パリ五輪直前! 「集金と分配」のシステムと化した五輪への絶望。スポーツ小説の名手がオリンピックの意義を問う
文春オンライン / 2024年7月10日 6時0分
『オリンピックを殺す日』(堂場瞬一 著)
「警察小説」と「スポーツ小説」を軸に多くの読者を持つ堂場瞬一の問題作『 オリンピックを殺す日 』の文庫版がパリ五輪を目前に控えた7月9日に発売された。
単行本刊行時の2022年、前年に様々な問題を抱えながらも強行開催された東京オリンピックに対して、疑問と絶望を覚えたことをきっかけに生まれたのが本書である。
単行本刊行時の著者の心境を伺う。
オリンピックへの「挫折」
オリンピックにまつわる小説を、「DOBA2020」プロジェクトとして出版社4社から連続刊行するなど、堂場さんは、五輪への思い入れが人一倍の強い作家である。堂場さんにとって、オリンピックに関する「挫折」とは何だったのか。
「子どもの頃からオリンピックをずっと見続け、応援してきました。同時にそれ以上に、私にとっては、小説の大事な舞台でもありました。アマチュアスポーツにおいて、世界最高峰の舞台だと思っていたからです。1984年のロサンゼルス・オリンピック以来、商業主義に毒されつつあるとは感じていましたが、コロナ禍にあって、五輪が『集金と分配』のシステムと化していることが明白に露呈してしまった。
未知の感染症との闘いで、多くの人々の生活が揺らいでいる中、オリンピックだけが特別でいいのか。アスリートだけが聖なる存在でいいのか。それは違うんじゃないか、と。2021年の夏に、自分の信じてきたものが壊れてしまったと感じたのです」
失われた五輪の意義
単行本の刊行直前になって、東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件が浮上。大会組織委員会の高橋治之元理事と、大会スポンサーだった「AOKIホールディングス」青木拡憲・前会長ら、数人の関係者が逮捕されている。
高橋元理事は、電通出身で、多くのスポーツビジネスに携わったのち、組織委の理事に就任。AOKIから多額の資金提供を受けていた。
大会の前後に様々なスキャンダルに見舞われ、金まみれの批判もあった東京オリンピック。堂場さんは、大会期間中に、誰にも見せることのない『オリンピック日記』を書き続けていたという。
「この日記の中身は批判ばかりです。どうして、誰もきちんと検証しないんだろう、という疑問を持ちつつ、『自ら改善できない事情』を理解できる心情もありました。
私もかつては新聞記者でした。取材の対象のである組織で不祥事が起きれば、批判記事も書きますが、他者から悪口を言われれば、ムッとしてしまう。たとえば『最近の警視庁はダメだ!』なんて言われると、『警視庁にはこんな事情もあるんだ』と言い返したくもなる(笑)。取材対象の組織と親しくなりすぎて、取材者もインサイダーになってしまうことが往々にしてあるんですね。
だったら、自分で『オリンピックの意義を問う小説を書こう』と。エンタメ作家らしく、サスペンスとして描いてみよう、と考えたんです」
物語の舞台は、オリンピックから数年後の東京――。
ある大学教授が、「五輪は集金・分配システムに変化し、意義を失った」という言葉を残して、日本を去った。
数年後、中堅の新聞記者がある情報を手にする。世界的企業が、新たなスポーツ大会「ザ・ゲーム」を企画している、と。
大物アスリート数名が関与していることまでは分かるが、誰しもが口を閉ざしていた。
新聞社でも、オリンピックに対する意見は分かれていた。そんなとき、「メディアとスポーツの関係性」をぶち壊すような、大会プランが明示されていく。
記者は、この大会を仕掛ける「謎の組織」の正体に迫れるのか――というサスペンス小説だ。
この小説は、賛否両論あっていい
「この世界には多くのプロスポーツが存在します。プロですから、お金の存在が重要だという共通認識のもと、エンタメとして私たちを愉しませてくれています。一方で、オリンピックは、プロスポーツの価値観とは違っていてほしい、と願っていました。今作では、グローバル企業が、ある方法で、国際的なアマチュアスポーツ大会を開催しようとします。現実的には難しいかもしれないですが、できないわけじゃないと思っています。
後は、開催地の問題ですね。開催が決まれば、税金が投入され、それがどう使われたのかは、私たちが納得するように明示されない。こうなってくると、開催を望む都市はほとんどないのではないでしょうか。
オリンピックを運営する組織と、関連企業と政治――この関係性だけで開催地が決められていく。こういったことへの提言も込めています」
オリンピックを潰すための国際大会「ザ・ゲーム」を画策する組織。参加するのか、しいないのかの狭間で、揺れる現役アスリートの心情。スポーツの為に何ができるか、という使命にかられるOB選手たち。
オリンピックの価値観を信じる記者は、「ザ・ゲーム」の暗部や黒幕を明かそうと、世界中を飛び回るが……。
「東京五輪とは何だったのか。本作は、私にとっての『挫折』の記録でもあります。この小説を最後に、もうスポーツを描けなくなってもいい。そんな覚悟で書きました。賛否両論含めて、反響があるといいなと願っています」
(「文春文庫」編集部/文春文庫)
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