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「死刑囚って言うなっ!」4人が死亡した和歌山毒物カレー事件・林眞須美(63)が、長男に投げかけた“言葉の真意”〈映画『マミー』〉

文春オンライン / 2024年8月3日 11時0分

「死刑囚って言うなっ!」4人が死亡した和歌山毒物カレー事件・林眞須美(63)が、長男に投げかけた“言葉の真意”〈映画『マミー』〉

長男の当時の記憶をもとに再現 ©2024digTV

 4人が死亡した「和歌山毒物カレー事件」から26年。2009年に死刑が確定した林眞須美の長男を軸に据えたドキュメンタリーが公開される。事件当時、長男は母親を「マミー」と呼んでいた。話題の一作についてジャーナリスト・相澤冬樹は「事件についてこれまでになかった見方を与えてくれる」と言う。(文中敬称略)

◆◆◆

「マミーがピアノを最後に弾いたのは、小学校5年の誕生日だった」

〈 マミーはやってないと思う。母親だからって訳じゃない。被害者を思えば軽々しく言えないけど、やっぱりマミーがやったとするにはおかしなことが多すぎる。だから僕は映画で訴えることにしたんだ。〉

 映画『マミー』が斬新なのは、有名な和歌山毒物カレー事件を描くのに、死刑が確定し、無実を訴えている林眞須美本人ではなく、その長男を軸に据えたことだろう。当時長男は、母親を「マミー」と呼んでいた。

 1998年7月25日、和歌山市内の夏祭りで出されたカレーに猛毒のヒ素が混入され67人が中毒となり、4人が死亡した。それから26年。長男が一人で暮らす室内にはウイスキーのボトル、隅に立てかけられたギター。いかにも30代男性の部屋だ。そこで寝っ転がって母親からの手紙を読むシーンがある。

「そういえば(長男が)小学5年生のバースデーに、ケーキにろうそくを11本立ててママがピアノでハッピーバースデーを弾いたのが、ピアノを弾いた最後です」

 そんな母親について長男は振り返る。

「教育熱心な母親。習い事にも熱心で、悲惨な事件を起こしたというイメージを持てない」

 事件に疑問を抱き始めたのは、発生からかなり経ってからだという。

「判決を読み込んだり当時の報道の細かな内容も見ていくと、明らかにおかしい部分がたくさんあって…」

映画が丹念に浮き彫りにする「有罪」の矛盾

 母親は現場で一人きりではなかった。ヒ素を入れる機会はなかったことを示す自分やきょうだいの証言は「家族だから」と受け入れられない。一方で近所の人の目撃証言は不確かなところがあるのに採用された。ヒ素についての科学鑑定にも専門家による食い違いがある。こうした矛盾を映画は丹念な取材で浮き彫りにしていく。有罪の信頼性が揺らいでいると長男は感じた。

「判決文では(事件で)お子さんが亡くなった情景とかも書かれていて、そういう遺族の思いを見た上で母親を信じるって、生半可に答えられるような発言ではない。その覚悟を持った上で改めて自分の記憶と照らし合わせた時、絶対に母親がやっているとは言えないという結論に至って。真実はどうだったのか」

 そこで思い出すことがある。NHKで一緒に仕事をした手練れのX記者が、当時、林夫妻に自宅でインタビューに臨んだ。話を聞くこと数時間、家から出てきたX記者に、外で待ち構えていたベテランの上司が「どうだった?」と尋ねると、X記者は少し考えて、「あれは無実ですね」。これに上司は、「毒婦にだまされやがって」と返した。それほどマスコミで真犯人説は根強かった。無実を確信したX記者は、帰り際、林家の玄関に家族のそろった写真が飾ってあるのに強い印象を受けたという。

「結婚とか普通の暮らしを求めなかった」

 報道の影響もあってか、今も世間で有罪を信じる人は多い。ヒ素を使った保険金詐欺を実際にやっていたことも大きい。映画でも、えん罪を訴える人々の前で通りすがりの人が、犯人に違いないと論じる場面がある。

 長男自身は「結婚とか普通の暮らしを求めなかった」という。相手に「どこかで迷惑をかけてしまう」から。自分の人生、母への思いを率直に語っている。これが核心に迫る力を生んだ。7月4日、試写会の後、私は監督の二村真弘に話しかけた。

「凄い作品ですね。話に迫真力があります」

 すると二村はややあいまいな表情を浮かべた。

「まあ、そうなんですけど、なかなかうまくいかないこともありまして…」

 様々な事情で成り行きに不透明な部分があるのかな、と感じた。その矢先の7月9日未明、驚きの情報が入った。長男への誹謗中傷が悪化し、実名や個人情報が流布されているという。Xで本人が投稿した。

〈『精神的に保ちそうにないです。映画「マミー」の公開中止の申入れをさせていただきます』〉

長男が投稿した面会室での会話

 当事者の家族がなぜここまで追い詰められねばならないのか? 監督の心中も察せられた。だが、ことは再び急展開を見せる。この日、長男は大阪拘置所にいる“マミー”に面会に訪れた。その後の投稿によると、こんなやり取りがあったという。

「それで映画どうなん? 観たん?」

長男「観たよ。すごくよく出来ていると思う。思いのほか反響が大きくて、沢山の人に見てもらえそうやなって浮かれてたわ」

 反響が大きい分、悪意を向けられることも増えて落ち込む。そこまでリスクを負ってやるべきか迷っていると伝えると、

「あんたがイヤな思いするんやったら、せんでいいよ」

 上映は無実を訴える力になるはずだが、あっさり中止を受け入れた。

長男「一回監督に相談してみるわ」

 同世代の人たちは日々楽しく暮らしているのに、自分には「親を早く殺せ」と悪意ある言葉がネットで浴びせられる。その気持ちはわからんやろ?と話すと、しばし沈黙の後、

「ぼくちゃん、林家はいつも楽観やで。元気いっぱいやっていこう」

 そう答えながら、少し泣いていた。

長男「なんで死刑囚に励まされてんねん(笑)」

 そう告げて面会室を後にすると、閉じたドアの向こうから大きな声で、

「死刑囚って言うなっ!」

報道機関は再検証すべきではないか?

 親子の人となりが伝わるようなやり取りだ。その後、配給会社からは、公開は中止しない、映像の一部を加工して上映する、誹謗中傷には法的措置を含め厳正に対処するという方針が発表された。公開直前にこんな事態が起きること自体、上映することの価値を物語る。この国には表現の自由があり、意見が違うとしても誹謗中傷は許されない。

 この映画は、今まで思ってもみなかった和歌山毒物カレー事件の別の姿を伝えてくれる。もしも林眞須美が無実だとするなら、誰がカレーにヒ素を入れたのか? 真犯人が気になる。そこに迫るのはこの映画の役目ではない。当時事件を報じた報道機関こそ真実を解明しなければならないのではないか? 遺族がえん罪だと訴える「飯塚事件」を描いた映画『正義の行方』で、福岡の西日本新聞が検証報道を行ったように。

 最後に、私はこの映画で見せる二村監督の“しつこい”取材ぶりが好きだ。地域住民に嫌がられても何軒も聞いて回る。事件の担当検事に、捜査員に、裁判長に、食い下がっていく。その熱意のあまり、ちょっと踏み込み過ぎてしまったようだが、そのことまでしっかり作品中でネタにしている。記者もこうじゃなくっちゃね、と再認識した。

『マミー』
 1998年7月、夏祭りで提供されたカレーに猛毒のヒ素が混入。67人がヒ素中毒を発症し、小学生を含む4人が死亡した。犯人と目されたのは近くに住む林眞須美。凄惨な事件にメディア・スクラムは過熱を極めた。自宅に押し寄せるマスコミに眞須美がホースで水を撒く映像はあまりにも鮮烈だった。彼女は容疑を否認したが、2009年に最高裁で死刑が確定。今も獄中から無実を訴え続けている。

 本作は「目撃証言」「科学鑑定」の反証を試み、「保険金詐欺事件との関係」を読み解く。「まぁ、ちょっと、どんな味すんのかなと思って舐めてみたわけ」とヒ素を使った保険金詐欺の実態を眞須美の夫・林健治があけすけに語り、確定死刑囚の息子として生きてきた林浩次(仮名)が、なぜ母の無実を信じるようになったのか、その胸のうちを明かす。

監督:二村真弘/2024年/日本/119分/配給:東風/8月3日(土)より[東京]シアター・イメージフォーラム、[大阪]第七藝術劇場ほか全国順次公開

(相澤 冬樹/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)

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