「金メダルなんて獲らなきゃよかったと…」中学2年で金メダル→直後に記憶をなくし…岩崎恭子(46)が振り返る「生きてきた中で一番幸せ」の“その後”
文春オンライン / 2024年7月27日 11時10分
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©深野未季/文藝春秋
〈 カミソリの刃が送られてきたことも…〈14歳で金メダル〉競泳・岩崎恭子が五輪後に抱えていた“葛藤”「この話をするのは4年に1回でいいかな(笑)」 〉から続く
「今まで生きてきた中で、一番幸せです」
1992年のバルセロナ五輪。当時14歳の少女の言葉に、日本中が沸いた。競泳の史上最年少メダリストである、岩崎恭子さん(46)。その人生は、金メダルを獲った日を境に一変したという。
突然注目されたことによる強いストレスから、記憶障害に。「金メダルなんて獲らなきゃよかった」と後悔する日々がつづいた。そこからどのようにアトランタ五輪出場を果たしたのか? そして着衣泳の普及に努める現在について、岩崎さんに聞いた。(全3回の2回目/ つづきを読む )
◆ ◆ ◆
「13歳の時の自分に戻ればいいんだ」苦境から立ち直ったきっかけ
――解離性健忘(心的外傷やストレスによって引き起こされる記憶障害のこと)を発症するほどの強いストレスはいつごろまで続きましたか。
岩崎恭子さん(以下、岩崎) 高1ぐらいまでですね。バルセロナ直後は過大な注目がストレスになって水泳に身が入らず、大会に出ても平凡なタイムばかり。代表からも外れました。そんな私に水泳連盟がやる気を起こさせようとしたのか、バルセロナの時の泳ぎのフォームを解析して見せてくれたんです。自分では無意識だったのですが、キックするときに足指をパラシュートのように丸めて水を掴んでいたらしい。
そのように泳げばタイムが上がると私もコーチも考えてましたが、かえってドツボにはまってしまいました(笑)。そりゃあ、そうですよね、13~14歳と16~17歳では女性の体は大きく変わっていますから。当時はそんなことにも気が付きませんでした。
――そんな苦境から立ち直ったきっかけは何だったんですか。
岩崎 代表の選考からもれた私は高校2年の時、ジュニアの選手として米国のサンタクララでの合宿に参加したんです。13歳で代表に選ばれ、初めて合宿した場所でした。
あの時と同じ景色、同じプール、同じ水の匂い……。水に入った瞬間、13歳で無心で泳いでいた頃の記憶が蘇り、バルセロナ以降に堆積していた滓のようなものが一気に流れていった感じがしました。そして、13歳の時の自分に戻ればいいんだって。他人の視線や言動に迷わされるような生き方はもう止めようと。
そこからまた水泳が楽しくなり、96年のアトランタ五輪を目指そうと自分を奮い立たせました。でも、あと1年半しかなかった。これ以上体がもたないと思うほど、練習しましたね。
アトランタ五輪では10位に終わりましたけど、アトランタに向かう1年半はとても濃かったし、自分にも自信が持て、バルセロナの金にやっと心が追いついたかなとも思いました。
自分が母になった今分かること
――パリ五輪では岩崎さんと同じような思いをする選手がいないことを願うばかりです。
岩崎 最近はネットの誹謗中傷が社会問題になるほど深刻ですからね。選手はみな、全身全霊で闘っています。まずはそこを見て欲しいですね。万が一、期待に応えられない結果でも、その選手の未来を応援してあげて欲しいです。結果が出せず、一番落ち込んでいるのは選手本人ですから。
当時の私にとって、家族の存在が救いでした。母が毎日、学校の送り迎えをしてくれ、両親や姉、妹は、バルセロナ五輪前と何も変わらなかった。練習に行きたくないと言っても、母に強引に車に乗せられプールに連れていかれるし(笑)。自分が母になった今分かることですが、あの時の私を家族が全力で守ってくれようとしていたんだ、と。
中学生の娘が、バルセロナの時の私と変わらない年齢になりました。ただ娘の言動を見ていると、同じような立場に立たされても、動じないだろうなと思います(笑)。顔は似ているけど、全くの別人格。すでに自分を持っているし、友達との付き合いもマイペース。周りに流されないんですよ。テレビのアンケートなどで、「家ではどんなお母さんですか」という質問に、「酒を飲んでいます」と堂々と書くし。実際そうなんですけど(笑)。
着衣泳の重要性を広めていきたい
――最近は、着衣泳の普及活動に尽力されていますね。
岩崎 私が着衣泳を経験したのが20年ほど前。「服を着てどれくらい泳げるか」というテレビの企画に参加したのですが、元水泳選手なのにとても泳ぎにくかった。そして2011年の東日本大震災時に、着衣泳をマスターしていて命が助かった人がいることをニュースで知ったんです。その時、着衣泳の重要性をもっと広めていきたい、強くそう思いました。
すぐ活動したかったけど娘が生まれたばかりで手がかかったので、年に数回、講演やイベントで着衣泳の重要性を説いてきました。
着衣泳には水泳で学ぶ常識とは逆の知識が必要
――最近は気候変動で降雨量が急増し、線状降水帯も頻繁に発生するなど、水難事故のニュースが後を絶ちません。
岩崎 そう、水難事故や水害に見舞われたとき、生存を分けてしまうのが着衣泳なんです。着衣泳とは水難や水害の際に自分の身を守るための対処法です。水泳で学ぶ常識とは逆の知識が必要なんですよ。身体を動きやすくするため履いていた靴や洋服を脱ぐのではなく、靴や着衣、持ち物を浮力として活かして顔と足を浮かせる、背浮きと呼ばれる危機管理法です。
万が一、自分が溺れかけてしまった時だけでなく、溺れている人を見かけたときにどのように対処すればいいかなどを具体的に指導しています。
一人でも水で命を失う人が減るように
――着衣泳の普及活動は具体的にどのような形で?
岩崎 1990年代から小学校の授業などで、浮くことを重視した着衣泳の指導をやっていたみたいですが、今はそもそも授業で水泳をやる学校さえ少なくなってきています。その一方で、日本の溺死率は世界でも群を抜いて高い。昨年の全国の水難事故による死者・行方不明者は743名にのぼります(警察庁発表)。
それだけ日本人は、水に接する機会が多いと言えますが、だからこそ多くの人に着衣泳の大事さを知っていただきたい。水との良好な関係を築くためにも、水への正しい知識を習得して欲しいんです。
娘に手がかからなくなった数年前、日本スポーツSDGs協会と協力し、「着衣泳を広めるプロジェクト」を発足させました。学校や地方自治体、教育委員会などから要請を受け、出前授業のような形で活動しています。
特に地元の静岡県の教育委員会が熱心で、この夏にも小学校や中学校で、出前授業を行いました。全国展開する大手塾からも依頼がありますが、まだ、着衣泳の大事さ、必要性などはそれほど認知されていません。まずは静岡県で成功例を作り、いずれ全国的に広めていければと考えています。
私はプールで多くの人生を学ばせてもらった。だから、一人でも水で命を失う人が減るようこの活動を頑張っていきたい。それが水に対する私の恩返しですね。
〈 「彼女はやっぱりトップアスリート」池江璃花子(24)がパリ五輪までに“変えたこと”〈競泳・岩崎恭子が注目選手を解説〉 〉へ続く
(吉井 妙子)
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