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「警察や」「持ってるんか?」覚醒剤とコカイン所持で現行犯逮捕…麻薬捜査のスパイだった元大物密売人(63)が明かす、麻薬取締官の“裏切り”

文春オンライン / 2024年8月3日 10時50分

「警察や」「持ってるんか?」覚醒剤とコカイン所持で現行犯逮捕…麻薬捜査のスパイだった元大物密売人(63)が明かす、麻薬取締官の“裏切り”

取材に応じる渡辺吉康元受刑者(写真=筆者撮影)

〈 麻薬取締官から「スパイになってくれないか?」と…“どんなクスリも扱った”元大物密売人(63)が語る、薬物捜査に協力した理由 〉から続く

 超大物密売人――そう捜査当局からマークされつつ、麻薬取締官のエス(スパイ)となって暗躍を重ねた男がいる。男の名は渡邊吉康(63)。“カルロス”という通り名で知られる。薬物の密輸で大金をつかんでは酒池肉林の日々を送る一方、生涯の大半は刑務所暮らしという、筋金入りの密売人だった。

 最後には、信頼していた麻薬取締官から裏切られた末に、名古屋刑務所で6年半の独房生活を送った。今回、筆者のロングインタビューに応じたカルロス。薬物で荒稼ぎして逮捕されるまでの、ジェットコースターのような人生のすべてを語り尽くした。(全3回の3回目/ 1回目 から読む)

◆◆◆

エス(スパイ)としての最後の捜査協力

 最後の捜査協力となったのが、東海地方のイラン人密売グループの捜査だ。カルロスは説明する。

「うまくいかなかったことが続いて、じゃあ1つぐらい大きなヤマを当てようかってなって、イラン人にしたんですよ」

 2015年4月10日、カルロスは「今から名古屋取引です」とX取締官にメールを送信。この際、X取締官からは「(イラン人グループを)なんとか大阪に来させるように」と念を押されたという。

 イラン人グループとは接触に成功。翌日深夜に結果報告として、仕入れた覚醒剤の結晶をメールで添付してX取締官に送っている。俗に「縦割り」と呼ばれる、高純度な高級品だった。

 カルロスはこうして仕入れた覚醒剤を、トランクルームやスポーツクラブのロッカーに保管した。袋に小分けにした上で、ひとつひとつに「きよみ」「まお」など女性の名前を書き入れて分類していた。

 4月14日夜、X取締官の思惑通り、イラン人グループのリーダーWが大阪に到着。カルロスは喫茶店に連れ出し、あらかじめ指示されていた通り、Wが窓に顔を向けるようにして座った。張り込んでいたX取締官が、顔写真を撮影できるようにするためだ。スマートフォンは通話状態にしてあった。2回目の取引も無事、成功した。

リーダーWに「お前、エスなんじゃないか」と疑われ…

 そして3回目となる4月17日午後10時ごろ。カルロスはWらと、ミナミにあるビジネスホテルのロビーで待ち合わせた。合流後、カルロスが偽名で予約していた部屋に入室した。このとき、X取締官は付近で張り込んでいた。

 Wは「新しく作ったものが届いた」と言って覚醒剤を渡してきた。今回も無事に取引が進むかと思われたが、Wは突然、こう言い放った。

「お前と関わった奴らはみんな逮捕されているらしいな。お前、エスなんじゃないか」

 Wの配下の男が、ナイフを所持しているのが見えた。カルロスは命の危険を感じ、とっさにこう答えた。

「俺はロス・セタス(メキシコの麻薬組織)の人間だ。文句があるなら、このスマホで電話して自分で確認してみろ」

 この一言でその場は収まり、取引は終わった。しかしエスと疑われたこともあり、逮捕に及ぶことはなかったという。

覚醒剤やコカインが発見され、現行犯逮捕

 ピンチを切り抜けたカルロスだったが、このときすでに、大阪府警の内偵捜査を受けていた。府警は別の薬物事件の容疑者らを通じ、カルロスの密売網や薬物の保管場所などを特定。2015年1月ごろから捜査を始めていたのだ。

「どんな薬物でも扱っていた」「注文すれば1キロでも持ってこられると言っていた」「大阪で一番の大物密売人」「大阪の密売人は皆、カルロスから薬物を引いている」――容疑者らは府警に対し、口々にそう供述した。

 府警はカルロスの行動確認を実施し、自宅、当時の妻などの周辺人物、立ち回り先を調べ上げ、カルロスがWとビジネスホテルで接触した際も近くで張り込んでいた。

 そしてホテルでの取引から4日後の、4月21日深夜。薬物の保管場所だったトランクルーム前でカルロスは突如、「警察や」と声をかけられた。すぐに10人以上の屈強な捜査員が現れ、捜索令状を示した。刑事は単刀直入に聞いた。「持ってるんか?」

「あるよ、カバンに入ってるよ」

「トランクルームはどうや?」

「そこにもあるよ」

「どんぐらいあるの?」

「シャブ500とコカイン200ぐらいかな」

 その言葉どおり、覚醒剤やコカインが発見され、現行犯逮捕された。さらに、尿検査でも覚醒剤の陽性反応が出て、使用罪にも問われることになった。イラン人グループとの取引で、サンプルを炙って試した際のものだとみられる。「俺ももう終わりだな。キンマ(近畿厚生局麻薬取締部)に挙げさせたかったな」。カルロスは茫然自失のまま、そう呟いたという。

「密売に関わったら逮捕すると伝えていた」X取締官の“裏切り”

 カルロスの公判は、逮捕から3カ月後の2015年7月に始まった。

 公判で弁護側は、カルロスとX取締官の通話記録などの証拠開示を求めた。一方、検察側は開示を渋り続けた。しかし証人尋問の直前に「記録が見つかった」ことで裁判は紛糾し、半年以上、進行が遅れることとなった。

 この記録の存在によってカルロスがエスだったと証明されたことになり、法廷は一気に厳戒態勢に。防弾チョッキ着用の上、公判に臨むことになった。

 公判のハイライトとなったのは、X取締官の証人尋問だ。「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず偽りを述べないことを誓います」。そう宣誓したX取締官。カルロスから情報を得ていたことは認めたものの、密売をしていたとは知らなかったと主張し、以下のような発言を繰り返した。

「(薬物所持が判明したら)捜査対象にしていたはずだ」

「カルロスの情報は確度が低かった」

「密売に関わったら逮捕すると伝えていた」

「我々に協力したいという気持ちで情報提供してくれていたと思っていた」

 さらに、カルロスから薬物の粉末を提供されたことについては「何か全く分からなかったです。見た目で指定薬物と分かることはありませんし」としらを切った。弁護側から証拠開示を求められていたX取締官の「捜査日誌」の開示が遅れたことについては「うっかり見落としたからです」と言ってのけた。

語るに落ちるX取締官

 カルロスは忌々しそうに振り返る。「法廷で証言を聞きながら、怒りで飛びかかろうとする自分を抑えるのに必死でしたね」

 ただ、完全にしらを切り通せたわけではない。弁護人の市川耕士弁護士の追及に対し、以下のように本音を口にする場面もあった。

 市川「カルロスさんは、それまで散々、密売人の情報をあなたに提供してくれた人ですよね」

 X「……」

 市川「Xさん、19年も麻薬取締官やってるんですよね」

 X「はい」

 市川「そのような人物が出す薬物が、本当に違法なものじゃないと思ってたんですか?」

 X「まあ、正直に言えば指定薬物である可能性はないとは言い切れないと思ってましたが……(以下略)」

懲役8年6カ月、罰金300万円の大幅な減刑となった理由

 2017年4月、大阪地裁はカルロスに対し、懲役8年6カ月、罰金300万円の有罪判決を言い渡した。求刑は懲役13年で、大幅な減刑と言えた。これについて、村越一浩裁判長は次のように理由を述べている。

「(X取締官とカルロスは)『持ちつ持たれつ』の関係にあった。X取締官の対応が、被告人による違法取引を促進、助長した面があることは否定できず、捜査機関の一翼を担う麻薬取締官の行動が、被告人の意思決定に不当な影響を与えている」

 カルロスは名古屋刑務所に収監された。その間、偽証罪などでX取締官を告発したが、不起訴になった。

独房で孤独な日々を過ごし、服役中に高齢の母親が死亡

 刑務所で最初に任されたのが、官本(貸与本)などの管理をする「図書工場」だった。エスとしての経歴を重く見て、刑務所側から配慮されたのではないかとカルロスはいぶかしんだ。

「俺みたいな不良の、麻薬組織の人間が行けるようなとこじゃないんです。大学の工学部出て爆弾作ってた奴とかさ、コンピューターいじってた奴とか、そんなエリートっぽい人間が行くとこで」

 ずっと独房で、ひたすら孤独な毎日だった。服役中に高齢の母親が亡くなり、天涯孤独の身となった。それでも知人が身元引受人となり、昨年末に仮釈放を受けられた。職員からは「今回、ご苦労様でしたね」と、これまでの服役で一度も言われたことがないような言葉をかけられたのが、印象に残ったという。

 仮釈放時にはすでに還暦を経て、62歳となっていた。出所後は、警察署に巡回を依頼し、身辺に警戒しながら静かに暮らしている。「そりゃそうですよ、俺がもし潰された組織の人間なら許さないですから。こんなことしなきゃよかったなって思うんだけど、もうやっちゃったことだからね。この世界では、チンコロ(密告)が一番ダメなことだから。警察からは、夜は出歩かないでくれとか言われてますよ」

何度も刑務所暮らしを繰り返したことへの率直な思い

 何度も刑務所暮らしを繰り返した上、元エスとしての十字架も背負ったカルロス。自由の身となった今、何を思うのか。単刀直入に心境を尋ねた。

――人生の3分の1は、獄中にいるわけですよね。後悔はしてないんですか?

カルロス 全くないですよ。ロス・セタスの親方(幹部)が、最初に俺に言ってくれたような生活を送れましたしね。

 シャバにいる間は短かったけれど、毎晩飲みに行って、飲みに行けば何百万円も使って。今はできないけどね。俺はそんな利口でもないし、会社を起こしても大したことなかったし、もし麻薬を売ってなかったらこんな生活できたかなって、疑問が残りますよね。

 逆に、そういう風に思わないと、ちょっと納得できないんですよね。これでよかった、と。そう思わないとやってられない。

「おまわりもマトリも馬鹿じゃないから、いつか絶対捕まる」

――でも今はもう、そういう時代ではないわけですよね。

カルロス ないね。

――それはどうなんですか? 刹那的でもよかったってことですか? 

カルロス そうですね。もう一回、今からっていう気は、全くないですよ。

――若くないし、体力もだんだん落ちていくじゃないですか。そういう意味では、30、40代の脂が乗ってる時に、好きな思いができたっていうことですか?

カルロス そう、短い間だけれど。けど、親方だって何度も監獄に入ってるし。

 この世界の人間っていうのは、みんなそうですよ。普通の人間っていうのはそれだけ、危ない橋は渡ってないしね。でも、おまわりもマトリも馬鹿じゃないから、いつか絶対捕まりますね。

――一瞬の夢みたいなものを追い求めているってことですか? 

カルロス けど、みんな薬を使っちゃうんですよね。使って、くだらないことで捕まって、 よろよろになっちゃって、体が言うこときかなくなって。大体、薬やってて60ぐらいまで生きてる人間つったら、糖尿病になったとか、目が見えなくなっちゃってるとかが大概だからね。

畳の上では死ねないだろうと思っている

――違法薬物の密売が犯罪になっているのには、薬物依存症者という被害者が生まれてしまうという理由もあるじゃないですか。そういうことはあんまり考えないんですか?

カルロス それは俺も親方に教えてもらったんだけど、「(お前が売らなかったとしても)どのみち、お前以外の誰かが売ってるんだから」と。ただ、もちろんそのことで悩む人間もいる。子どもの時に、薬物に依存している親を見ていた人とかね。

 だから、この親方の理屈が正しいどうか、わからない。全くわからないけど、これでもう納得するしかないと思っていた。

――でもその理屈は、世間一般では通用しませんよね。実際に薬物の被害に苦しんでいる人はたくさんいます。

カルロス 親方からは「どっちみち、そんなシャバにいることないんだから。少なくとも20年は入るんだから、そこまで考えたらダメだ。それで帳消しだ。罰はもう受けてるんだから」と言われたね。「グズグズ言っても、答えようがない」と。まあ、そんな親方もブラジルで撃たれて死んじゃいましたけど。

――カルロスさんも、畳の上では死ねないだろうって思って生きてきたんですか?

カルロス 今でもそう思ってますよ。

 ……でも、やっぱり本当は嫌だねえ。正直なところ、そんな死に方はしたくない。当たり前でしょうけど。

(武田 惇志)

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