「父母を空襲で失い、自活するために体を売る者も少なくなかった」戦後まもない「上野」に若い女性たちが集まった理由
文春オンライン / 2024年7月27日 17時0分
![「父母を空襲で失い、自活するために体を売る者も少なくなかった」戦後まもない「上野」に若い女性たちが集まった理由](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72277_0-small.jpg)
写真はイメージ ©getty
〈 たちんぼ、ストリップ、ビートたけし…人気観光スポットになる前の「浅草」には何があった? 〉から続く
「上野に娼婦が溢れたのは、戦後だけの話ではない。もとを辿ると、江戸の街が大きく発展した江戸時代にまで遡る」――観光地としても名高い上野近辺。しかしかつては街娼・私娼たちが集まる怪しい街だった理由とは…。その歴史背景を、ノンフィクション作家の八木澤高明氏のベストセラー『 江戸・東京色街入門 』(実業之日本社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
◆◆◆
「写真なんか撮っちゃ駄目だよ」
今から20年以上前のこと。当時、20歳そこそこだった私は、上野駅で靴磨きをしていた初老の女性にカメラを向けた。すると、その女性は頑なに拒絶した。
肌の白さと東北訛りの口調が、今もはっきりと記憶に刻まれている。現在の上野駅を歩いて、あの靴磨きの女性がいた場所はどこだったのかと、探してみたが、靴磨きの女性はおろか、カメラを向けた場所もわからずじまいだった。
どことなく暗さがあった駅の地下道は、おしゃれなテナントなどが入り、過去のイメージは急速に失われつつある。かつての上野駅の姿を活写した写真家本橋成一の『上野駅の幕間』という写真集がある。その中には駅で立ち小便をする男の姿も収められているが、そんな光景はもうどこにも残っていない。過去の上野駅は低い地下道の天井ぐらいにしか名残をとどめていない。
街娼たちで占められた戦後の上野
上野は戦後からしばらく、東京でも有数のパンパンと呼ばれる街娼たちの街だった。上野駅前西郷会館(現在のUENO3153ビル)から京成上野駅入口へと繋がる表通りには、上野でも一番値が高い街娼たちが立っていたという。そこから上野の山の暗がりに向かうにつれて女の質が下がっていったそうだ。
そこを歩いてみると、街娼はおろか、日本人の姿より外国からの観光客の方が多いのではないか。テレフォンカードを売るイラン人やホームレスのテントが建っていた頃の暗いイメージは薄れている。公園の目まぐるしく変化する様は、今、目の前に存在する光景すら、すでに幻のように感じさせる。
ちなみに、戦後上野の街で体を売っていた娼婦たちの年齢は8割が25歳までの若い女たちで占められていたという。
戦後の混乱期ということもあり、手っ取り早く稼ぎ、生き抜くためには売春が有効な手段だったのである。彼女たちの中には、父母を空襲で失い、自活するために体を売る者も少なくなかった。
上野に娼婦が溢れたのは、戦後だけの話ではない。もとを辿ると、江戸の街が大きく発展した江戸時代にまで遡る。
「蓮の茶屋」と呼ばれたラブホテル街
上野恩賜公園の不忍池はもともと、東京湾の入り江の名残で、海が引いて現在の姿となった。江戸時代までは、不忍池から流れ出た忍川が隅田川へと繋がっていた。池も今よりは大きく、池の南を走る不忍通りぐらいまで広がっていた。ちょうど仲町通りのあたりが池畔になっていた。
現在の仲町通りは、キャバクラやフィリピンパブやタイパブなど、夜の帳が下りるとともに、艶やかなネオンが輝いている。そのルーツを辿れば、江戸時代の仲町通り周辺に建っていた出会い茶屋と呼ばれる、今でいうラブホテルに行き着く。江戸の人々は池を眺めながら逢い引きしたのだ。これらの出会い茶屋は不忍池の蓮が有名だったことから、別名「蓮の茶屋」とも呼ばれた。
百万人都市であった江戸において、不忍池は、雑踏から離れ、庶民の隠れ家でもあった。そして、上野駅周辺には、寛永寺の参拝客で賑わったことから、その客などを目当てにした、けころと呼ばれた私娼たちが多くいた。客を茶屋に連れ込む私娼もいたことだろう。神社仏閣が人を呼び、その周辺に私娼たちが集まるのは、音羽や芝など江戸時代の岡場所にみられるパターンである。
私娼たちがたむろした背景には、上野からほど近い下谷山崎町(現在の東上野四丁目あたり)に乞胸(ごうむね)と呼ばれた大道芸人、願人坊主(がんにんぼうず)、角兵衛獅子(かくべえじし)など、江戸時代の支配階級である武士、幕府や藩を支えた農民といった常民ではない人々が多く暮らしていたこととも無縁ではあるまい。下谷山崎町は、明治時代に入ると、都市へと流入してきた人々のアジールとなり、帝都三大スラムのひとつとなるが、すでに江戸時代、その流れが形づくられていたのだ。
(八木澤 高明/Webオリジナル(外部転載))
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