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“父親の遺産200万円”を被害者遺族に支払おうとしたことも…温厚で礼儀正しい青年が「7000円とリンゴ2個を盗むために」高齢者2人を殺害した謎《前橋高齢者強盗殺人事件》

文春オンライン / 2024年7月29日 11時0分

“父親の遺産200万円”を被害者遺族に支払おうとしたことも…温厚で礼儀正しい青年が「7000円とリンゴ2個を盗むために」高齢者2人を殺害した謎《前橋高齢者強盗殺人事件》

少年時代の土屋和也氏(写真:筆者提供)

 高齢者2人を包丁で刺して殺害しながら、盗んだのは約7000円と犯行後に囓ったリンゴ2個――。2020年9月に死刑が確定した土屋和也死刑囚を、不可解な犯行に駆り立てたものは何だったのか。彼と何度もコミュニケーションをとり、その人間性にまで触れたジャーナリストの高木瑞穂氏と、YouTubeを中心に活躍するドキュメンタリー班「 日影のこえ 」による新刊『 事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

◆◆◆

2017年6月、ついに面会することに

 面会を受けるか否かは和也自身が決められる。会える可能性はかなり低いと思っていた。拒絶の手紙を受け取った直後だからだ。が、和也は予想に反して面会を受け入れた。

 なぜ私と会う気になったのか。おそらく断れない性格なのだろう。

 東京拘置所の面会室。刑務官に連れられ黒いVネックのTシャツで現れた和也は、アクリル板越しに向かい合っても、ほとんど声を発することがなかった。

「何度も手紙を送ってしまい申し訳ありません」
「いいえ……」
「最近暑くなってきましたけども体調はいかがですか?」
「はあ……」

 一方的に問いかける私と、消え入りそうな声と小さな素振りで反応するだけの和也。4畳半ほどの部屋が、どんよりとした空気に包まれる。

 会話のメモを取る刑務官のペンが動くことがほとんどないまま15分の面会時間は終わった。しかし、部屋を退出する直前に咄嗟に口から出た「また、会いにきてもいいですか?」の問いには、なぜか明確に答えてくれた。

「あっ、はい」

 この会話を最後に、私は数百円の菓子を何個か土屋和也に差し入れて東京拘置所を後にした。しばらく通ってみよう。私はそのとき心に決めた。

 2度目の面会で和也に小さな変化が生じた。

「先日は差し入れありがとうございました」
「お口に合いましたか? 気に入っていただけたらまた同じものを入れますよ」
「ありがたいですが、悪いので大丈夫です。生活があるでしょうから」

 まだ2度目なのに、和也のほうから話しかけてきたのだ。さらにカネを渡さないと話すことすらしない、ひたすら差し入れを要求してくる者がほとんどのなか、こちらの生活を気遣った言葉を受け取るなど、初めての経験である。ますます和也の半生を知りたいと思うようになった。

「私は土屋さんの半生を社会に残したいと思っています……」
「はぁ……」

 差し入れに対する礼は述べるものの、それ以外の会話は成立しなかった。まだ和也から信頼は得ていない。

 事態が大きく動いたのは、初対面から半年後、特に深い考えもなく軽い気持ちでこんな質問をしたときである。

「母親とは連絡を取り合ってるんですか?」
「全然していない。手紙を書いても返ってこないから」

 いつもは頭をかきながらゴニョゴニョと返答する和也だが、そのときだけは強い口調で言った。目には怒りが帯びている。

「会いたいとかは?」
「全く思わない」
「じゃあ誰か会いたい人は?」
「お姉ちゃん……」
「連絡は?」
「どこに住んでいるかわからないし、(障害を持っているから)ひとりでは来れないと
思う」
「お姉さんと連絡がつくようになったら連れてきてあげましょうか?」
「ありがとうございます」

 和也からの、初めての明確な意思表示だった。質問を続けた。

「もし違う家庭に生まれていたら、ここにいなかったと思うことは?」
「自分がいちばん悪いですから。同じような家庭で生まれてもしっかりと生きている人はいます」
「そういう人たちと自分の違いはどこだと?」
「自分には無理でした……」
「半生の回顧録のようなものを書いてみませんか? もしかしたら土屋さん以外にも事件を起こした要因はどこかにあるかもしれない。罪が変わることはないけれど、社会に、ひとりの死刑判決を受けた者が半生を残すことで何か良い方向に変わることもあるかもしれないと思うんです」
「はあ……」

 明確な答えはなかった。だが私は、和也は書くと半ば確信した。これまで付き合ってきたなかで、和也は社会に対する不満や怒りを持ち合わせていると感じていたからである。

なぜ温厚で礼儀正しい青年が事件を犯してしまったのか

 面会を終えた数日後、和也から手記についての葛藤を記した手紙が届く。

(回顧録を)確かに発表したいですが自分の語イの少なさと表現力、どこまで記憶通りにかけるかなど不安と課題などを感じています。また世に問うべきという意見には賛成ですが、犯罪者などからの意見や訴えに耳を貸さないのが世間だと考えています。

 再び東京拘置所に出向いて和也を諭すように告げた。

「時間がかかってもいいから少しずつでも書いてみませんか? もしひとりでも考える人がいたら、それは意味のあることだと思うんです」
「……はい」

 東京高裁で行われた二審でも死刑判決が下され、「先日の判決は想定内でしたので驚いていません」と和也が語ったこの時期、私は和也とトコトンまで付き合う覚悟を決めていた。それは、決して和也を通じて社会への問いかけをしたいという責任感などではなく、なぜ目の前にいる温厚で礼儀正しい和也が事件を犯してしまったのか、全体像が見えぬまま断片的に彼の半生を聞いても、聞くだにわからなくなっていたからだ。

 ともかく、その後も毎月、東京拘置所を尋ねては、手記を完成させるため半生を聞き取る作業を行い、同時に手記の執筆を促した。それは犯行についてはもちろん、和也からの手紙を無視し続ける母親や、障害を持った姉たちとのいびつな関係を振り返る作業でもあるわけで、確かに和也にとっては苦痛な作業だったに違いない。それでも手記は、少しずつだが動き出した。

 半生を聞き取る作業は、強盗殺人に至るまでの動機を振り返ることから始めた。事件発生当時、和也は携帯ゲームにハマり借金を抱えていた。それが強盗を決意させる引き金だったと裁判では認定されている。

「何のゲームを?」
「覚えていないんです、本当に」

 また和也は、強盗目的で侵入した高齢者宅に朝まで居座り、起きてきた被害者と顔を合わせてしまったことから殺害している。

「なぜ家をすぐに出ていかなかったんですか?」
「事件のときの記憶がないんです。思い出そうとしても思い出せない。何を考えていたのか…」

被害者遺族に支払おうとした200万円

 事件の詳細は一切語らなかった。だが、「覚えていない」という言葉を嘘だとは思っていない。事実、和也は被害者への謝罪の言葉を述べていたからだ。「被害者の冥福は毎日祈っています。ただ何ができるのかわからない。死刑判決を求める気持ちはわかります」

 被害者遺族からすれば、情状酌量を求めるが故の、殺人犯による戯言に過ぎないかもしれない。だが、確かに和也には被害者への謝罪の気持ちがあった。和也は父親が残した200万円の遺産を被害者遺族に支払おうとした。和也が、逮捕されるまでその死を知らなかった実の父親が残したカネだ。が、その猛烈な処罰感情からか、遺族がそれを受け取ることはなかった。遺族から「謝罪の手紙も要らない」と法廷で言われたことで、和也は謝罪文を送ることもなく、その200万円を福祉団体に贖罪寄付するに留めた。

〈 面会に行くと目が真っ赤…7000円とリンゴ2個を盗むために高齢者2人を殺害《前橋高齢者強盗殺人事件》犯人男に託された“手記の中身” 〉へ続く

(高木 瑞穂,YouTube「日影のこえ」取材班/Webオリジナル(外部転載))

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