「男下げがひどい」「男を見る目がない」と批判も…“恋人にフォークで鼻を刺された”漫画家が、それでも壮絶な恋愛経験を発信する理由
文春オンライン / 2024年7月15日 11時0分
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前田シェリーかりんこさん ©石川啓次/文藝春秋
〈 「血まみれで隣人に助けを求めた」恋人にフォークで鼻を刺されて救急搬送→記憶障害に…“メンヘラ彼氏”に殺されかけた漫画家が語る、事件の後遺症 〉から続く
2023年7月、初の著書『 メンヘラ製造機だった私が鼻にフォークを刺された話 』(KADOKAWA)を上梓した漫画家の前田シェリーかりんこさん。
以前からInstagramに子育てや自身の体験を綴ったコミックエッセイを投稿していたところ、感情の浮き沈みが激しい、いわゆる“メンヘラ”の元恋人「彼ピッピ」にフォークで鼻を刺されて警察沙汰になった話がバズり、書籍化となった。
事件後、かりんこさんと元恋人の関係はどうなったのか。痛ましい経験とどのように向き合い、立ち直っていったのか。本人に話を聞いた。(全3回の3回目/ 1回目 から読む)
◆◆◆
刑事告訴をしない代わりに提示した“ある条件”
――かりんこさんは元恋人に鼻をフォークで刺され、大怪我を負って約1ヶ月入院するという衝撃的な経験をお持ちです。退院したあと、元恋人との関係はどうなったのでしょうか。
前田シェリーかりんこさん(以下、かりんこ) 彼ピッピとは、フォークで鼻を刺されて以降は会っていません。漫画にも登場するのですが、彼の「おじさん」を介して必要な手続きを進めました。
――おじさんについて、詳しく教えていただけますか。
かりんこ おじさんは、私も知っているような超ビッグな方で。病院にお見舞いに来たときに、甥っ子の彼ピッピを「刑事告訴しないでほしい」と持ちかけて来たんです。社会的に影響力の強い活動をしている関係で、身内から犯罪者を出したくない、と。
話を聞いた当初は、どうしようか悩みました。でも、“ある条件”と引き換えにその提案を受けることにしたんです。
――ある条件とは、どのようなものでしょう。
かりんこ 彼ピッピやおじさんが特定されないように配慮はするけれども、今回あった事件を事実関係はそのままで、何かしらの形で発表して良い、というものです。弁護士を通じて、契約書も作成しました。
――つまり、今回発売されたコミックエッセイのことですか?
かりんこ 当時は書籍化されるとまでは考えていませんでしたが、結果的にはそうなりますね。『 メンヘラ製造機だった私が鼻にフォークを刺された話 』は、最初はInstagramに投稿していたコミックエッセイです。
もっと大変な経験をした人も多いInstagramの中で、見てくれる人いるのかな……と思っていたのですが、ありがたいことに大勢の方に読んでいただいて。投稿し始めてから2ヶ月後くらいに、KADOKAWAから「本にしないか」と声をかけていただきました。
――書籍化を聞いたおじさんの反応はどうでしたか?
かりんこ 「書籍化するんだ、良かったね」くらいの反応でした(笑)。書籍化が決定する前からInstagramでも見ていたそうです。とにかく大物なので、書籍化されたくらいじゃ動じないんですよ。
――いくら「身元が特定されないように配慮する」と言っても、エピソードが衝撃的だから、そこから身元の特定につながる恐れもあるのでは……?
かりんこ その心配はないですね。なぜかって、この話は事件当日に助けてくれたお隣さん、そして病院や警察の方以外にはほぼ話していないんです。だから、事件の関係者たちは私が『鼻フォーク』の著者だとわかると思いますけど、それ以外の人に彼ピッピやおじさんが特定されることはないと思います。
――では、かりんこさんの友人たちは、事件がきっかけで元恋人と別れた、というのを知らないのでしょうか。
かりんこ はい。友人から理由を聞かれたら、「男女っていろいろあるじゃん」と言って済ませています。だからしばらくは、「あんなに良い人と別れるなんてもったいない」と言われました。
「人生は一回きりしかない」と思って前を向く
――入院中は事件のショックで記憶障害に悩まされたそうですが、退院後はいかがでしたか?
かりんこ 記憶障害を経験してから「今ある記憶が、突然消えることがある」「忘れたくないのに、忘れているかどうかすら覚えていないことがある」と知って。それがとてつもなく怖かった時期があります。
その影響か、退院してからしばらくは「記憶をなくす夢」を見ていました。夢の中で、またぶどうを忘れているんですよ。周りのみんなは当たり前に知っているのに、なぜか自分だけ知らないものがある。自分だけぽつんと取り残されるような感覚が不気味で、よくうなされていましたね。
でも、時間が経つにつれて「記憶をなくす恐怖」が薄れていって、それにあわせて夢も見なくなりました。
――DV等の被害にあった場合、何年も何十年も引きずってしまう方も多いですよね。かりんこさんはトラウマなどが残りましたか?
かりんこ うーん、あまり引きずらなかったかもしれません。もちろん、事件やそれに伴う記憶障害は怖かったです。でも、一回きりしかない人生の貴重な時間を、過去に囚われて塞ぎ込んで過ごすのは悲しいなと思ったんですよね。だったら、怖いことを忘れるくらい趣味や仕事に打ち込んだり、新しいことを始めてみたりしたいと考えて、退院直後からアグレッシブに動いていました。
――早い段階で前を向くことができたんですね。
かりんこ 「人生は一回きりしかない」と思って生きているから、退院してすぐに行動できたのかもしれません。それに、「どんなに辛い経験も、将来的には、私の人生に必要だったと思えるかもしれない」と考えているんです。そうすれば、少し気が楽になるんじゃないかな、と思っていて。
例えば、彼ピッピを含めて精神的に不安定な男性と付き合うことで、大抵のことは物怖じせず受け入れられるようになりました。だから、ムダな経験じゃなかったなと。今は、鼻にフォークを刺された経験も、私の人生には必要だったと思っています。
DVやモラハラ被害は1人で抱え込まないでほしい
――ご自身のように強い気持ちで向き合える人がいる一方で、そうではない人もたくさんいるのが難しいところですよね。
かりんこ もちろん、私と同じように早く立ち直れる人もいれば、そうじゃない人もいるのは分かっています。漫画の読者やSNSのフォロワーさんから、悩み相談のDMをいただくことがあるのですが、鼻にフォークを刺されたことなんて霞んでしまうくらい、大変な状況に悩んでいる人たちがいる。その人たちはみんな、トラウマから抜け出すために私以上に努力しているんですよ。でも、マインドの切り替えがうまくいかなくて辛い思いをしています。
だから、「私はこうしたら立ち直れたから、あなたもできるよ」とは簡単には言えません。
――ちなみにどんな相談のDMが来るのか、可能な範囲で教えていただけますか。
かりんこ 男女問わず「パートナーからDVやモラハラの被害を受けている」というDMは多いですね。個人的には、男性が受けたレイプ被害に関する相談が特につらくて……。男性の場合、勇気を出して相談しても「男のくせに女にやられて恥ずかしくないのか」「気持ちいい思いをしたならいいじゃない」と言われてしまうことも多く、まともに話を聞いてくれるところがほとんどない。女性へのサポートもまだまだですが、男性はそれ以上に被害を相談できる場所がないんです。
――男女問わず、「セカンドレイプが不安で誰かに打ち明けるのが怖い」という人が多いのですね。
かりんこ 各自治体に相談できる専門機関はあるのですが、地域や担当者によって対応はさまざま。正直、“当たり外れ”が大きいと思います。もし自治体に相談してしっくりこなかったら、DVやモラハラについて発信しているインフルエンサーに相談するのもひとつの手段です。もちろん、私でも構いません。
私自身が専門的な知識を持っているわけではありませんが、フォロワーさんたちに「◯◯で悩んでいるなら、どこに相談するのがおすすめ?」と聞くことはできます。フォロワーさんの中には、同じような経験をしてきた方や専門家がいるので、こういった質問にはみんな積極的に協力してくれるんですよ。だから、1人で抱え込まないでほしいです。
自分の体験に共感してくれる人がいることで、自分自身も救われた
――コミックエッセイの内容には、どんな反響がありましたか?
かりんこ Instagramでコミックエッセイを発信し始めた当初は、「エンタメとして楽しんでくれたら」と思っていました。でも意外と、「共感しました」という声をたくさんいただいて。「こんなの自分だけかも」「ムダな経験だったな」と思うことでも、発信したら共感してくれる人がいる。そして、「自分だけじゃないんだ」と知ることで、私自身も救われました。
一方で、この漫画に対して「男下げがひどい」というコメントをいただくことも多いんですよ。私を傷つけてきたのは男性だから、その事実のとおり書いているだけなのですが、それを「男下げ」と捉える人もいるようです。
でも、漫画の中では、私を助けてくれた男性たちのことも描いています。私を匿ってくれた隣人の「ぴょんす」さんや警察官の方、一生懸命治療してくれたお医者さん、彼ピッピを取り押さえてくれた同じフロアの方だって男性でした。私は彼らに救われたから、男性恐怖症などにならずに済んだのかもしれない、とも感じているんです。
この漫画を「男下げがテーマ」という人には、その事実にもちゃんと目を向けてほしいなと思っています。男女関係なく、人を傷つける人はいる。でも同じように、男女関係なく手を差し伸べてくれる人もいると、事件を通じて知ることができましたし、それが読者の方々にも伝わると嬉しいです。
――最後に、漫画家として今後挑戦したいことはありますか。
かりんこ 実は鼻をフォークで刺されたこと以外にも、もっと変な経験をたくさんしてきているんです(笑)。それにも、「自分だけじゃないんだ」とホッとしてくれる人が、どこかにいるかもしれない。だから、これからも漫画を通して自分の経験を発信していきたいですね。
撮影=石川啓次/文藝春秋
〈 「マジで息の根を止められる」20代の金髪女性が突然、30代メンヘラ彼氏にフォークで鼻を刺された理由 〉へ続く
(仲 奈々)
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