して、そのたびに引っ越していました。それがずっと嫌だったんですね。自分の居場所がずっと欲しかった。
母親に一緒に来てほしいと言われても、父親のもとに残ったのは、単に居場所を手放したくなかっただけです。なんて計算高い、情の薄い人間なんだろうと我ながら思いました。そんな家族だったけど、江口さんのシーンを見ていたら、やはり両親は自分を守ってくれていたんだなとしみじみ感じたんです。
家族3人でゲラゲラ笑った思い出
――橋口さんはエッセイで「僕は、家族の温もりとは縁のない人間である」と書いています。それでも家族の温もりを感じる場面はあったはずですよね。
橋口 たとえば昔のテレビはブラウン管で、しょっちゅう発火していたんです。それで朝起きると、母親が「昨晩ね、テレビが燃えたとよ」「だから慌てて、亮ちゃんに毛布ばかけたと」って。
箪笥の引き出しから大きな柄パンが出てきて、おなかを抱えて大笑いしたこともあります。実はそれはテレビにかけておくカバーだったんです。でもそれをパンツだと思って、ずっと笑い転げていたら、「なに笑いよっとね、亮輔は」って家族3人でゲラゲラ笑って。
『タワーリング・インフェルノ』が公開されたときは、父親が保険の外交員をしていて、お得意さんからチケットをもらってきました。それで「これ大ヒットしよると」って、観にいこうと誘われたのに、僕は親戚のおじちゃんちに行きたいと言って断ってしまった。そのとき父親がムスッとしてね。父親なりに家族団らんみたいなことをしたかったのかもしれません。寂しかっただろうなと、いまになって思います。
自分の家族の話を作りたい
――『お母さんが一緒』は同名の舞台を原作にした、笑いあり涙ありのホームドラマです。もし自分のなかを深く見つめて、ご自身の家族を題材にした映画を作るとしたら、また違うタイプの作品ができるかもしれませんね。
橋口 今度作りたいと思っているのはまさに自分の家族の話で、もう脚本を書きはじめています。小学2、3年生だったころ、親戚が大勢集まっているところで、僕が突然「おいがあの人のお嫁さんになれるとやったら、いますぐ女になってもよか」と宣言したことがあるんです。そうしたら親戚一同がドン引きして(笑)。その場面が映画のオープニングになる予定ですね。
撮影 石川啓次/文藝春秋
(門間 雄介/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)
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