ナチスはアウシュヴィッツを本当に「関心領域」と呼んでいた! 親衛隊員たちが収容所に興味津々だった“闇深”すぎる理由とは《田野大輔先生も登場》
文春オンライン / 2024年7月23日 11時0分
![ナチスはアウシュヴィッツを本当に「関心領域」と呼んでいた! 親衛隊員たちが収容所に興味津々だった“闇深”すぎる理由とは《田野大輔先生も登場》](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72189_0-small.jpg)
壁の外側では日常生活が営まれていた 「関心領域」公式サイトより
ナチス親衛隊員、それも絶滅/強制収容所の幹部職員とその家族の生活を「上昇志向アッパーミドルのタワマン族」的な角度からリアルに描いた傑作映画『関心領域』。原作小説とともに大変な評判になり、いわゆる“ナチ・戦争系”作品の固定客層にとどまらない、大きな波紋と反響を呼んだ。
イスラエルによるガザ地区攻撃の凄惨さが「ナチズムの教訓とは何なのか?」という根源的な疑問を投げかけたため、「ユダヤ人の善性」アピール込みの形でホロコーストを描くコンテンツの説得力がビミョー化してきた昨今、特に映画版『関心領域』は、ナチ側の事情と都合のみを描くことで「人間は、いかに日常の傍らにある悪や悲劇に無頓着になれるか」を観客に突きつけた。
結果として「ホロコースト系作品の最後の砦」として爆発的に評価されたのも、ある意味当然といえるだろう。
本作に関しては、すでに他媒体で原作小説にフォーカスした記事を書いたのだが、まだ全然言い足りないんですよ! という話を文春オンラインの編集氏にしたところ「じゃあ書くべし」とのことなので、さらに踏み込んだ話をここで披露させていただくのだ。
ナチスはアウシュヴィッツを「関心領域」と実際に呼んでいた!
ときに「関心領域」というタイトル、本来の意味は何なのか?
自らの関心事からちょっとでも外れていれば、そこにどんな地獄があろうと黙殺できてしまう人間の正常化バイアスのおぞましさを示す、心理的ダークサイドの核心を突く実に見事な言葉である。……がしかし、実はこの説明は半分しか正解でない。
なぜというに、実はそもそもナチス親衛隊が、アウシュヴィッツ収容所エリアをコードネーム的に「アウシュヴィッツ関心領域(Interessengebiet des KZ Auschwitz)」と実際に呼んでいた歴史的事実があるのだ。
つまりこの「関心領域」というコトバは現代的観点から見た皮肉でもなんでもなく、ナチ側自身にリアルタイムであれをそのように呼ぶだけの積極的理由があったことになる。
それは一体何なのか。興味深いことに、その「理由」「根拠」について、日本語だけでなくドイツ語・英語を使ってサーチしても、ネットからは何も出てこない。ただただ「アウシュヴィッツは『関心領域』と呼ばれており(以下略)」という既成事実が延々と示されるだけなのだ。
しかし、ナチス親衛隊がらみの他の知識を総合することで、ある程度の推測は可能だったりする。考えてみよう。
いわゆる「ガス室」の総本山としてのインパクトからつい忘れられがちだが、アウシュヴィッツ収容所の大きな特徴は「絶滅収容所と強制収容所の大規模な併存」にあった。
ユダヤ人を殺害することのみを目的とした絶滅収容所と違って、「むりやり働かせる」強制収容所は、ぱっと見的にはインパクトで劣る。しかしナチス、それも特に親衛隊の機能と構造を考えた場合、実はこれがいろいろと見のがせない。
そもそもナチス親衛隊とは何か。彼らは次第に公的な立場に食い込んで機能するようにはなったが元々はナチ党に属する私的な準軍事組織であり、法律上、国家機関たるドイツ陸海空軍よりも断然弱い立場にあった。
ゆえに物資や人員の調達などで(優先権がないため)常に困難に直面していた。軍服とかも通常の縫製工場で生産されるものは正規軍向けになってしまうので、自前で作らねばならない。そこで、強制収容所で親衛隊用の制服を作らせていたのだ。
これに限らずナチス親衛隊はいろいろとインチキくさい企業体をつくって資金調達を図っており、そのへんの雰囲気が実に、暴力団がフロント企業を使ってシノギを得るやり口に似ている。似すぎている。
ドイツのよい子たちが強制労働で製造されたお菓子を食べて元気になる! という暗黒ぶり
でもって結局、その中で最も効果的で収益率が高いのが「強制労働」事業だったという事実。そして、もともとは組織の裏ビジネス的な扱いだったのが、いつのまにかメッサーシュミット、バールセン、ジーメンスといった有名企業に囚人を「派遣」して儲けるとか凄い展開になっていくのだ。
まさに闇金ウシジマくんの世界である。というかウシジマくんも、この「ビジネス」を眼前に突きつけられたら多少は顔色を変えるだろう。ちなみにバールセンってお菓子の会社ですよ。ドイツのよい子たちが強制労働で製造されたお菓子を食べて元気になる! とか、暗黒ぶりにもほどがある。
そういえば、この「悪の派遣事業」の規制緩和を大々的にやったのが、つい最近まで「名だたる第三帝国の大幹部の中で、唯一イイ人だったっぽい」と言われていた軍需相アルベルト・シュペーアなのも、近現代史の裏面暴露として何気に見のがせないポイントといえるだろう。
さて、この極悪事業の元締めは、ナチス親衛隊の経済管理本部という部局だった。そして『関心領域』原作でも直接言及されているように、実はナチス親衛隊内には2つの対立派閥が存在した。
・経済管理本部(WVHA):ユダヤ人を労働力として活用したい派(経済重視)
・国家保安本部(RSHA):ユダヤ人をとにかく皆殺しにしたい派(イデオロギー重視)
この対立する両者の利害を一気に解決する巨大収容所システムとして、アウシュヴィッツが整備された、という文脈が存在する。
それは要するに「まず最初の選別である程度殺して、生き残りは限界を超えた過酷な労働で死に至らしめる」という、WVHAとRSHAの方針の妥協点の具体化であり、それが計算通りに上手くいくかどうかの巨大実験がアウシュヴィッツで為されていたのだ。
まさにナチス親衛隊の威信と存続が懸かった、ナチ上層部の注目を集めずにいられない壮大な実験。ゆえに「関心領域」と呼称された……と考えればいろいろ納得可能なのだ。いやまあ、人として納得していいのかという根源的な問題はあるけれど。
「ベンツとかBMWとかに発揮される合理化能力が、悪のシステムに向けられると…」
マライ「……と、以上が『関心領域』深掘りなのです」(BGMはNHK『映像の世紀』のテーマ)
編集氏「やっぱナチスドイツ超ヤバいですね。ベンツとかBMWとか、機械工学で発揮される芸術的な合理化能力が、悪のシステムに向けられるとこうなってしまうとは。ところでマライさんの推測、ガチの有識者に見ていただくと実際どうなんでしょ? 世間&業界を一撃で痺れさせた『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』の田野大輔先生とか……」
そこで、田野先生に見解をうかがってみました!
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「関心領域 Interessengebiet」については、 Wikipediaのこの記事 が詳しいです。
なぜそう呼んだのかについては詳しく書いてませんが、記事から読み取れるのは、親衛隊・警察の管轄上・経済上の利害(Interesse≒関心)が絡む重要な立入制限区域という意味でこの呼称が使われていたということです。
たとえば元々その地域に住んでいたポーランド人住民は立ち退く必要があったようです。ユダヤ人の虐殺が行われているために秘密保持が必要な区域という意味も込められていたかもしれませんが、基本的には強制労働を通じた経済活動(経済管理本部の目的)が行われる親衛隊独自の所有地という意味が大きいように思われます。
いずれにせよ、親衛隊が使った「関心領域」という呼称が、映画ではヘスの「関心領域」、つまり平穏な家庭生活にのみ関心が向けられているという意味とのダブルミーニングになっている点は見逃せないと思います。
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編集氏「つまり、マライさんの推測は基本的に当たりっぽいっていうことですか?」
マライ「そうですね。しかも関心領域の『関心』が、どちらかといえば強制労働工場からのアガリにフォーカスしていたのでは? という見解は、本稿の趣旨をより補強するものなので、やはりそうだったのかという感じです。ドイツ語wikiは私も見ましたが、プロである田野先生の目を通すと、さすがというか、ぐっと解像度が上がるのがわかりますね」
編集氏「『さすがに陰謀論が過ぎますよ』的な反応が返ってくるものかと思いきや……」
マライ「やはりナチス第三帝国は、そんじょそこいらの闇黒系な想像力を遥かに超えた悪の極みなんですよ。よくある説話ドラマ的なアプローチではまったくたどり着けないような凄い核心が、まだまだいろいろあると思います」
編集氏「田野先生が主張している『悪の凡庸さとは何だったのか問題』も、闇が深いですよね」
マライ「そうそう。みんなが『最悪』だと認識しているイメージより、現実はさらに一段も二段も知的に奥深くちゃんとヤバいんです」
ということで、田野先生、どうもありがとうございました!
「自らが携わっている『産業』を正当化して一種の誇りさえ持つために…」
今回あらためて痛感したのは、
「コルベ神父やアンネ・フランクの記録みたいなのだけでなく、闇金ウシジマくんや賭博黙示録カイジとかも読むほうが、ナチ組織やナチズムの力学や深奥をよく理解できる」
ということ。そして
「収容所システムを管理していた親衛隊員たちは、自らが携わっている『産業』を正当化して一種の誇りさえ持つために、道徳的矛盾や人間的葛藤について無関心を決め込もうとした」
のが、アウシュヴィッツをめぐる真の「関心力学」だったらしいということ。これはおそらく、「児童労働で作られたイケてるスニーカー」などの問題を含む今の資本主義の負のスパイラルとも無縁ではないだろう。実際、かなり辛い。
ナチズムはいろんな意味でまだ終わっていないし、ぶっちゃけ巧妙化している気がしてならない。そう、いわゆるネオナチみたいな、わかりやすいイキリ系ムーヴのみに目を奪われてはいけないのだ。(了)
(マライ・メントライン)
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