〈「しっかりやれよ」と札束をドーン〉杉良太郎が“唾を飛ばしながら一生懸命喋る”田中角栄から聞いた言葉
文春オンライン / 2024年11月4日 6時0分
田中角栄元首相 ©文藝春秋
俳優・歌手の杉良太郎氏は、長年の福祉活動などを通じて、芸能界から政財官界まで幅広い人脈を築いた。政界でも数々の大物政治家と深いつながりがあったという。(聞き手・構成=音部美穂・ライター)
◆◆◆
田中角栄から「君は日本の宝だ」
〈20代から政治家との交流があった杉にとって、政治家は人間の裏表を教えてくれた存在だったという。その代表格が田中角栄だ。〉
角栄先生には、「金さん」って呼ばれていてね。「毎週欠かさず『遠山の金さん』を見ている。政治家のように頭を使う仕事には、ああいう勧善懲悪のドラマが一番、気分転換にいいんだ」って言っていた。角栄先生は、顔がくっつくんじゃないかと思うほど、顔を近くに寄せ、唾を飛ばしながら一生懸命喋るんだよ。
「君はな、国民に夢と希望を与える立派な仕事をしているんだ。今の政治家に夢や希望を与えている者が一匹でもいるか? 自分の仕事に自信を持って、これからも頑張ってくれ! 君は日本の宝だ!」
ある時、事務所で角栄先生が「金さん、今から1人ずつ政治家を呼ぶから、横に座ってしっかり見ておけよ」と言う。横で見ていたら、政治家が部屋に入ってくるたびに「しっかりやれよ」と激励して、札束をドーン! 当時は、餅代なんて言って派閥の領袖が議員に“お小遣い”を渡すのが当たり前だった。でも、そうやって何人かに渡した後、角栄先生は、真剣な顔で言うんだよ。「どうだ? こんなふうにやっても、みんな最後は裏切るんだよな。人間なんてそんなもんだ」って。
角栄が言った「グサリとやられる」
別の時には、「ワシが電波を作ったんだ。その電波に今、やられてる。自分のつくったものにグサリとやられるんだ。金さん、それを忘れるな」って、そんなことも言っていたな。角栄先生は郵政大臣時代に、テレビ局の予備免許をめぐる調整を行って、新聞社傘下の局の統合系列化を進めたり、現在のマスコミの原型を作っていた。でも、そのテレビのワイドショーからバッシングを受けていた。
いくら恩を受けたって、裏切る人間はいる。何かあると掌を返したように攻撃してくる人間もいる。人間の汚いところをしっかりと見ておけよ。角栄先生はそういう思いで、カネの受け渡し現場を若造の僕に見せたんじゃないかな。
〈角栄との付き合いの一方で、杉は角栄と犬猿の仲だったとされる福田赳夫とも懇意にしていた。きっかけを作ったのは画家の安井曾太郎の妻・はま。はまに連れられて福田邸を訪れたのは、デビュー3年目のことだった。〉
福田先生との初対面は今も鮮明に覚えている。はまさんが「福田さん、杉さんはこれからのびていく俳優さんだから、後援会長になってあげて」と言うと、福田先生はじっと僕の顔を見て一言「はーはー、ほーほー。君はいい面構えをしているな。吾輩が後援会長を引き受けよう」。そう言って、会長を快諾してくれた。「はーはー」「ほーほー」っていうのが先生の口癖でね。
後援会が明治座を借り切って公演した時、僕が花道を進んでいくと、「おいおいおい、吾輩だ。ほーほーほー、はーはーはー、おいおい」と話しかけてくる声がする。ちらっと眼をやると、案の定、花道の脇に福田先生が座っていた。これには参ったね。僕は係に、「静かにしなさい」と注意をしてくるよう指示した。
福田先生は、息子以上に歳の離れた僕にも飾ることなく接してくれて、応援してくれた。ある時、派閥の幹部の集まりに僕を連れていって、「杉良太郎君だ。ひとつ宜しく頼む」と紹介してくれてね。そこにいた安倍晋太郎先生はそばに寄ってきて、「おやじ(福田)にもしものことがあったら、杉さんのことは自分が全部引き受ける」と言ってくれた。だけど、晋太郎先生のほうが、福田先生より先に亡くなってしまった。
「杉さんはお父さん」
後援会長の福田には、“芸能界引退”についての思いを明かしたという。それは、主演ドラマ『遠山の金さん』やレコード『すきま風』の大ヒットで人気絶頂にあった30代の頃だった。
僕は18歳で故郷の神戸から1人で上京して、下積み生活を経て20歳でデビューした。親孝行したい一心だったよ。でも、裏と表を使い分ける芸能界に疲れ果てていてね。デビュー当時、「歌番組に出るには、プロデューサーへのつけ届けをしなければならない」って聞いて、深夜にプロデューサーの家の前で待ったことがあった。箱の底に現金を忍ばせた菓子折りを持って、寒さに凍えながら。明け方ようやく帰って来たプロデューサーは、ひったくるように菓子折りを持っていった。
その後、念願の歌番組に呼ばれた。嬉しくて親戚中に知らせてまわったんだけど、僕の歌は1コーラスしか放送されなかった。なんでかといえば、つけ届けの金額が少なかったから。
でもそのプロデューサーは、僕が売れた途端にペコペコと頭を下げてくるような男だったよ。そんな人間が跋扈している業界で、何も信じられなくなった。
それに30代の頃は、ドラマを月に13本分収録するような生活で、人間らしい余裕なんてまるでなかった。このままいったらダメになるって思った。自分で潔く「杉良太郎を始末したい」と思って、お世話になった新聞記者に言ったんだ。「いつでも書いてくれ。『杉良太郎、引退』って。俺は人に殺されるのは嫌なんだよ。杉良太郎は、杉良太郎が殺すんだ」。それを聞いた記者は「杉さんが引退するなら自分も記者をやめます」とまで言ってくれたよ。
「君は純だな」
記事にはならなかったけど、ある時、福田先生から「ちょっと来てくれ」と呼ばれた。劇場の社長たちが「杉さんが引退すると言っている。福田先生、止めてください」と相談に行ったそうなんだ。
福田先生が「どうして引退するんだ。話を聞かせてくれ」と言うんで、自分の胸の内を明かした。そうしたら、福田先生はひと言。
「君は純だな。よくそんな純な気持ちで、芸能界を渡ってこられたな」
吐いた唾は飲めないし、媚びを売ることもできない。福田先生はそういう僕の性格を見抜いていたんだよ。結局、福田先生は「50年でも100年でもやってください!」と言葉を残した。僕は芸能活動を続けることになった。
◆
本記事の全文 は「文藝春秋 電子版」に掲載されています。杉良太郎氏の 連載「人生は桜吹雪」 は、「文藝春秋 電子版」ですべて読むことができます。
■杉良太郎 連載「人生は桜吹雪」
第1回「安倍さんに謝りながら泣いた」
第2回「住銀の天皇の縋るような眼差し」
第3回「江利チエミが死ぬほど愛した高倉健」
(杉 良太郎/文藝春秋 2023年12月号)
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