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モテてきた私…結婚して子を産んで、年を取っても続く地獄とは

文春オンライン / 2024年7月25日 6時0分

モテてきた私…結婚して子を産んで、年を取っても続く地獄とは

石田月美 ©ICHIKA HIIEAGI

 デビュー作『 ウツ婚!! 死にたい私が生き延びるための婚活 』で、高校中退→家出→大学入学→中退→精神科→婚活→結婚までの怒涛の日々と婚活how toを綴った石田月美氏。だが、人生はその後も続く。妻になり、母になっても満たされない、さらなる地獄のはじまりを綴る7月25日発売の『 まだ、うまく眠れない 』(文藝春秋)から一部抜粋してお届けします。

◆◆◆

モテは初対面がピーク

「モテてきたでしょう?」と聞かれたら、「えぇ。幼い頃からモテ散らかしてきました。人の一生分はモテてきたので、あとは余生だと思って過ごしております」と答えている。

 事実、私はよくモテた。小学校の通知表には「いつも男子たちを引き連れ」なんて書かれていたし、中学の頃はまだデートの作法を知らない男子の間で「どうやら映画に行くらしい」というマニュアルが流布(るふ)したせいで私は当時流行(はや)っていた『タイタニック』をすべて違う男の子と7回も見る羽目になり名作の興行収入に貢献した。

 しかし人間四十路(よそじ)にもなれば、自分がモテてきたか否かのみならず、そのモテがどういうモテなのかも理解するものだ。私のモテは初対面がピークである。そりゃあもう、めっちゃモテる。周囲を蹴散らし薙(な)ぎ倒すほどにモテる。私は美人でノリが良く華がある。結構イイ奴だとも思う。けれど、しばらく私と時間を過ごせばわかってしまうのだ。まぁ化粧上手いんだなとか、ノリが良いっていうより自意識の洪水でダムが決壊しその中をもがいてるだけじゃんとか、華々しさの作る影の方がデカくて影っていうか闇じゃねーかとか。

 それで大体の男性はきびすを返して遠巻きに見るに留める。見守ってくれる人たちこそイイ奴で、ほとんどの男性は闇に捕まる前にダッシュで逃げた。そういえば高校の入学式で五人の男子生徒に告白されたけれど、誰と付き合おうか悩んでいるうちに私の内面がバレ、全員から告白を撤回され、うち二人からは「俺が告白したことを誰にも言わないで欲しい」と懇願されたっけ。

 だから私は告白された回数は数知れぬが、お付き合いに至った男性に振られたことこそあれ振ったことはない。大体皆さん、「僕じゃ月美さんを幸せにできない」という「手に余る」の婉曲表現であとずさりしながら去って行った。

 こんな経験を重ねていると、自分はガワがモテるだけで性格とか人格とかは相当ヤバいらしいということくらいは理解するのであって、その理解はますます私のノリを良くさせた。つまり周りが期待している振る舞いを敏感に察知しそれに合わせるのである。なので私は下戸(げこ)なくせに飲み会で重宝されるようになった。大学入学直後から広告代理店の、向こうにとってみれば接待の一環である合コンには必ず呼ばれ、接待相手のキー局プロデューサーなどに人身御供(ひとみごくう)のように差し出され、タクシーからアクション俳優よろしく飛び逃げたりもした。今で言う「港区女子」の走りみたいな生活は私のガワモテ意識を加速させ、何にでもキャビアやトリュフをかける料理の味や、人狼ゲームで使うインペリアルスイートの広さ、南の島での「from this to this」みたいな買い物の仕方とか、下品な無駄知識を教えてくれたけど、私がやらせないと判明するとすぐ交代させられた。いわゆるヤンキー文化圏で思春期を送った私には「彼氏以外と淫(みだ)らなことをしたらフルボッコ」という教えが刻まれていたし、パイセンたちには「やらせない方がモテる」と習っていたのだ。押忍! と、教えを守っていたけれど港区ではそれってノリが悪いことになるらしく、私はすぐクビになりもっと若くて綺麗な子たちが瞬時に取って代わった。代わりはわんさか溢れるほどいた。そりゃそうだよねとも、そりゃないよとも思った。つい最近も知人から、「月美はやれそうでやれないから全然ダメ。やれなさそうでやれるが一番良い」と言われ苦笑してしまう。とにかく当時の私は「誰か~! 私の中身も受け入れて~!」とノリに流されるよりとめどない自意識の洪水で溺れかけていた。幼かったのだ。今と何が違うのか自分でもよくわからないが。

ウツになって、ニートになって、婚活して

 結局私は大学にも行かず飲み会ばかりしてウツになった。キラキラ女子ライフが私には合わなかったのだと思う。下戸な私はあの煌(きら)びやかな日々をシラフで送るのに疲れ果てた。私は長らく引きこもって大学も退学し精神科に通うニートとなった。キラキラ女子友だちからは連絡も来なかった。

 それから私は一念発起、婚活して結婚する。夫のことは勇者だと言わざるを得ない。私はとてもよくモテたけれど、それはあくまで観賞用で、既にトウが立って色褪(あ)せた沙羅双樹(さらそうじゆ)だったから。しかもだいぶ癖の強い沙羅双樹だ。誰も私のことを引き受けようなんてしなかったのに夫は籍を入れてくれた。私の母が結婚の挨拶に来た夫に、「返品不可です」と釘を刺したのもうなずける。まるでヤクザが無理やり売りつける鉢植えのような扱いで、私は夫のもとに納品された。

 モテ散らかした私はこれでようやく収まるところに収まり平穏無事な日々が訪れるのだと思っていた。誰かからの承認を求めて足掻(あが)き続けることも、男性から獲物のようにジャッジされた挙句仕舞われもせず逃げられることも、全部終わってゆるふわ主婦ライフが始まるのだと期待した。が、前者は私により後者は一部の男性により砕け散る。不倫のお誘いが激増したのである。

「ガワモテ+既婚」というのは、ある種の男性たちにとって一番都合の良いスペックであるらしく、お互い様であれば口をつぐむだろう、家人の居る夜や週末は連絡して来ないだろうと考えた本命のいる遊びたい男性たちがこぞって私を誘った。嬉しいはずがない。ナメんなよ、と。なにが「ヒルトンホテルでランチでも」だ。ランチ価格でお得って、お前はご褒美主婦か。「営業の合間にちょっと抜け出すんで」って、私をサボリーマンのネカフェ代わりにするんじゃない。某私大の哲学科教授に「僕、真理の探究が……したいんです!」とハプニングバーに連れ込まれそうになったこともあったけれど、そんな『SLAM DUNK』の三井君ばりに溜めて言われても。真理にも井上雄彦にも謝れ。

お手軽不倫の誘いが増える

 周りを見渡すと結構みんな不倫していた。私の観測では日本で最もお手軽な恋愛(モドキ)は不倫だ。別に他人がする分には勝手にすればいいと本気で思う。でも私は倫理や道徳や貞操観念の介在する以前に「ダセェ」からしない。幼い頃からモテ散らかしてきた自負があるので、そんなLINEスタンプ一つ「OK♥」とでも押せばすぐ始められるようなガワモテに今更興味がない。そんな訳で結婚して13年間、私は無事故無違反だ。さすが、『池袋ウエストゲートパーク』(IWGP)で窪塚洋介扮するキングに「悪いことすんなって言ってんじゃないの。ダサいことすんなって言ってんの」と教えられて育った世代である。ヤンキー文化は色々救う。

 ただ、モテてきたことの後遺症がある。これはモテてきた女性や現在モテている女性への注意喚起として老婆心ながら伝えておきたい。私は若い頃にチヤホヤされ過ぎたせいで「自分の好意は喜ばれるはず」と勘違いしている節がある。

 以前、敬愛する先輩作家とご一緒したときだ。私は緊張してその作家先生と全く喋れなかった。それでも存在感だけはある私はパーティー会場の片隅で場を沸かしていた。その後、喋れなかったことが悔やまれ私は作家先生にSNSでDMを送ったのだ。「ご著書拝読しております。私にとって先生はあまりにも魅力的で近づくことすら出来ませんでした」。今なら全力で自分にビンタして送信ボタンを押させない。その作家先生の返信はこうだった。「ご連絡恐れ入ります。拙著もお読み頂きありがとうございます。どうか、今の距離を保たれてください」

 やってしまった……。私は結構長いこと落ち込んだ。これじゃ若い頃にならしたセクハラオヤジそのものじゃないか。喋ってもいない、関係ほぼゼロの人間から急に「魅力的ですね」とメールが来るのだ。恐過ぎる。そりゃ恐れ入りますだ。事案待ったなし。作家先生の寛大さから私は事なきを得たが、気を付けようと肝に銘じた。「いつまでもあると思うな男ウケ、そのときめきはハラスメント」。モテてきた女の標語としてこれから掲げていこうと思う。

 しかし私はまだ足掻いている。誰かからの承認を求めて。衰え代えがきくガワなんてどうでもいい。私は私であることを受け入れられたい、認められたい。まだそう願わずにはいられない。だって叶ったことがないのだから。モテ散らかしてきたなんて勘違いかと疑うほどに渇望している。私は私の魂みたいなものにイイネを押してもらいたい。そう願って今日も文章を書き綴る。モテたい。四十路の主婦がまだそんなことを言っているのかと呆れられそうで、私も半ば自分に呆れてはいるのだが、そんなことが言えるようになったのだ。「女性がモテるとは男性から性的対象として認められること」という時代がようやく終わりに向かい、女性は選ばれるだけの存在ではなく、性的指向は異性だけではなく、恋愛なんてしてもしなくてもよく、家庭に閉じ込められることなく社会で認められたいと願ってもよく、性愛に回収されないモテを求めていい時代がようやくきたから言えるのだ。余生だと思っていたけどやっぱりモテたい。

 だが夫にしてみれば、「コッソリ不倫」の方がどれだけマシだっただろう。ある日突然、「編集さんに声をかけられたから、私、本を書くね! もちろん、あなたのことも!」と告げられた夫の不安と不満はいかほどか。夫は妻が自費出版ビジネスに捕まっていないことを確認したのち、「好きにしたらえぇ」と許諾してくれた。匙(さじ)を投げたと言った方が正しいかもしれない。

 もしも私の文章に惚れてくれる人がいたら、それこそが私の欲しかったモテそのものだ。「月美さんの文章はいい」。これほど目眩(めまい)をおぼえる甘い文句を私は他に知らない。

【プロフィール】
石田月美(いしだ・つきみ)1983年生まれ、東京育ち。高校を中退して家出少女として暮らし、高卒認定資格を得て大学に入学するも、中退。2014年から「婚活道場!」という婚活セミナーを立ち上げ、精神科のデイケア施設でも講師を務めた。20年、自身の婚活体験とhow toを綴った『ウツ婚!! 死にたい私が生き延びるための婚活』で文筆デビュー、23年に漫画化された。

〈 すべての女性は美しい…は残酷な欺瞞である 〉へ続く

(石田 月美/ノンフィクション出版)

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