こどもの日なのに「こいのぼり禁止のマンション」も出現…子どもたちから自由な遊び場を奪う《大人ファースト社会》の弊害
文春オンライン / 2024年7月21日 17時10分
![こどもの日なのに「こいのぼり禁止のマンション」も出現…子どもたちから自由な遊び場を奪う《大人ファースト社会》の弊害](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72121_0-small.jpg)
なぜ子どもたちは自由に遊べなくなったのか? 写真はイメージ ©getty
〈 公園に連れて行っても“無表情で立ちすくむ”だけ…今の子どもたちが「ボール遊び」も「缶蹴り」もできなくなった恐るべき理由 〉から続く
近年はこどもの日に「こいのぼり」をベランダに飾ることを禁じるマンションまで登場…。子どもたちから自由な遊び場を奪う「大人ファースト社会」の弊害とは? ジャーナリストの石井光太氏の新刊『 ルポ スマホ育児が子どもを壊す 』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
◆◆◆
自由な遊びとは何か
子どもたちの間でこのような現象が起きている要因は何なのだろう。先生方が一様に指摘していたのは、子どもが遊びから得ていた経験値が減少、あるいは変化している点だ。
これを考える前に、遊びとは何かについて押さえておきたい。
かつて子どもの遊びは、主体的、かつ自由に行われるものだった。近所の子どもたちが空き地に集まり、そこでグループを形成して、みんなで話し合いながら好きなことをしたり、面白そうなことをしたりする。
発達心理学を専門にする慶應義塾大学の今井むつみ教授は、『学びとは何か』(岩波新書)の中で、アメリカの研究者による「遊びの五原則」を紹介している。
・遊びは楽しくなければならない。
・遊びはそれ自体が目的であるべきで、何か他の目的(例えば、文字を読むため、英語を話せるようになるため)であってはならない。
・遊びは遊ぶ人の自発的な選択によるものでなければならない。
・遊びは遊ぶ人が能動的に関わらなければならない。遊ばせてもらっていたら遊びではない。
・遊びは現実から離れたもので、演技のようなものである。子どもが何かの「ふり」をしていたらそれは遊びである。
映画や漫画で描かれる昭和の子どもたちの遊びをイメージしてみてほしい。
あの時代の子どもたちは、大人たちの監視下で、決まったルールに従って遊んでいたわけではなかった。大人たちの目から離れ、地域の多様な子たちと離合集散をくり返しながら、ヒーローや泥棒に化けて追いかけっこをしたり、母親やお姫様に扮しておままごとをしたりした。「鬼ごっこ」や「どろけい」などは、まさに真似事から生まれた遊びだ。
そのような遊びは、単なる娯楽に留まらず、子どもたちが生きていく上で必要な能力を総合的に伸ばす役割を果たす。人間関係の築き方、創造することの喜び、未知なるものへの好奇心、仲間に受け入れられたという安心感、助け合うことの素晴らしさ……。この点において、自由な遊びは社会で生きていくための準備運動のようなものだといえる。
しかしながら、今回話を聞いた先生方によれば、ここ十数年の間に自由な遊びを禁じる風潮が強まったという。
昭和の時代から、日本では経済発展に伴って野原や空き地が減少し、子どもたちの遊び場が狭められたことが指摘されてきた。それでも子どもたちは遊びへの意欲を失うことなく、森がなくなれば団地でかくれんぼをし、公園でボール遊びが禁じられれば駐車場でやっていた。
だが現在では、そうした遊びさえも規制されつつある。先の50代の園長の言葉だ。
「今は社会全体が、子どもたちが自由に振る舞うことを厳しく禁じている時代だと思う。せっかく親が子どもを公園へ連れて行っても、『うるさい』とか『危ない』とか言われて行動が制限されてしまう。マンションの駐車場や非常階段に至っては子どもの立ち入り自体が禁止されているところもある。かわいそうなのは、子どもを持つ親だ。子どもが自由にしていると、世間の怒りは親に向いて『なんでおとなしくさせない』『なんでちゃんと管理しない』と言われる。だから親も子どもを自由にさせたくてもできないというのが現状なんだと思う」
子どもたちが自由に振る舞うことを禁じられているのは、遊び場だけに限らないだろう。電車やバスに乗っていれば、赤ん坊が泣きだした途端、若い親が周りに気をつかって平謝りしたり、逃げるように途中下車したりする姿に出くわす。あるいは、デパートではしゃぐ幼児を親が大声で叱りつけている姿を見るのも日常茶飯事だ。
最近ではこどもの日に「こいのぼり」をベランダに飾ることを禁じるマンションまであるらしい。こいのぼりがはためく音が住民に迷惑なのだそうだ。
大人ファースト社会のゆがみ
私自身、これまで世界の色んな国を回ってきたが、それと比べると日本では子どもを静かにさせろという圧力が非常に大きい。乳飲み子が泣くのも、子どもがデパートで心を躍らせるのも、こどもの日を祝うのも極めて自然なことなのに、そうしたことすら眉をひそめられる。
どうしてこんなことが起きているのか。明確に言えるのは、大人たちが精神的な余裕を失っていることだ。
誰でも気持ちにゆとりがあれば、子どもの楽しむ姿を微笑ましい気持ちで見守ることができるはずだ。しかし、目の前のことでいっぱいになっていれば、いら立ちを子どもにぶつけてしまう。
そうなった背景に、ここ数十年の社会変化があることは確かだろう。格差社会の中で大人に経済的な余裕がなくなった。親の監督責任が問われるようになった。コンプライアンス(法令遵守)の考えが幼い子どもにまで押し付けられた。高齢化で子どもよりお年寄りが優先されるようになった等々。
何か一つの原因があるというより、複数の要因が重なり合い、子どもファーストではなく、“大人ファーストの社会”ができ上がった結果、子どもたちの聖域だった自由な遊びの機会が奪われていったといえるのだ。
(石井 光太/Webオリジナル(外部転載))
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