代理母と依頼者は「対等な関係」なのか? 当事者が語る、アメリカにおける“代理母出産のリアル”
文春オンライン / 2024年8月2日 11時0分
![代理母と依頼者は「対等な関係」なのか? 当事者が語る、アメリカにおける“代理母出産のリアル”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72170_0-small.jpg)
石原さんは現在、代理母出産などをコーディネートするエージェントとして活動している
〈 妊娠3カ月で子宮が破裂、実の妹が「私が産んであげるから」と…当事者が明かした、“代理母出産”に踏み切った理由 〉から続く
「経済格差を利用した貧困ビジネス」、「女性の子宮の搾取」など、負のイメージと結びつきやすい代理母出産。有償で行う場合は報酬として大金を受け取ることができるため、生きるための手段として貧困国では代理母になることを希望する女性もいる。
なお日本では代理母出産について定めた法律はまだない。一方、アメリカでは複数の州で代理母出産が認められており、なかでもカリフォルニア州は法律の整備が進んでいるという。
カリフォルニア州在住の石原理子さんは、17年前に代理母出産で子どもを授かった。その後、精子提供や卵子提供、代理母出産をコーディネートする「ミラクルベビー」を立ち上げた石原さんは、なぜ当時、代理母出産を選択したのか。そして、カリフォルニア州における代理母出産の実態とは。(全2回の2回目/ 最初から読む )
◆◆◆
――石原さんは、代理母出産によりお子さんを授かったあと、日本人向けに、精子提供や卵子提供、代理母出産をコーディネートする「ミラクルベビー」を立ち上げました。やはりご自身の経験が大きかったのでしょうか。
石原 娘は1月生まれですが、その前の年、まだ無事に生まれてくるかどうかわからないという時期に、ポンと考えが浮かんだんです。同じように子どもが産めずに悩んでいる女性の助けになれるんじゃないかと。
もし私が日本にいたのでは、絶対に代理母出産にはたどり着けませんでした。カリフォルニア州に住んでいてさえ、当時の私には代理母出産の知識もなければ情報もまったくありませんでした。
代理母出産を進めるにあたり、医師からは弁護士の紹介はありましたが、流れや、やるべき事を教えてもらうという事はありませんでした。彼は医療の専門家であり、エージェントではなかったからです。私達はこの頃はエージェントの存在さえ知りませんでしたので、自分たちで何をするべきなのか調べましたが、煩雑だったので順番も間違え、時間もたくさんロスしてしまいました。
そんな失敗も含めた自分の経験を活かしながら、日本人で代理母出産を希望する方に、たとえ英語が話せなくても私が医師や弁護士、保険会社などの間に入って説明やコーディネートをし、出産までの行程をサポートしていく事ができるのではないかと思ったんです。
そう思い立ってからの行動は早かったです。保険のエージェントに話を聞いたり、何人かの弁護士にインタビューして情報収集するなどし、娘が生まれた年の夏に、まずは卵子提供のエージェンシーを立ち上げました。その後、精子提供や代理母出産にも携わるようになり、現在は代理母出産については、信頼できる代理母出産エージェントと組み、私がコーディネーターとして間に入る形を取っています。
――ニーズはいかがですか?
石原 かれこれ17年ぐらいこの仕事をしていますが、ニーズは時代によって変化していて、現在は独身女性への精子提供サービスが非常に伸びています。代理母出産についてはそれほど波はなく、常に4、5件ほどをハンドリングしている状況です。
依頼者と代理母は「対等」なのか
――一般的に代理母出産は、「富裕層による貧困女性の子宮の搾取」など負のイメージが想起されやすい生殖医療です。石原さんはご自身が代理母出産でお子さんを授かり、さらにビジネスとしても長年、代理母出産に携わっていらっしゃいますが、そうしたイメージについてはどうお考えですか?
石原 もちろん、アジアや東欧で行われているような、依頼者と代理母で圧倒的に経済格差がある間で行われる代理母出産には、決してきれいごとでは済まされない側面が現実的に存在することは承知しています。
私が住むアメリカのカリフォルニア州で行われる代理母出産についてお話ししますと、代理母になるには経済的に安定していることが大前提で、政府から経済的な援助を得ている方は代理母になることができません。また、代理母および同居家族に犯罪歴がないことも条件で、こういったことはエージェントのほうであらかじめ調べることができます。ほかにも喫煙や肥満などの問題を抱えている方はNGで、心身ともに健康であることや、一人以上自身の子どもを産み育てていることなどが条件として挙げられます。
代理母になる条件
――カリフォルニア州では、経済的な事情から代理母になることはできないのですね。
石原 はい。そこはしっかり審査します。こうして候補にあがった複数の代理母と、依頼者の希望をもとに我々がマッチングさせていくのですが、一方で、代理母にも依頼母を選ぶ権利があります。代理母側は決して無条件で代理母を引き受けるわけではありません。
なかには、代理母が「私は39歳以下の方の卵子を用いる場合のみ受け入れます」という条件を出してくることもあります。代理母も、できることなら一度で妊娠出産に至ることを望んでいます。40歳以上の方の卵子では妊娠がなかなか難しく、流産する可能性が高いと考えている方もいるんです。何度も流産した代理母は、のちのち代理母として選ばれにくくなるという背景も現実としてあります。
――過去には、代理母が産んだ子どもを、依頼者側に引き渡すことを拒否したケース(ベビーM事件)がニュージャージー州で起こっています。
石原 現在、アメリカで行われる代理母出産の多くが、子どもを授かるにあたって代理母の卵子を用いることはしておらず、依頼母の卵子を用いるか、それが難しければエッグドナーの卵子を依頼者側で用意することになっています。代理母の卵子を用いるとお腹の子に愛着がわいてしまい、依頼者への子どもの引き渡しを拒否する可能性もありうるため、それを避けるためです。なお、カリフォルニア州では、代理母出産においては依頼者側に親権があることが法律で明記されています。
代理母になる動機
――経済的な事情が背景にある方は代理母に立候補できないし、流産する可能性もあるなど常に身体的なリスクとも隣り合わせですが、代理母に立候補する女性の動機はどんなところにあるのでしょう?
石原 もちろん、大きな謝礼を手にできるチャンスであることは確かです。ですが、きれいごとを言うつもりはないのですが、まず大前提として、代理母になるには人を助けたいという気持が根底にないと難しいと思います。
自分の子どもを育てながら、着床しやすくするためのホルモン剤を打ち、自分の都合は後回しにして、つわりがひどくても、医師とのアポイントメントを守り、体調を整え、妊娠、出産という大仕事を全うしていく。
妊娠しなければ、謝礼も一切受け取ることはできません。「依頼者に素敵なギフトを贈りたい」という気持ちがなければできることではないと思いますし、逆にいえばそれこそが代理母になる一番の動機だと感じています。
「運命共同体」だと感じた瞬間
――つまり、経済的にも、心理的にも両者は対等ということでしょうか。
石原 はい。ただ悲しいことに、なかには依頼者側が代理母に一方的に、「お金払うから産んでよ」という態度を取ってしまい、代理母をまったく気遣わないケースも現実として起きているのでしょう。それが、代理母出産が「富裕層が貧困層を利用している」とイメージされる要因の一つになっているのではないかと。
実は、かつて私が関わったケースでもいらっしゃったんです。生まれるまで一通も代理母に労いのメッセージのメールを送らず、出産日になって突然現れてきた依頼者が。無事に生まれて結果的にハッピーではあったんですが、代理母のほうが「会いたかったー!」と号泣してしまって。
そんな様子を見て、私もとても複雑な気持ちになりました。代理母は、お腹の中にいる赤ちゃんの誕生を楽しみに待っている依頼者を想像することができてはじめて、代理母になることのやりがいを感じるわけで、依頼者との接点がないのはとても残念に思います。
私はもちろん、他の多くのエージェントも、とにかく依頼者と代理母とのコミュニケーションは非常に大事にしています。普段は、依頼者から代理母へのメールや対話を積極的に促すようにしています。「つわりはどう?」、「困っていることはない?」、「私達は毎日こんな風に過ごしているよ」など、どんな些細なことでも、たとえ英語が話せなくても、日本語で書いてくれたら、私が代理母に訳して必ず伝えますからと。
日本の方って、あまりやりすぎるとかえって迷惑なのではないかと考えがちなんですが、代理母にとってみたら、気持ちを表現して伝えてくれるほうが嬉しいし、特に日本に住む依頼者の事が想像できることは、安心につながるんです。アメリカ人はコミュニケーションをとても大事にしますし、そうやってお互いに対話しながら妊娠週数を重ねるうちに、両者の信頼関係が出来上がっていくんです。
これは象徴的なエピソードなんですが、ある代理母が妊娠判定で陽性と出た時にメールをくれたことがあります。その文面には、「I’m pregnant」ではなく、「We are pregnant」って書いてあったのですが、依頼者夫婦、代理母、そしてコーディネーターの私を含めた三者の運命共同体による共同作業という想いが込められているようで、本当に嬉しかった。そんな関係性において、上とか下とか、強いとか弱いという概念は生まれようがないと思っています。
子どもへの説明は…?
――娘さんには、代理母出産で生まれたことについて話していらっしゃいますか?
石原 4歳ごろですかね、妊娠中でお腹の大きなお友達のママをみて、「私もママのお腹に入っていたの?」と娘に聞かれて、すごく戸惑ったことがありました。夫と相談して、次に聞かれたときは、妹のお腹のなかで育ったことをちゃんと伝えようと決めたのですが、その後、聞かれることもなく時が流れてしまって。
娘が小学生になったとき、たまに受精卵を移植したクリニックの前を車で通ることがあったので、そのタイミングで「ここでママとパパの受精卵をつくって、ママの妹のお腹で育ててもらったんだよ」と伝えました。
そのときは、フーンというだけで自分の出自が特別なことのようには感じていなかったようですが、あるとき、小学校の担任の先生が、私の仕事にとても興味をもってくれたことがありました。なぜその仕事をしているか理由を聞いてきたので、私自身、妹による代理母出産で娘を授かったことを話したんです。するとその先生が、「お母さんが二人もいるなんて、ラッキーガール!」と娘に言ってくれて。娘もとても嬉しそうでした。
あとは中学生になったときでしょうか。娘は水泳をしているのですが、スイマーでオリンピックの金メダリストであるミッシー・フランクリンの自叙伝を読んでいたところ、彼女が代理母出産で生まれたことが書いてあったそうです。私のところにすっ飛んできて、「ミッシーも代理母出産で生まれたんだ!」といって、自分から代理母出産の話をしにきてくれました。憧れのスイマーと一緒だったことがすごく嬉しかったようです。
娘は産みの母である妹とも、普通に仲良しです。「自分の子どもたちより、あなたがお腹にいたときが一番重かったのよ(笑)」と、他愛ない会話を二人でよくしています。
今後の展望は?
――貴重なご経験談をありがとうございました。今後も代理母出産のお仕事を続けていきたいとお考えですか?
石原 日本では夫婦でなくては子どもを授かれないような風潮がありますが、アメリカにはシングル女性、シングル男性、同性カップル、性的マイノリティーの方が子どもを持つという夢を叶えられるチャンスがあります。代理母出産はその一つですが、お子さんを授かることへの希望や、代理母の命や健康など大きな問題にも関わることでもあります。また、私どもとは、お子さんを抱くまでの長い道のりを一緒に歩んでいくことになるので、まずは信頼してもらわないと決して託してはもらえない仕事です。
決して簡単な仕事ではありませんが、みなさんに家族ができてハッピーな姿を見るのは私の生きがいですし、コーディネーターとして培った経験、私自身の経験を活かしながら、これからもできうる限り続けていきたいと思っています。娘も当事者として、いつか自分の経験をもとに誰かを助けたいと思ってくれたらと願っています。
(内田 朋子)
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