「オナゴにしてほしい」娘の結婚が決まると、親は村の宿老に依頼しに行った…昔の日本では当たり前だった“よばい”の実態
文春オンライン / 2024年7月31日 17時0分
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〈 「結婚した夫婦から生まれる子どもが少数派になっている国も…」日本の少子化を考える、意外なヒントは“婚外子”にあった 〉から続く
現代では未婚率が上昇しており、結婚相手にめぐり会えない悩みから「見合い結婚」の多かった時代を羨ましく思う人もいるかもしれません。
しかし、実は明治時代以前の日本で見合い結婚をしていたのは、全体の5%である武士階級が中心であり、多くの庶民層には浸透していませんでした。では、当時の人々にはどのような結婚方法がスタンダードだったのでしょうか。
ここでは、社会学者の阪井裕一郎さんが「結婚」の常識を問う 『結婚の社会学』 (筑摩書房)から一部を抜粋。配偶者選択の方法として「よばい」が常識だった、当時の村落の実態とは……。(全4回の2回目/ 最初から読む )
◆◆◆
明治時代以前の村落社会では、仲人や見合いという慣習自体があまり浸透していませんでした。というのも、多くの人が一生を通じて地理的に移動することのほとんどなかった時代には、同じ村落内で結婚する村内婚が一般的であり、その必要が生じなかったのです。
よばいというスタンダード
では、だれが結婚媒介を担っていたのか。
村落共同体の規制が強かった時代には、「若者仲間」と呼ばれる同輩年齢集団によっておこなわれるのが一般的でした。民俗学者の瀬川清子は『若者と娘をめぐる民俗』で、「昔の婚姻を真に支配したものは、若者仲間であった」と述べています。
村の若者たちは、若者仲間の年配者から性の手ほどきを受けたり、「よばい」をおこなうことで、配偶者を見つけ出していきました。よばい(夜這い)とは、夜に男が女の住居へと通い性的関係をもつことを意味します。よばいができるように、戸締まりをすることが禁じられていた共同体も多かったようです。
長きにわたって配偶者選択の最も標準的とされた方法がこのよばいであり、見合い結婚よりもこれこそが庶民の伝統だったわけです。
明治中期ごろまでは、結婚媒介は仲人ではなく、「若者仲間」や「娘仲間」と呼ばれる若者たちの組織する同輩集団を中心におこなわれました。
多くの地域で、一定の年齢に達すれば男は若者仲間、女は娘仲間に加入します。農村社会学の有賀喜左衛門によれば、若者たちはこうした集団に入り、氏神祭祀や村の義務、労働に参与することで、男性は女性に求婚する資格を、女性は求婚を受けるかどうかの決定権を獲得しました。
民俗学者の中山太郎は、若者の同輩集団を「若者連」と総称したうえで、若者が若者連に加入する一番重要な理由が「妻帯に必要なる準備を修得する」ことであったと記しています。
一定の年齢に達し、若者仲間や娘仲間に加入した者は、一日の仕事を終え夜中になると、男は若者宿に、女は娘宿と読まれる寝宿に集まり、夜なべ仕事をしたり話に花を咲かせたりしました(中山太郎『日本若者史』)。
寝宿の訪問による男女交際は自由におこなわれ、親がこれを阻止することはほとんどありませんでした。若者仲間や娘仲間の最も重要な役目が配偶者選択の手助けだったのであり、事実上の仲人の役目を果たしていたのです。武士の慣行が浸透する以前は、結婚に対して親が持つ権限はそれほど強いものではありませんでした。
「村の娘と後家は若者のもの」という言葉が全国にありました。若者は、自分の村の娘を守って他の村との交際を禁じており、村外の男と性関係を持った場合には若者仲間による激しい暴力をともなう制裁がおこなわれました。
瀬川清子は、村内結婚維持のための規制の強さについて、他村の男と親しくした娘への制裁は厳しく、そのころの結婚の大きな条件は村内婚原則だったと記しています。
村落共同体のなかの結婚
若者仲間による男女関係の統制は、結婚というものが村落共同体に強固に埋め込まれていたことに関係しています。
中山太郎の著書『日本若者史』には、当時の村落を生きた人たちの性や結婚をめぐる世界観が生々しく描かれています。
村落共同体において、未婚の娘たちは基本的に「若者連の共有物」とされていました。それゆえ、結婚して特定の一人が相手を独占するためには、若者連の承諾が必要とされました。
娘たちは、村内の男性には性的に従順であることを強いられた一方、村外者に対しては貞操を固守することが求められており、これに背けば村を追放となったり、暴力的な制裁を受けたりするのが当然でした。
鎌田久子らの著書『日本人の子産み・子育て』からも事例を紹介しましょう。
房総半島の山間部の地域では、縁談が決まると、親は娘を連れて酒一升をもって若者組の頭の家に行き「ムスメにしてほしい」と依頼する習慣がありました。キムスメ(処女)を嫁にもらうことは恐ろしいとする風習があり、当時「ムスメ」という言葉は「結婚準備完了の者」を意味したのです。
福島県相馬地方には、「オナゴにしてもらう」という言葉があり、結婚の話が決まると村の宿老に「破瓜」を依頼する風習がありました。女性が処女であることが忌避され、「婚姻可能な成女」であることを公表する意味があったというのです。
イエズス会宣教師として16世紀に来日したルイス・フロイスはこう述べています。
ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と貴さは、貞操であり、またその純潔が犯されない貞潔さである。日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉も失わなければ、結婚もできる。(ルイス・フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』)
当時は、処女のままでは結婚できないという規範が多くの地域に存在していました。「処女でなければ縁談に差し支える」などといった規範は、近代以降に登場したものなのです。
このように、村落共同体の規則や秩序が重んじられ、それを破れば厳しい制裁を受けましたが、同輩集団の婚姻統制が機能していた地方では、若い男女の結婚をめぐる自主性は相対的に大きかったわけです。
明治以前の庶民層には、現代から見ればかなり開放的な性・愛・結婚をめぐる慣習がありました。
こうした多様な習俗は、明治になると新たな「文明」の基準に沿って「野蛮」とされ排除されていくことになります。
共同体本位の結婚から家本位の結婚へ
明治期を通じて、日本の結婚は「共同体主義的結婚」から「家族主義的結婚」へと変化したということができます(姫岡勤「婚姻の概念と類型」)。
明治時代に入ってから、武士的な儒教道徳の浸透だけでなく、遠方婚姻の普及によって若者仲間の権威が急速に崩れていきます。交通の発達や市場経済の浸透といった社会構造の変動によって通婚圏が拡大し、他の村落に配偶者を探し求めることが徐々に一般化していきました。
従来のような幼馴染や若者仲間などが結婚に口出しすることは困難になり、その一方で親や身内の結婚に対する利害関係が強まっていきます。それぞれの家の価値を示す「家格」という問題が人々にとって重大な関心事となり、おのずと結婚の自由が制限されていくことになりました。
武士の儒教道徳を基盤とする教育勅語が制定されたのは1890年のことですが、民俗学者の赤松啓介は、これを境に人々の性や結婚を見る目が大きく転換したことを指摘しています。それまで人々にとって標準的な慣習であった「よばい」が、一転「野蛮」なものとして排除の対象とみなされていくことになったのです(赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』)。
それにかわって見合い結婚こそが「家」を基盤とした国家構想に好都合であり、社会秩序を安定化させるものとして規範化されていくのです。
血統維持のために婚前交渉も厳しく制限されます。結婚の条件として、生家の家柄や財産が重視され、結婚の最終決定権は家長にゆだねられることになります。
よばいが唯一の配偶者選択の方法であった村落の人たちは、よばいの禁止が政府から通達されると「どうやって結婚相手を見つければよいのか」と嘆いたといいます。
柳田国男は、「まずこれに反抗した者は娘仲間だったと伝えられる。わしらはどうなるのか、嫁に行くことができなくなるがと大いに嘆いた」と記しています(柳田国男『婚姻の話』)。
村落共同体を生きる人々にしてみれば、よばいこそが配偶者選択の「常識」であり、それ以外の方法は見当もつかなかったわけです。
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(阪井 裕一郎)
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