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「やはり藤井聡太さんの影響力は強い」“AI時代”のプロ養成機関・奨励会は、以前と何が変わったのか

文春オンライン / 2024年7月15日 17時0分

「やはり藤井聡太さんの影響力は強い」“AI時代”のプロ養成機関・奨励会は、以前と何が変わったのか

左から中村修九段、北浜健介八段、黒沢怜生六段

 プロ棋士になるための登竜門ともいうべき奨励会(正式名称は「新進棋士奨励会」)。その頂点に位置する三段リーグを筆頭に厳しい戦場というイメージがクローズアップされがちだが、その内実はどうなっているのか――。幹事として奨励会に携わった中村修九段、北浜健介八段、黒沢怜生六段の座談会をお送りする。

奨励会へ入会するきっかけは

――今回はお集まりいただき、ありがとうございます。まず皆さんにとって、奨励会とはどのような場所だったのでしょうか。

中村 アマチュア時代に「将棋が好きで、強くなりたい」という思いが出てきたときに、そこにあったのが奨励会ですね。プロになりたいというより、強い人と指したいという思いが強く、そのための場所でした。

 入会後は3年7ヵ月で四段昇段ですからまあ順調でしょう。当時は三段リーグがなかったのも大きいですね。私がプロ入りした年(1980年度)に8人、その翌年に5人が四段になって、これは日本将棋連盟の財政的にまずいと、数年後に三段リーグが復活しました。負い目とまでは言わないけど、思うことはありますね。

北浜 私が入会したのは昭和63(1988)年で、昭和最後の奨励会員です。アマチュア時代には内田昭吉先生の厚木王将に通っていて、先輩の勝又さん(清和七段)、鈴木さん(大介九段)、高野さん(秀行六段)がすでに奨励会に入っていました。周りが奨励会を受験しているので自分も受けたいな、と。覚悟も決意もなかったので、親には反対されました。

 入会試験は1度落ちて2回目に受かりました。その時の幹事が滝先生(誠一郎八段)と松浦先生(隆一七段)で、初めての例会ではそれまで経験したことがない厳しい雰囲気に圧倒されました。中学1年でしたが、大変なところに来てしまったなと。奨励会は5年で抜けることができましたが、最初の幹事がこの両先生だったのは幸運でしたね。

黒沢 私が奨励会に入ったのは2003年ですが、研修会員だったので自然な流れでの奨励会入りでしたね。その翌年に永瀬さん(拓矢九段)、佐々木さん(勇気八段)が入ってきて、それまでの緩い空気が厳しくなった感じがあります。言い方は悪いですけど、遊びながらやっている人もいたところにマジメ軍団が入ってきて、それが大半。今は真面目な会員が多いですが、その始まりが永瀬・佐々木組だったという気がします。

理事直々に声をかけられ幹事になった北浜八段

――皆さんが幹事職を務めることになった経緯は、どのようなものでしたか。

中村 若い時から研究会を何十年やっていたメンバーが、神谷(広志八段)、大野(八一雄七段)、小林(宏七段)、中村で、幹事の前任が神谷、大野。頼まれるとしょうがないでしょう。これも運命だと思いました。奨励会員からはいい刺激をもらいましたね。子どもと直に接することはエネルギーになります。幹事職を務めた4年の間にB級1組へ上がることも出来ました。

北浜 奨励会幹事は関東で2011年の11月から14年の3月まで、関西では17年の4月から23年の12月まで務めました。関東では当時の幹事である真田さん(圭一八段)からご連絡がありました。その時は幹事を務める自分がまったく想像できなくて一度お断りしましたが、数ヵ月後にまた真田さんからご連絡があり、お引き受けしました。当時の幹事が真田さん、西尾さん(明七段)、藤倉さん(勇樹六段)の3人体制で、私は西尾さんとの入れ替わりです。

――北浜八段はおそらく、史上初となる東西の奨励会で幹事を務められた棋士ではと思います。

北浜 関西のときは当時理事の東先生(和男八段)からお話をいただきました。私が関東から関西へ移籍して2年くらいたった頃でしょうか。理事室に呼ばれて、緊張しました(笑)。

――理事直々に声をかけられたら、そうでしょうね。

北浜 関西の奨励会は、やはり畠山先生(鎮八段)以来の良い伝統が引き継がれているというイメージが強いですが、まったく知らないことばかりで「まさか」という感じでした。幹事経験者なので、と言っていただき、光栄と思い、お引き受けしました。

 東と西では基本的には一緒ですが微妙に違うところもあります。おおざっぱに言うと、関東は自主性を重んじ、関西は礼儀作法を重んじるという感じでしょうか。関西の方が合理的だと思うこともありますし、関東の方がいいと思うこともありました。一例を挙げると、昔は奨励会員が昇段の一局を迎えると、関東では上位者を当てていたんです。

――つまり、初段昇段が懸かる1級に、初段を当てるというようなことですね。

北浜 はい。ですがこの階級差だと1級は香落ちの下手を持つこともありえます。当時は上の段級の者を当てるのが当然と思っていましたが、その級を卒業すると考えると同級を当てるのも合理的という気もします。どちらが良いと言うよりも考え方の違いですね。関西では同じ段級を当てており、今は関東でもそうなったようです。

――黒沢六段は、現在も幹事を務めていらっしゃいます。

黒沢 私は2021年4月から幹事を務めていますが、前年の11月くらいに森下先生(卓九段)から連絡があり、まず驚きましたね。1週間ほど考えていましたが、自分の中では揺れがありました。

 引き受けることを決断したのは自分が奨励会員の時に上位の先生にお世話になったことで、お返しの意味もこめて何かやらなくてはという思いからです。幹事になったのは29歳の時で、三段には20代半ばの会員もいますから、自分の奨励会時代を踏まえてまだその世代と感覚が似ているのかなと思っていましたが、やはり価値観の違いを感じましたね。

記録係不足の解消も奨励会の課題

――奨励会員の仕事の一つに、記録係があります。幹事の方々が裁量してどの対局に誰をつけるか決めると聞きました。ですが最近は記録係の不足があり、その解消も課題とされています。

黒沢 そうですね。今も不足しがちなので、特に対局日が早々に決まる順位戦の場合は、1ヵ月ちょっと前くらいから決めるようにしています。

中村 今の順位戦は記録係が2人体制で、対局開始から夕食休憩までと、夕食から終局までとで分かれているけど、それはどんな感じで決まっているの?

黒沢 基本的に、夜の記録は学校が終わった後の高校生が取れるようにしています。ABEMAトーナメントなどの動画収録が関東で行われることもあり、関東の奨励会員の仕事が増えていますね。熱心な会員は月に半分くらいは記録係を含めた仕事をこなしていますね。

――昔と比べると、学業の比重が相対的に高くなっているから、特に若い会員の方は記録係ができなくなってしまう面はありそうですね。あとはAIの発展などもあって、勉強の場としての記録係の重みが低くなってしまったのでしょうか。

中村 幹事としては「記録を取らないと強くならない」と言い続けてきたんだけど、自分の奨励会時代は記録をあまりとっていないからなあ(笑)。

記録を取ることが勉強になる

北浜 私が関東で幹事を務めていたころは、まだ記録係に“三段特権”があった時代です。三段は取りたい対局を優先的にできるというものですね。でも当時の黄金カードとも言える羽生(善治九段)―佐藤(康光九段)戦のような対局でも、持ち時間が長い将棋は敬遠される傾向がありました。当時は二段に高野さん(智史六段)、青嶋さん(未来六段)、初段に梶浦さん(宏孝七段)、近藤さん(誠也七段)、佐々木さん(大地七段)がいて、記録は勉強になるのだから取るべきだと伝えると、みな積極的に務めてくれました。特に近藤さんは羽生先生の記録をたくさん取っていた気がします。

 いつの時代も羽生先生の追っかけ記録係はいましたね。自分が奨励会員の頃も記録を沢山とりました。特に米長先生(邦雄永世棋聖)、谷川先生(浩司十七世名人)の対局が多かった。記録係をやると学校に行かずに済むので(笑)、順位戦の記録はよく取っていました。

――現在の将棋界は藤井聡太竜王・名人の存在を抜きには語れませんが、奨励会員にはどのような影響を与えているとお考えですか。

黒沢 やはり影響力は強いですよね。今の会員は藤井さんを見て育ってきた世代ですから。指す将棋についていうと、居飛車党が増えた気がします。また好青年が増えて、礼儀作法もしっかりしている傾向があります。

――かつて羽生九段の追っかけ記録係がいたように、藤井竜王・名人の記録を取りたがる会員はいるのでしょうか。

黒沢 難しいところですね。現在の、特に藤井さんの対局は動画中継されることが多いので、それを気にされる方もいたり、目を輝かせて取る会員もいたりと両極端だと思います。

記録係を積極的に務め昇段した者が多い

――確かに、観戦記者の立場としても動画には映らない方が気楽ですね(笑)。関西のほうは関東と比較すると記録係の不足がそれほどでもないとお聞きします。

北浜 今は岡本さん(洋介指導棋士五段)という神のような方がいるので、以前ほど困ってはいませんが、それでも対局が多くて厳しいときはあります。会員に記録を頼んで「今日は取れません」と言われたら「次回は取るように」とは言います。幹事からすると記録係を決めるのは戦いですよ。決まらないときは会員1人1人に電話をかけることもよくあります。

 記録係は大変な仕事ですが、自分が目標としている場所にいられる貴重な勉強の場です。指し手を考えることもできるし、長い持ち時間のイメージもできる。四段に昇段した者には記録係を積極的に務めてくれた者が多いはずで、これは東西、時代を問わず共通しています。今後は自動記録が増えると思いますが、その傾向が変わることはないと思いますね。

記録を断る「驚きの理由」とは

黒沢 記録係を断る理由に、昔の感覚からすると驚くようなことを挙げてくる会員もいますね。

北浜 そうそう。記録を断る理由に「歯医者です」とか。滝先生の時代にも同じく「歯医者です」と断っていた先輩がいましたが、もう全員が「何それ」という空気でしたよ。他には「美容院」という理由を挙げた会員もいます。関西は記録係を決めるタイミングが月の第一例会が終わった直後なので、こちらも疲れているから「美容院、病院、どっち? 病院なら仕方ないけど美容院なら記録をとってくれないか」と返しました。他の会員も聞いていますから甘い対応をすることはできません。

――確かに、病院ならまだしも美容院は……。

北浜 中でも一番驚いたのが「人と会うから」と。これがバレンタインデーの週なんです(笑)。「そういう理由なら、その代わりにこれから半年間、私が言った日の記録は全部取るように。それなら認める」と。今は棋士になった人の話ですが、関西では多くの人が知っていると思います。彼はその後、約束通り10回くらい記録を務めてくれました。

――それは一体どなたでしょうか(笑)。他に、幹事時代の印象に残ることはありますか?

中村 私は小林君と一緒に幹事を務めましたが、彼は自分にも他人にも厳しい熱血漢でした。私は自分にも他人にも甘いんです(笑)。研修会員はお客さんですが、奨励会員は目標を持っている立場で、こちらもより本音でぶつかっていけましたね。新入会員でまったく勝てずに大泣きするような子もいましたが、そんな子でも半年くらいすると引き締まった奨励会員らしい顔つきになりました。

 あと、私の時代には奨励会3人娘と言われた矢内さん(理絵子女流五段)、碓井さん(現・千葉涼子女流四段)、木村さん(現・竹部さゆり女流四段)が入ってきました。3人とも幹事席の目の前に座って、頑張っていたなあと思い出されます。その翌年(94年)に渡辺君(明九段)、阿久津君(主税八段)が入会です。渡辺君なんか小学生のころから今のままですよ。ちょうどそのころ、森下君が「大山先生(康晴十五世名人)の若い時に似ている」と渡辺君を評すると、それが雑誌に載りますね。それを読んだ私は「君は大山先生の若い時を見たことあるのか」と突っ込みたくなりました(笑)。

成績が振るわない子には声をかけてあげる

――渡辺少年が大山十五世名人に似ている、というエピソードはあちこちで言われていたと思いますが、確かに若い時の大山十五世名人を知っている方は、30年前でも、もうさほどいらっしゃらなかったような……。

中村 その辺のメンバーはちょうどみんな1級くらいでくすぶっていたのですが、私が幹事をやめるとみんな昇級しました。何かきっかけがあると変わるということを感じましたね。

 奨励会員はみな優秀でまじめ、単純な優劣はつきにくいです。それでも幹事の視点では目立つ子がいます。同じくらい優秀で同じくらいの手を指しているけど、その中で個性を出せる、相手の読まない手を指せる子が上がっていくんですね。逆に仕事もできるし真面目だから四段になってもらいたい子もいますが、そういう子に限ってなかなか上がれずにやきもきします。

北浜 奨励会幹事の仕事について、漠然としたイメージはありました。例会での会員同士の手合いをつけることや公式戦の記録係を決めることなど。でも具体的な内容は外からだとわかりません。実際にやってみると滅茶苦茶大変でした。手合いのつけ方は藤倉さんに教わって、必死でした。今の視点で考えると当時気づかなかったことは色々ありますね。例えば真田さんは理事をされていたので、それを生かして理事会との折衝をやってくださっていました。自分が関西に行ってから初めて分かったことです。

 あと藤倉さんは成績が振るわない子によく面接をしていました。奨励会はプロの世界だから必要ないのでは、と当時は思っていましたが、成績が悪いと気持ちが後ろ向きになります。そういう子に対して勉強や研究をどうしているかと聞く姿勢、それが素晴らしいなと。自分も関西では成績が振るわない子に一言二言声をかけるようにしました。藤倉さんに教わったことで、自分も成長させてもらいました。

写真=文藝春秋/石川啓次

〈 「圧倒的な才能は存在します」3人の奨励会幹事が語り明かした、棋士デビューを目指す若者たちの“リアルな現実” 〉へ続く

(相崎 修司)

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