【ドラマ化】《傷ついた心の値段は?》加害男性がテラハ木村花さんに支払った「リアルな金額」とネット中傷裁判にかかる「相当な期間」
文春オンライン / 2024年7月19日 13時0分
Ⓒ左藤真通・富士屋カツヒト・清水陽平/白泉社
〈 【ドラマ化で話題】「ブス」「ヤリマン」「肉便器」人妻ブロガーがSNSで受けた“悪口”が「誹謗中傷とはいえない」深いワケとは?《弁護士が明かす“SNSの黒いリアル”》 〉から続く
白泉社『黒蜜』で連載中のマンガ『しょせん他人事(ひとごと)ですから~とある弁護士の本音の仕事~』がドラマ化され、7月19日からテレビ東京系で放送がスタートする(毎週金曜20:00~)。
主人公の弁護士・保田理は中島健人、保田の事務所に勤めるパラリーガルは白石聖、ドラマオリジナルキャラクターの喫茶店主・柏原麻帆を片平なぎさが演じる。〈炎上〉〈誹謗中傷〉〈情報開示請求〉などネットトラブルに特化したドラマとして「テーマが身近すぎる」「実際に起こりそう」と早くも話題だ。
『しょせん他人事ですから』をより楽しむために、主人公のモデルであり、マンガ監修を担当する弁護士・清水陽平氏のインタビュー記事を再公開する(初出2022年8月29日、単行本巻数、発行部数は最新のものに変更。肩書き、年齢等は当時のまま)。
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SNSの誹謗中傷といえば、2020年に亡くなった木村花さんを思い出す人も多いだろう。テレビ番組『テラスハウス』出演をきっかけに多くの誹謗中傷を受けた花さんは自死し、大問題となった。
マンガ 『しょせん他人事(ひとごと)ですから』 (白泉社)を監修する弁護士・清水陽平氏は、花さんの母・木村響子さんの代理人も務める。実際の訴訟、支払遅延の問題、本人死亡後の情報開示請求の複雑さについて聞いた。(全3回の2回目/ 1回目 を読む)
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慰謝料の「分割」支払はあやしい
――マンガでは、人妻を誹謗中傷した相手が特定され、相手は和解金を支払うことになります。ところが、指定日に支払われたのは最初の2回で、あとは遅延してしまいます。
実際のケースでも、支払遅延は多いのでしょうか。
清水 これはケースバイケースで、その人次第……としか言えないですね。
和解金のうち、慰謝料として認められる相場は30万~60万円。調査費用を入れても最高で100万円前後、実際は60万~80万円ぐらいが多いです。金額を相手方に提示すると、「それくらいなら一括払いする」と言う人もいます。
――支払方法は、一括か分割か選べるんですか。
清水 依頼者次第ですが、応じる方も多いです。でも分割払いの場合、マンガのように最初だけ払って、あとは無視する人もいます。
ですから、相手方が「分割払いで」と言ってきたら、もしかするとあやしいかも……という印象はあります。
木村花さん死後の誹謗中傷、賠償金額は「129万円」だが……
――2020年5月、SNSで誹謗中傷を受け続けていたプロレスラーの木村花さんが亡くなりました。清水さんは花さんの母・響子さんの代理人でもありますね。
花さんの死後にTwitterで誹謗中傷をした男性を響子さんが訴え、昨年5月、男性側に129万円の賠償金支払が命じられました。その後1年以上経ちますが、これは支払われたのでしょうか。
清水 支払われていません。
――全くですか。
清水 はい。私は木村花さんの案件をいくつか担当していますが、この件については、現状で支払額は0円です。相手方は裁判で一度も出廷せず、答弁書も提出しなかったので、事実関係を認めたとされました。
娘の死後、母は代理で開示請求ができる?
――129万円の内訳として、母・響子さんが受けた精神的苦痛に対して50万円が認定されました。
この苦痛について、清水さんは「故人に対する敬愛追慕の情の侵害」と訴えたそうですね。《敬愛追慕》の情とは何でしょうか。
清水 木村花さん本人は、すでに亡くなっています。そこで、花さんの代わりに母の響子さんが、誹謗中傷を書いた相手の情報開示請求をしよう……としても、できないんです。
――なぜですか?
清水 開示請求権は「一身専属権」といって、本人だけが請求できる権利です。遺族が相続できるものではないので、花さんが生前、どんなに誹謗中傷で苦しんでいたとしても、本人ではない響子さんは開示請求ができません。
――本人が死亡すると、生前に受けた誹謗中傷については、誰も開示請求ができない。
清水 そうなんです。そこで、判例上「遺族には《敬愛追慕(けいあいついぼ)の情》という権利がある」とされているので、これを使うことが考えられるわけです。
遺族には故人を“平穏”に偲ぶ権利がある
――敬愛と追慕。
清水 《敬愛追慕の情》は、遺族が故人に対して偲ぶ気持ち、たとえば安らかであるように祈ったり、想いを馳せることです。
そして社会通念上、これは「他人に乱されず、平穏に行われるべきだ」という前提があります。
そこで、「死後もなお、故人に向けて投稿された誹謗中傷は、遺族の《敬愛追慕の情》を侵害するものだ」という考え方になるんですね。花さんの死後に寄せられた一部の書き込みについては、そのように主張しています。
――つまり、響子さんは「花さんを死に至らしめた可能性がある、生前の誹謗中傷」については、開示請求できない。でも、「花さんの死後に書き込まれた」あるいは「響子さん自身に向けられた誹謗中傷」に対しては、開示請求ができるんですね。
清水 ええ。花さんの死から2年以上経ちますが、響子さんにはまだ絡んでくる人がいるので、相談を受けることがあります。
今年10月に変わる「開示請求の手続き」
――今年10月から、「改正プロバイダ責任制限法」が施行されます。これにより情報開示の手続きが変わるそうですが、法改正は花さんの事件がきっかけだったのでしょうか。
清水 花さんの死の前から、法改正へ向けた動きはありました。
というのは、現行法が成立したのは2001年。今のようなSNSはない時代です。
――インターネットを使うのはまだ一部の人たちでしたね。
清水 ええ。現行法は今のようなネット社会を想定していないので、誹謗中傷をした相手への開示請求だけで、2回の裁判が必要です。
マンガでは、人妻を中傷した相手に通知が届くまで2カ月ですが、これはとても早く進んだ場合。普通はもっと時間がかかります。
この他にも、現行法にはさまざまな問題があり、改正に向けた議論が進んでいました。ただ木村花さんの事件後、世論に押されて、法改正の動きが活発化したかもしれません。
施行後の実務はより複雑になる可能性
――法改正後は2回の裁判が1回に短縮されるそうですが、他に大きな変更点は?
清水 現状は、開示請求で得られる情報に制限があります。たとえば、電話番号やメールアドレスの開示請求はスムーズにはできないんです。
ところが、新しい手続きではそれらも請求できます。もしTwitterやGoogleが相手の電話番号を把握している場合、それが早めに開示されれば、相手特定までの期間がかなり短くなるといわれています。
――今、海外SNSから情報開示されるまでは、相当な期間がかかるんですか。
清水 はい。海外法人と裁判する場合、まず訴訟書類を先方に送る“送達”をしますが、このやりとりだけで3~4カ月ほどかかります。すると、初回の裁判が始まるまで半年ぐらいかかるんです。
――書類のやりとりだけで3~4カ月。
清水 今までは、その後やっと審議……という流れでしたが、新しい手続きでは、手続きの開始に送達が必ずしも要らないため、約3週間~1カ月程度に短縮できます。それがメリットですね。
さらに、Googleなど一部の海外法人が日本で登記したことが報道されています。この登記があることで、さらに時間短縮が図れる可能性もあると思います。
ただ、どちらにしても改正法施行後でないと、実務の細かい点がどうなるのか、わかりません。
――中傷を受けた人が弁護士に頼まず、自分で開示請求手続きをするのが、より難しくなるかも……という見方もありますね。
清水 はい。手続きの流れはかなり複雑で、申立後に消去禁止命令や提供命令を追加する必要があります。これを一般の方が行うのは、なかなか大変ではないかと思います。
裁判所側には書式を公開する動きもあるようなので、どこまでわかりやすい書式が出てくるかがポイントになります。
〈 【ドラマ化】「依頼者も弁護士も不幸になる」SNSで“無理筋な情報開示請求”をしまくる有名人の目的とは《激変するネット中傷訴訟の10年》 〉へ続く
(前島 環夏/Webオリジナル(特集班))
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