麻薬取締官から「スパイになってくれないか?」と…“どんなクスリも扱った”元大物密売人(63)が語る、薬物捜査に協力した理由
文春オンライン / 2024年8月3日 10時50分
![麻薬取締官から「スパイになってくれないか?」と…“どんなクスリも扱った”元大物密売人(63)が語る、薬物捜査に協力した理由](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72286_0-small.jpg)
取材に応じる渡辺吉康元受刑者 ©共同通信社
〈 「いくらでもオンナを抱け」「金に困ることはない」コカインの大量密輸で“荒稼ぎ”…麻薬捜査のスパイだった男(63)が、“大物密売人”になった経緯 〉から続く
超大物密売人――そう捜査当局からマークされつつ、麻薬取締官のエス(スパイ)となって暗躍を重ねた男がいる。男の名は渡邊吉康(63)。“カルロス”という通り名で知られる。薬物の密輸で大金をつかんでは酒池肉林の日々を送る一方、生涯の大半は刑務所暮らしという、筋金入りの密売人だった。
最後には、信頼していた麻薬取締官から裏切られた末に、名古屋刑務所で6年半の独房生活を送った。今回、筆者のロングインタビューに応じたカルロス。薬物で荒稼ぎして逮捕されるまでの、ジェットコースターのような人生のすべてを語り尽くした。(全3回の2回目/ 3回目 に続く)
◆◆◆
横浜刑務所を出所後、北京に住んで活動
コカインの密輸で懲役8年の実刑判決を受けたカルロスは、2003年春に横浜刑務所を出所。だが長い懲役暮らしは、裏社会のさまざまな人間と知り合うきっかけとなった。出所時には「やっと売れるな」と確信したという。
そのころには、コカインと覚醒剤を交換して取引できるようにもなった。カルロスは言う。
「当時、大阪の暴力団員にツテができたんだけど、どうせなら直接、生産地に仕入れに行った方がいいんじゃねえかって話になって、一緒に中国に行ったんです」
北京に住んで活動を始めたが、一味の中にいたのが、2002年ごろに日本中で資産家宅を襲う連続強盗事件を引き起こしていた、日本人・中国人混成「日中強盗団」の武田輝夫だった。主犯格として国際手配されていた。中国では、武田が仕入れ役で、カルロスが大連への運搬を担当していたという。大連からは別の人間が神戸に密輸した。
中国では違法薬物の取引が重罪
しかし2004年6月、深圳(しんせん)で中国当局の手入れがあり、一味は全員、逮捕されてしまう。カルロスは言う。
「俺、たまたま香港の女のとこにいたんですよ。みんな電話出なくて、大阪の組長さんとこに電話をかけたら、『カルロス、悪いけどな、すぐ日本に帰ってこい。何も言うな。この電話もやばいかもしれないから。今すぐ帰ってこい』って言われて、日本に帰ってきたんです。そこで、詳しい理由を聞きました」
カルロスによると、逮捕された一味の多くは暴力団関係者だった。中国では違法薬物の取引が重罪であり、死刑もあり得た。「だから、とにかく兄弟分たちを助けなくちゃなんないってことで、『カルロス、ツテを知らないか』と組長さんから頼まれた。それで中国のマフィアのツテをたどった末に、2000万円でなんとかできるだろうって話になった」
結局、ほとんどは執行猶予付きの死刑判決で一命を取り留めたが、武田だけは実際に死刑になった(2010年4月に執行)とカルロスは言う。
身に覚えのない銃刀法違反容疑で逮捕された経緯
だがそのころ、今度はカルロスが、まったく身に覚えのない銃刀法違反容疑で大阪府警の捜索を受けた。一緒にいた女性が覚醒剤を所持しており、共同所持の容疑で逮捕された。さらに偽造パスポートも30冊近く見つかり、旅券法違反でも摘発された。カルロスはこう説明する。
「俺、アメリカに入国できないでしょう? そこまでして入りたい国じゃないけど、ハワイの観光客とか、ビーチで立ってる売春婦たちとかには全部、俺が卸してたんですよ。あそこはロス・セタス(メキシコの麻薬組織)のシマだった。そこの売り上げが良かったんですよね。1日5000ドルぐらいあって。あれ捨てちゃあかんて思って、そのパスポートで行ってたんですね。おまわりには喋らなかったけど」
カルロスは合わせて懲役2年8カ月の実刑を受け、神戸刑務所に収監された。
神戸刑務所を出所後、またすぐに捕まったワケ
2007年3月に出所すると、すぐにブラジル人のスタッフたちが迎えに来た。麻薬密輸の中心地として知られるパラグアイの都市ペドロ・フアン・カバジェロと国境を接するブラジルの街を本拠にして、日本の和歌山県にコカインを送る計画が進行していたのだ。
カルロスは言う。
「ブラジルの舎弟たちを通じて、現地の郵便局長に賄賂を握らせたんです。それで、封筒に10グラムずつ入れて、1日100通ぐらい送らせたんです。でも1カ月ぐらいたったら、急に捕まった。
実は、その郵便局長の部下の副局長が、俺にも賄賂くれって言い出したんです。それを舎弟が断っちゃったんですよ。すると、その副局長がインターポールにチンコロ(密告)しちゃったんです。舎弟が俺に一言、言ってくれればね。たかだか10万円ぐらいの金を渋ったおかげで、とんだことに……」
2008年1月の和歌山地裁の判決によると、起訴されたのは封筒16通分で計約160グラムのコカインについてだった。
ヤメ検(元検事)の弁護士が検事と取引
「何キロ分とかだったらもう、とんでもない年数の懲役になるかもしれないと、目の前が真っ暗になった。でも、弁護士の力があったんだよ。俺がブラジルに滞在してる期間に、日本に送ってるものに関してだけ、起訴されたんです。それ以外は不起訴になった。
ヤメ検(元検事)の弁護士先生が検事と取引したわけです。俺は裁判で闘うつもりだったんだけど、こちら側が問題になった分量の件を認めたら、他のことには一切触らないでいてくれると言ってね」
判決は懲役6年、罰金200万円。すぐに罰金を支払い、大阪刑務所に収監された。カルロスは46歳になっていた。
麻薬取締部の関係者から「接触したい」と連絡が…
大阪刑務所にいたとき、警視庁の刑事が、ある事件で聴取したいことがあるとして、取り調べに来ることになった。罪状は「強盗殺人」だと聞き、面食らった。
何事かと身構えていると、現れたのは大学時代の同級生だった男性刑事。聞くと、八王子署の所属で、1995年7月に女子高生ら3人が殺害された未解決事件「八王子スーパーナンペイ事件」の担当をしているのだという。
中国でカルロスと活動し、死刑が確定していた暴力団員の武田輝夫が、ナンペイ事件の真相を知っているという情報が寄せられた――刑事はそう説明した。
なじみの同級生だったこともあり、カルロスは聴取に応じることに決めた。「北京で飲んでるときにね、俺も事件のことを聞いたんですよ。それで銃のこととか、聞いた話を刑事に伝えた」
2009年に警視庁は捜査員を派遣して武田輝夫を聴取。カナダ在住の中国人の男が実行犯を知っているとの供述を得た。その後、警視庁は男を旅券法違反で逮捕し、日本に移送させて大きな話題となったが、事件に直結する情報は得られなかったという。
この事件について供述を拒まなかったことで、事情を知る捜査関係者から協力的な人物として見られるようになったと、カルロスは言う。実際、2013年に大阪刑務所を出所した後、近畿厚生局麻薬取締部の関係者から「接触したい」と連絡を受けたという。
そこで、すでに密売人活動を再開させていた2014年7月、カルロスは自ら、大阪市の合同庁舎内にある麻薬取締部を訪問した。1階の受付で運転免許証を示し、入館証を渡された上で堂々と入室した。
そこで出迎えてくれたのが、ベテランの麻薬取締官だったXである。カルロスは52歳になっていた。
「エスになってくれないか?」
X取締官はカルロスに対し、他の密売人についての情報を求めた。カルロスは「じゃあ1つだけくれてやるわ」と、当時、金銭トラブル関係にあったYという密売人の名を挙げた。
X取締官たちは「お前、Yを知っているのか!」と色めき立った。カルロスは密売場所を全て教え、Yの顔写真についても「この男です」と署名して捺印。地図も渡されたので、詳しい拠点場所を指し示して署名、捺印した。さらにX取締官は、カルロスを車に乗せて拠点を案内させることまでしている。
「でもね、キンマ(近畿厚生局麻薬取締部)が密売場所を調べに行った後、『(覚醒剤が)なかったよ』と言うんですね。そりゃあ、ないはずですよ。だって俺が卸してるんだから。捕まえに行くっつったから、卸すのやめちゃってたわけですよ。そのときは、もしかしたら俺まで捕まえてくるんじゃねえかと、信用しなかったんです」
そこでX取締官はこう頼んだという。「悪いがカルロス、1ヶ月ぐらい渡すのやめてくれないか? 俺らもうまく、図面書けるから」。カルロスが応じ、Yは逮捕された。カルロスが情報源だと怪しまれないよう、ブラジルに滞在している期間中の検挙だったという。
これを機にカルロスは、X取締官から「エスになってくれないか?」と持ちかけられるようになった。カルロスは言う。
「じゃあ、俺に何をくれる? 俺はタダ働きなのか?って聞いたわけですよ。すると、『カルロスの関係先には一切、手を入れない。仕入れたものに関しては売ってもいいから』という話になった。これを聞いて、面白い話だな、まんざら嘘じゃないなと思ったんです」
麻薬取締官の交わした“密約”の内容とは?
このとき、X取締官と次のような密約を交わしたと、カルロスは説明する。
「おとり捜査として、3回目に俺が行く薬物取引で捕まえることになったんですよ。1回目、2回目の取引は泳がして。じゃあ1回目、2回目に行く取引っていうのはどうすんの? そのとき仕入れた物をこっちへ持ってくんの?って聞いたら、『こっちに持ってこられても事件として挙げなくちゃいけないから、売ってもいい』という。こういう密約があったんですよ。それをずっと続けてたわけですよね」
なぜ3回目という、回りくどいやりかたをするのか。そう尋ねると、エスだと疑われないようにするためだと説明された。
ただカルロス自身、口約束だけで信じたわけではないと言う。「仕入れた薬物のサンプルを見せてみたんです。それで、こいつら俺をパクるかなーと試したんですね。普通だったら、薬物所持で現行犯逮捕。でも、『こないだ話した通り、いいよ。そっちでやって』って。これが俺のメリットなんだなと思った」
こうしてカルロスは、麻薬取締官のエスとして行動するようになった。
スパイとしてX取締官と電話やメールで密に連絡を取り合い…
X取締官とは電話やメールで密に連絡を取り合った。エスとしてバレないよう、会う場所は麻薬取締部の事務所を避け、コメダ珈琲店やモスバーガーなどのチェーン店がほとんどだった。手に入れた薬物のサンプルを渡したのも、そうした場だった。
焼肉屋にも2回行き、酒を酌み交わした。領収証は取締官側が受け取り、「麻薬取締活動費」として決裁を上げたと、後に公判で明かされた。
2人は親密な仲となり、カルロスからバレンタインのチョコをプレゼントしたことさえあった。残されたメールのやりとりからは、その蜜月ぶりが読み取れる。
(2014/10)
カルロス「居酒屋行きましょう(笑)おやすみなさい。」
X取締官「居酒屋で申し訳ないです 行きましょう。美味しいとこ探しときます。」
(2014/12)
X取締官「お疲れ様です。ソウルからそろそろ戻る頃と思って。冷麺美味しかったですか?また連絡しますね」
カルロス「鋭いですわー。今さっき戻ったばかりです。まるで背後で見ていたように。さむ。また連絡ください。」
(2014/12)
カルロス「●の息子から連絡入り今日夕方保釈されるそうです。またダブルで長く行ってもらいましょう。」※ダブル=保釈中に別事件でも検挙する
X取締官「その方向で。よろしくお願いします。」
(2015/3)
カルロス「遅くなりました、すいません。ヤサわかりました!●●号線沿いにあるスーパー●●の向かい側らへんのマンションです。
(中略)昨日の夜に●●の方に仕入れに息子と行って帰ってくるので今、結構な量持ってると思われます。」
エスとして計10組の密売グループの捜査に協力
カルロスが捜査対象者の密売人に接触し、その間に張り込んでいる取締官が密売人の顔写真を撮影するということもあった。そうした際、X取締官は「バッチリ撮れました。ありがとうございます」と感謝するメールを送っている。カルロス自身が相手の隙を見て撮影することもあったという。
また、密売人と接触した際、スマートフォンを通話状態にしてX取締官に会話内容を聞かせることもしばしばだった。
カルロスによると、エスとして計10組の密売グループの捜査に協力した。危険を冒して覚醒剤の仕入れ先だった中国・深圳へ潜入捜査したこともある。カルロスが香港に着き、深圳で入国審査すると伝えると、X取締官はこんな、安心させるようなメールを送っている。
「すごいですね。全く大丈夫と思いますが、道中くれぐれも気を付けてください。無事の帰り待ってます」
〈 「警察や」「持ってるんか?」覚醒剤とコカイン所持で現行犯逮捕…麻薬捜査のスパイだった元大物密売人(63)が明かす、麻薬取締官の“裏切り” 〉へ続く
(武田 惇志)
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