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「誰しも自玉が危険な状況は避けたいので、普通は…」藤井聡太の名人初防衛戦に〈永世名人〉谷川浩司が驚嘆したポイント

文春オンライン / 2024年8月31日 6時0分

「誰しも自玉が危険な状況は避けたいので、普通は…」藤井聡太の名人初防衛戦に〈永世名人〉谷川浩司が驚嘆したポイント

藤井聡太七冠 ©文藝春秋

8月28日、藤井聡太七冠(22)は、「王位戦」を制して5連覇とし、2つ目の永世称号「永世王位」を獲得した。なぜ藤井氏はこれほどまでに強いのか? その“強さの理由”を永世名人の谷川浩司氏が、今年、藤井氏が挑んだ名人初防衛戦を通して語る。

◆◆◆

痛恨の一手

 名人戦第1局は、藤井名人が作戦を選びやすいとされる先手番でしたが、序盤から後手番の豊島さんの練りに練った作戦が光りました。まず、豊島さんが四手目で☖9四歩。豊島さんから藤井名人への「カーナビなしのオフロード・レースをしましょう」という打診の一手です。藤井名人はこれを受け、「横歩取り」に進み、「力戦」に入っていきます。以後、中盤、終盤と一貫して豊島さんがイニシアティブを取り、非常にうまく指している印象を受けました。豊島さんにとっては、対局前に描いていたビジョン通りの戦い方ができていたのではないでしょうか。

 ところが最終盤で豊島さんは、金を取る☖4八竜ならば後手の勝ち筋だったところで☖4四香という手を指します。これが致命的なミスでした。豊島さんは、持ち時間は17分残しながらこの手をなぜかノータイムで指しました。いつもの豊島さんなら絶対にしないミスで、私たちが驚いたのはもちろんのこと、おそらく本人もなぜそんな手を指してしまったのか説明できない、痛恨の一手でした。

 なぜ豊島さんは、そんなミスをしてしまったのか? それは藤井名人との対局では、初手から最終手まで絶対にミスが許されないという非常に大きいプレッシャーがかかるからだと思います。それほどまでに藤井名人はミスをしないのです。藤井名人がミスをしない以上、こちらもミスをするわけにはいきません。名人戦となると、対局が始まってから終盤に至るまで20時間近く、極度のプレッシャーに晒されて戦わなければなりません。その果てで豊島さんのあのミスが出た。

 このミスがなければ、豊島さんはおそらく勝っていたでしょう。もし、そうなっていたら、豊島さんにとっては、戦型を選びにくい後手番でありながら、自分の目論見通りの「力戦」に持ち込んだ末の会心の勝利になった。となれば、豊島さんは名人戦自体の流れを自分に大きく引き寄せ、勢いに乗っていたかもしれません。

 一方で、この第1局では藤井名人の相変わらずの読みの深さにも驚かされました。豊島さんに攻めの主導権を握られていた中盤で、名人の玉が3八にいて、のちに☖2六桂と打たれれば、王手がかかる局面。誰しも自玉が危険な状況は避けたいので、普通は☗2七歩と突いて、☖2六桂を消しておきたいところです。しかし、藤井名人はあえてそうしなかった。「玉が危ないのは嫌だ」という感覚ではなく、自分の読みを信じて指せるのです。それが可能なのは、深く正確な読みができる能力とそれに対する自信を持っているからでしょう。

防衛戦はスーパーシード

 藤井名人が強い理由は、いくつもありますが、ここ数年の対局を見ていて私が思うのは、名人には「恐怖心」がないことです。負けること、タイトルを失うこと、自玉が危険に晒されることなどへの恐怖が名人からは感じられません。普通の棋士は防衛戦となれば、タイトルを失うのではないかという恐怖を感じ、大きなプレッシャーを感じるものです。

 1990年、私が挑戦者として当時20歳の羽生善治竜王に挑んだ竜王戦では、羽生さんが駒箱から駒を取り出す時、その手は緊張から、かすかに震えていました。ところが藤井名人は18歳の時に「(防衛戦は)スーパーシードで決勝戦から出られるということではあるので、(タイトルが)減るかどうかではなく、それ自体がありがたいこと」と語りました。タイトルの増減を気にすることなく、シードの一番上から戦えることをただ前向きに捉えている。そう思えるのはおそらく、藤井名人が目指しているものが、一局ごとの勝利やタイトルではなく、「将棋の真理の追求」であるからなのでしょう。とはいえ、自分が18歳だった時のことを振り返ると、その歳でそんな境地に至れるものなのかとただただ驚かされます。

 第2局でも、豊島さんは現在ではあまり指されることのない「ひねり飛車」を採用して、「力戦」に持ち込みました。ひねり飛車は、居飛車の立ち上がりも見せながら、のちに飛車を左辺に展開するという、昭和50年代に大流行した戦法です。当時は「将棋に必勝法があるなら、この戦法なのではないか」とまで言われましたが、対策が練られ、いつの間にかあまり見かけなくなりました。藤井名人が将棋を覚えた頃にはあまり指されなくなっていた戦法ですから、初見ではないにしても、棋譜を見たことはほとんどなかったのではないでしょうか。

 しかし、これに対して藤井名人は、序盤で2二の角を☖5五角としました。本人も名人戦を通じて、「最も印象に残る手」と振り返っていますが、盤面を大きく使い、先手の動きを封じる巧みな一手でした。この☖5五角に対して、豊島さんは連続長考しますが、苦しい展開になっていきました。藤井名人のセンスの良さが感じられる内容で、ほとんど初見の戦法にも対応できたということで、名人にとっても手応えある一局になったことでしょう。

本記事の全文(8000字)は、「文藝春秋」2024年8月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(谷川浩司「 藤井名人には恐怖心がない 」)。全文では、谷川氏が藤井聡太七冠を徹底分析しています。

(谷川 浩司/文藝春秋 2024年8月号)

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