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「お前、いまハゲてるらしいじゃん」乳がん発覚、ホルモン治療…女優・赤間麻里子53歳が感謝した映画監督の救いのひと言

文春オンライン / 2024年7月15日 18時30分

「お前、いまハゲてるらしいじゃん」乳がん発覚、ホルモン治療…女優・赤間麻里子53歳が感謝した映画監督の救いのひと言

赤間麻里子 ©文藝春秋

〈 「私の人生、何なのよ!」って洗濯物を投げ荒れたり…女優・赤間麻里子(53)の人生を変えた「虎の大ベテランと樹木希林の言葉」 〉から続く

 映像制作ユニット「こねこフィルム」によるショートドラマ『年齢確認VSプライド』での演技が注目を集める女優・赤間麻里子(53)。今年は朝ドラ『虎に翼』(NHK)やドラマ『アンメット』(フジテレビ系)にも出演。53歳にしてついにブレイクを果たした赤間が、無名塾時代の挫折、育児による10年のブランク、そして映画初出演後に発覚した病について初めて語った。(全3回の3回目/ #1 から読む)

◇◇◇

原田監督からのオファー『尼さんの役やらない?』

――乳がんが見つかったのは、いつ頃だったのでしょう?

「2012年でした。わかった時にはすでに進行していて、医師からは右乳房を全摘出するしかないと言われました。けれども、そうすると胸元が抉れて、もう衣装が着られなくなってしまう。せっかく映画デビューして夢を掴んだのに、それだけは嫌だと、部分的に摘出することを選びました。そうしたら、やっぱりがん細胞が残っている可能性があると言われました」

――その後はどんな治療をされたんですか?

「放射線治療と抗がん剤を限界までやりました。副作用で髪の毛が抜け、頭はツルツルになって……。副作用の影響もあり、3年間ぐらいはかなり精神的にもきつかったですね。ホルモン治療も受けたのですが、ホルモンの乱れから精神的なコントロールができなくなってしまうこともありました。自分でも訳が分からないまま、子供たちに暴言を吐いてしまい、子供が泣いている姿を見てハッと我に返り、自分も泣いて落ち込んで……」

――壮絶な闘病生活だったんですね。

「あの時はつらかったですね。なんで私ばかりがこんな目に、と思ったこともありました。でも、そんな時に、原田監督が『お前、今ハゲてるらしいじゃん』って、わざと明るく声をかけてくださって。『時代劇なんだけど、尼さんの役やらない? 体調はどう?』とオファーをしてくださった。それが『駆込み女と駆出し男』(2015)でした。病院の先生に相談すると、『肺炎になると命取りだから、風邪をひかないように気を付けてくれるなら』とOKをいただいたので、『やります!』とお応えしました」

不思議なことに、次々とお仕事が舞い込んできた

――撮影中も、治療は続けておられたんですか?

「抗がん剤をコントロールして、副作用が出ないようにしてもらっていました。急に吐き気が襲ってきた時用に、常にビニール袋を持ち歩きました。ホルモン治療には記憶力が続かないという副作用があるんですが、事前に『このタイミングで入ってきて』と指示されているのにすっかり忘れて棒立ちのままなんてことも(笑)。監督からは怒られることもありましたが、なんとか演じきることができました」

――それが復帰作になったんですね。

「原田眞人監督には本当に感謝しております。不思議なことに、その後は次々と映画やドラマのお仕事が舞い込んで、結構、忙しかったですね。地方にも撮影に行きましたし、いくつかの作品では、カツラを被って撮影に挑みました。実は私、10年続けてほしいと言われていたホルモン治療を、3カ月でギブアップしたんです」

先の寿命を延ばすよりも、目の前の1、2年を大事に

――なぜですか?

「ホルモン剤の影響で顔が浮腫んだり、節々がリウマチのように痛くて仕事どころじゃなくなってしまって。何より、ホルモンバランスのせいで暴言を吐いて、子供たちを傷つけることが耐えられませんでした。当時は躁鬱状態で、もうこんな朝を迎えるくらいなら死んだ方がいいってくらい、つらい日もありました。でも死の恐怖よりも、子供に笑顔で接することができなくなったり、大好きな女優の仕事ができなくなったりすることのほうが、怖かったんですね。だから先の寿命を延ばすよりも、目の前の1、2年を大事に生きようと考えたんです」

――思い切った決断です。

「そうですね。だからこそ、今こうして健康で、家族と楽しく喋ってご飯を作れて、誰にも迷惑もかけないで仕事ができて……ひとつひとつを正常にできていることが、奇跡に感じますし、すごく嬉しい」

――病状はいかがでしょうか。

「乳がんは15年後にも再発すると言われているんですが、病院のほうは一昨年、卒業させてもらいました。その後は毎年自分で調べていますが、今のところ再発はありません。末っ子の娘なんかは、今の私を見てことあるごとに、『ママ、よかったね』って言うんですよ。『何が?』って聞くと、『いや、よかったと思うよ』って。娘は私の闘病中はまだ小学校1、2年生でした。私自身、小さな子の前でよく泣いていた時期でもあるので、思うところがあるんだと思います」

念願の朝ドラデビューも果たし、飛躍の年に

――こねこフィルムで話題になると同時に、今年は『虎に翼』や『アンメット』などに出演され、飛躍の年になりました。

「念願の朝ドラデビューも果たせました(笑)! この半年間でインスタのフォロワーは50倍の5万人になって、自分でも驚いています。役者の名前を覚えてもらえるようにという三野龍一監督の意向で、こねこフィルムの動画は役者の名前がそのまま役名になっているのですが、おかげさまで、たくさんの方に『麻里子さん』『マリリン』とSNSで声をかけてもらって、応援していただいて。ありがたいことです。こねこフィルムチームにも本当に感謝しています」

お父さんがこの役をプレゼントしてくれたのかな

――ドラマ『アンメット』では、記憶障害の夫を気丈に支える妻の役を演じていました。難しい役どころだったと思うのですが、何か役作りはされたんですか?

「まずは、主演の杉咲花さん、そして若葉竜也さんの芝居が素晴らしく、引っ張って頂いた感が強く、撮影が終わってひと月経った今でも余韻が残っています。また監督はじめスタッフの皆様のお仕事ぶりが、寸分の隙もない完璧さ。経験したことのない高揚感に満ちた現場でした。そしてプロデューサーの方に、実体験を聞かせて頂いたことも大きなひとつです。実は今年の2月、父が入院中に亡くなったのですが、その時の経験も大きかったかなと思います」

――そんなことがおありだったんですね。

「とても元気な父だったのですが、躓いて怪我をして入院したことをきっかけに、ショックでせん妄状態になってしまって。なんとか家に帰そうと、毎日病院に通いましたが、最後は誤嚥性肺炎で……。役をいただいたのは、父が亡くなった直後だったので、なんてタイムリーなんだろうと思うと同時に、父がこの役をプレゼントしてくれたのかな、と。ドラマの中で病室に入る時、『来たよ』と言う時の私の声は、父を看病している時とほとんど一緒でしたから」

――つらい気持ちを抑えながら、少しでも明るく振る舞おうとする様子はとてもリアルに感じられました。

「そう言ってくださる人もいる一方で、SNSには『あのコンビニの人じゃん』『ドラマが全然頭に入ってこなかった』といった声もけっこうあったんですよ。こねこフィルムではコメディー色の強いキャラクターを演じてきたので、そのイメージがついてしまっては、もうシリアスなドラマに呼んでもらえないかもと不安にもなりました。でも、よくよく考えてみたら、アイドルや芸人の方もイメージを引き摺らずに映画やドラマに出てすばらしい仕事をされている。アメリカや中国では縦型のドラマが主流になりつつあるとも聞きますし、これも役者の宿命と受け入れ、SNSとテレビや映画、どちらのお芝居も視聴者の方に慣れてもらえばいいんだ、双方ともに全力でやり切ればいい。最近はそう思うようになりました」

こねこフィルムの反響

――ドラマの現場などで、こねこフィルムのことを聞かれることはありましたか?

「現場で共演する方、スタッフの方に「観てます!」「ファンです!」「撮影はどんな風にしてるの?」と興味を持ってくださる方がいらして、プロの方にも喜んで観て頂けている事が、とても嬉しいですね」

――なんでも、赤間さんと同じ無名塾出身の女優の若村麻由美さんもこねこフィルムのファンだとか……。

「そうなんです。動画を見ながら、『この表情が変わるところが、好きなの! ここ!』と熱く語ってくださって(笑)。なんと、師匠である仲代達矢さんも見てくださっているんですよ」

――仲代さんが!

「『いつも観てるよ。新作が出るのを楽しみにしてる』と、仰ってくださっているそうです」

最終目標は、こねこフィルムのチームで映画を撮ること

――仲代さんから「60歳まで情熱を燃やせば売れるかも」と言われてから約30年。53歳にしてついに報われたというお気持ちはありますか。

「まだ『売れた』という実感はないんですよ。でもこの前、ほぼスッピンで買い物をしていたら、ママ友に、『わかる人にはわかるんだから、化粧した方がいいよ!』と叱られてしまいました(笑)。今はとにかくお芝居をしたい欲求が溢れでて、あれもやりたい、これもやりたい! 芝居ができるんだったらどこへでも行く! という気持ちですね。亡くなった父は、私に手紙を遺してくれていたのですが、そこには『全身全霊で望む職業に就いたのだから、感謝して、最後まで全うしてください。僕は天国で宇宙規模のファンクラブを作って応援しています』と書いてありました。まだまだ頑張らないといけません」

――今後の目標をお聞かせください。

「こねこフィルムの三野監督はじめスタッフ・メンバーともに、このチームで映画を撮ることを目標としています。これまで映画館にあまり足を運んだことのない方にもスクリーンで作品を観ていただけるよう頑張ってまいります。皆様、どうか楽しみに待っていてください」

(「週刊文春」編集部/週刊文春Webオリジナル)

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