1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

運動能力の低下が叫ばれるのに「最高記録」だけは伸びているのはなぜ…? 子どものたちの運動能力の「二極化」が進んだ理由

文春オンライン / 2024年8月30日 10時50分

運動能力の低下が叫ばれるのに「最高記録」だけは伸びているのはなぜ…? 子どものたちの運動能力の「二極化」が進んだ理由

運動能力の二極化はなぜ進んだのか? 写真はイメージ ©getty

〈 「ボールをうまく投げられない小学生」急増の理由 〉から続く

「親が習い事としてやらせれば子どもは科学に裏打ちされた方法で運動能力をどんどん伸ばしていきますが、そうでない子はまったくやらない。それが両極化の主な要因だと考えられます」

 子どもたちの運動能力が二極化した理由を、ジャーナリストの石井光太氏の新刊『 ルポ スマホ育児が子どもを壊す 』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/ 前編 を読む)

◆◆◆

できる子とできない子、両極化する運動能力

 ここで押さえておかなければならないのは、子どもたち全員の運動能力が低下しているわけではないということだ。

 発育発達学が専門の引原有輝教授(千葉工業大)に聞いたところ、子どもの運動能力は全体的に下がっているというより、両極化しているのではないかと語っていた。

「今の子どもは、運動ができる子と、そうでない子の差がかなり開いているように思います。できる子は昔の子よりずっとできるけど、できない子はずっとできない。中間層が減っているのです。できない子が全体に増えているにもかかわらず、できる子がすごくできるようになっているので、国が示すデータほどできない子の運動能力の低下が目立ちませんが、できない子の問題は深刻だと思っています」

 たしかに運動能力の低下が叫ばれている一方で、子どもたちの各種目における「最高記録」は伸びている。

 小学生ではないが、わかりやすいのは、甲子園出場校のピッチャーの球速だ。昔は130キロ前後が普通だったが、最近のピッチャーは140キロ台を出すことが珍しくないし、150キロ台に届くこともある。一方で、同じ高校生の中にはボールを投げることすらできない子もいる。こう見ていくと、両極化という指摘は十分にうなずける。

 引原教授はつづける。

「原因として考えられるのは、親の意識や取り組み方の差です。今の子ども達は、気兼ねなく外遊びできるような仲間や時間そして場所(空間)がありません。そのため、週当たりの習い事の数(種類)も多くなっており、親が運動系の習い事や地域の活動に熱心であれば、子どもには身体活動への好循環が生まれて、運動能力をどんどん伸ばしていきます。しかし、そうでない子はまったくやらない。それが体力の両極化の要因の一つになっていると考えています」

 たしかに親がやらせるかどうかは大きい。

 ただ、親にしてみれば、体を動かす機会が減っていることは認識しているし、だからこそ習い事をさせたいと願っている。問題は、現実的にそれができる家と、できない家とに分かれることだろう。

 親の多忙さに加え、習い事にかかる経済的負担も大きい。民間のスポーツクラブで習い事をさせようとすれば、1種目につき月1万円前後かかる。これに交通費、用具代、合宿代等を含めれば、週3回習い事をやるだけで月平均3~4万円はかかるだろう。子どもが3人いれば月10万円以上だ。これを支払える家庭はそう多くはないはずだ。

 それでも親たちは経済的、時間的な負担を負ってでも子どもに習い事をさせたり、お金はなくても休日にどこかへ連れて行って遊んであげたりしている。

 子どもの運動能力が下がっているという事実があるかもしれないが、こういった親の地道な努力があるからこそ、子どもの運動能力の低下を今のレベルになんとか維持できているという見方もできるのではないだろうか。

限定されたスポーツ体験

 かつてスポーツは、習い事というより、自由な遊びの中で覚えるものだった。

「草野球」という言葉があるように、昭和世代の人たちは友達との遊びの中で野球を覚えたという人も少なくないだろう。公園や路上でするサッカーやバスケットボールも同じだ。

 だが、放課後の遊びの消滅と共に、そうした機会も失われた。校長(関東、50代男性)によれば、これで起きたのが、“スポーツ種目の分断”だという。

「今の子を見ていて思うのは、限定されたスポーツしかできない子が多いということです。自分がやっているスポーツは大好きだし、興味もあるけど、それ以外は見向きもしない子が増えているのです。だから、休み時間や放課後に体を動かそうとすると、自然とメンバーが固定化します」

 校長は次のような体験を教えてくれた。

 ある日の放課後、少年野球をしている子たちが校庭に数人集まり、ソフト(軟式)テニスのボールを使って野球をしようとしていた。校長が「周りに気を付けてやりなさいよ」と声をかけると、彼らは人数が足りなくて困っていると言った。

 その時、たまたまサッカーの上手な子が目の前を通りがかった。卒業後はサッカーの名門中学へ行くのではないかと噂されている子だった。校長は彼を呼び止め、野球をやらないかと誘った。

 ところが、実際にはじめてみると、その子はグラブのつけ方も、バットの持ち方もわからなかった。さらには、ボールを前に投げることすらできない。聞くと、野球のやり方をまったく知らないという。

 校長は仕方なく「それなら、みんなでソフトテニスをしようか」と提案した。だが、サッカーの上手な子も、少年野球をしている子たちも、テニスを見たことすらないと言った。

 この一件から校長は、子どもたちの身体活動の範囲が狭まっていることを実感したという。

 校長は語る。

「限定されたスポーツしか体験していないと、運動能力が総合的に育ちません。学校の体育の授業では、できるだけいろんなスポーツを体験させようとしています。ただ、1種目に割ける時間には限界があります。せいぜい3コマくらいでしょう。そうなると、ある程度の総合的な運動能力がベースとしてなければ、やらせてはみてもうまくできないままということになるのです」

 たとえば、体育の授業でティーボールをやらせたとする。ティーボールとは野球と似た球技で、ピッチャーの代わりに、バッティングティー(台)の上に柔らかなボールを置いてバットで打つ。

 授業の目的には、体力の向上だけでなく、ボール遊びの楽しさやルールを覚えさせることも含まれる。だが、ボールの投げ方すらわからない子たちが、2~3回授業でやったところで、楽しいと思えるまでには至らないだろう。

スポーツで自尊感情を上げるドイツ

「もう一つ心配しているのは、体験した競技が少ないと、スポーツへの苦手意識を必要以上につけてしまいかねないということです。球技が苦手な人でも、武道なら得意ということもありますよね。でも、サッカーしかスポーツの経験がなく、それがうまくいかなかったら、いくら武道のセンスがあっても、『私には運動能力がないんだ』と考えてスポーツ自体に興味を持てなくなる。そうした決めつけが、本来持っているはずの可能性を潰してしまうのです」とは先の校長の弁だ。

 このことは、小学校ではやらない競技に当てはまるかもしれない。

 短距離走、マット運動、バスケットボールといった競技なら、大抵の小学校で授業として行っているので、普段は外遊びをしない子でも、授業で自分の運動能力やセンスに気づくこともある。

 だが、アイススケート、剣道、スケートボード、相撲といった競技は、学校で習う機会が少ない。むしろ友達との日常の遊びの中で興味を膨らませ、やるようになるものだ。逆にいえば、友達と遊んでいないと、才能に気がつかないまま、スポーツそのものに苦手意識を抱きかねない。

 このことで私が思い浮かべたのが、ドイツにおけるスポーツの取り組みだ。

 ドイツでは、子どもたちは学校の授業とは別に、学校外で「シュポルトフェライン(スポーツ協会)」と呼ばれる地域のスポーツクラブに所属してスポーツをすることが多いという。ここは多世代が集まる地域のコミュニティーにもなっている。

 シュポルトフェラインが日本の習い事と違うのは、そこでは一つの競技だけでなく、たくさんの競技を好きに体験できることだ。メジャースポーツからマイナースポーツまで、同世代の仲間たちと楽しめる。放課後や休日にここへ行けば、子どもは一通りの種目をやってみることで、総合的に身体能力を伸ばしたり、何の競技に適性があるのかを見つけたりすることができるのである。

どうすればスポーツ嫌いを克服できる?

 現在の日本の体育の授業では、スポーツが得意な子と苦手な子を分けて、得意な子が1点とれば1点、そこそこの子が1点取れば2点、苦手な子が1点とれば3点として「公平性」を保っていることもある。これではスポーツへの劣等感を克服するのは難しい。

 今の日本の子どもたちを取り巻く環境を考えれば、ドイツのシュポルトフェラインのようなものを導入し、スポーツを通して自尊感情の向上を促すのも選択肢の一つではないだろうか。

〈 小学生がモップで先生の眼鏡を破壊する事件も…少子化なのに「校内暴力」が右肩上がりの理由【データ有り】 〉へ続く

(石井 光太/Webオリジナル(外部転載))

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください