関西空港のすぐ根元…“ナゾのふるさと納税の駅”「泉佐野」には何がある?
文春オンライン / 2024年7月29日 6時10分
関西空港のすぐ根元…“ナゾのふるさと納税の駅”「泉佐野」には何がある?
インバウンド、などという言葉がまだ聞かれなかったずいぶん昔。関西国際空港、つまり関空が開港してまもない時期だっただろうか。関西国際空港などムダだ、作るおカネがもったいない、赤字の補填はどうするのだ、などという意見が跋扈していたような記憶がある。
確かに、開港直後の関空は赤字だったし、利用状況もそれほど芳しいものではなかったようだ。大阪の中心部から関空に向かう特急「はるか」や「ラピート」も、運行開始直後のご祝儀が終わればお客の数は低迷していた。大阪の人にしてみれば、もともと中心部から近くて慣れ親しんだ伊丹空港があるのだから、ちょっと離れた海に浮かぶ関空に親近感を抱けなかったのもうなずける。
ところが、である。いまとなっては、関空がムダなんて、とんでもないお話である。ひっきりなしに外国人観光客がやってきて、まさに堂々たる日本の空の玄関口としての役割を果たしている。当時のムダ論が的外れ、などとあげつらうつもりはない。未来のことなんてよくわからない、ということだ。
ともあれ、関西国際空港である。関空は、大阪市南部の海の上、自治体でいうならば泉佐野市・泉南市・田尻町の3市町に跨がる人工島の空港だ。今回やってきたのは関空そのものではなく、その根元。南海電車「ラピート」が駆け抜ける南海本線と南海空港線が分かれる、泉佐野駅である。
関西空港のすぐ根元…“ナゾのふるさと納税の駅”「泉佐野」には何がある?
泉佐野というと、ちょっと前にはふるさと納税を巡ってあれこれ話題を振りまいた。その是非はここでどうこうするものではないが、あの泉佐野と、関空(の根元)の泉佐野。言われてみれば、同じ町なのだ。
泉佐野駅には「ラピート」を含めて南海のすべての電車が停車する。「ラピート」の一部は堺も岸和田も通過するというのに、泉佐野だけには必ず停まる。本線と空港線の分岐駅だから、といえばそれまでの話。が、やはり泉佐野という駅、そして町がそれだけ大きな存在感があるということは間違いないだろう。
南海電車のターミナル・なんば駅から泉佐野駅は、「ラピート」に乗ってざっと30分。南海には他にも大阪と和歌山を結ぶ「サザン」という特急もある。「ラピート」は全車指定席で運賃の他に料金がかかるが、「サザン」は一部のみ指定席。つまり運賃だけで乗ることができて、なんば~泉佐野間の所要時間はほとんど同じ30分である。
ともあれ、南海電車に揺られて泉佐野駅に着いた。
外国人観光客に「新幹線が来るんだよ」と言っても信じられそうな“巨大な駅”
泉佐野駅は、高架の実に大きな駅であった。外国人観光客に「新幹線が来るんだよ」と言ったら一も二もなく信じてくれそうなくらいだ。思えば、中部国際空港の付け根の駅、常滑駅も高架の立派な駅だった。空港の付け根の駅というのは、どこも特別なのだろうか。
そんなことを思いながら、高架のホームから階段を降りて、高架下の改札を抜ける。すると、その高架の駅舎のすぐ脇に寄り添うように大きなビルが建っている。高架とビルの間にはスキマがあるから、駅ビルというわけではなさそうだ。南側の駅前広場に出るには、ビルの柱の間を抜けなければならない。
このビルの正体は、ホテルであった。レフ関空泉佐野、というホテルだ。そのホテルの下をくぐり抜け、泉佐野駅南側の駅前広場。周囲には、ほかにもいくつかのホテルが建っている。関空まで南海電車で10分ほどという泉佐野なのだから、拠点とするにはうってつけなのだろう。
駅舎とホテルと、そして駅前広場。そんなしつらえの泉佐野駅は、実にひとつの都市の玄関口らしい雰囲気を持っている。駅前からまっすぐ南に延びる目抜き通り沿いには飲食店などが集まっている雑居ビルがあったり、少し先に行けば医療機関や商業施設。その周辺はおおむね住宅地で、大きなマンションもちらほらと目に留まる。
ちょっと前まで高架駅じゃなかった「大阪と和歌山を結ぶ駅・泉佐野」
と、こうして見ると泉佐野駅は取り立てて目立った特徴がなさそうではあるものの、空港の付け根に位置する都市のターミナルとしては、なかなか立派といっていい。きっと、外国人観光客も関空との行き来のどこかで宿泊する機会があるのだろう。
ちなみに、関西国際空港は1994年に開港した。特急「ラピート」と「はるか」も関空開港と同時に運転を開始している。その時点で、泉佐野駅は大阪と和歌山の間の途中駅のひとつから、空港輸送の要の駅になったというわけだ。
ただ、そのときはまだ泉佐野駅は地上にあった。高架工事の真っ只中で、いまの形が完成したのは2006年になってから。地上駅時代に駅前にあった小さな商業施設は閉鎖され、いまは高架下がちょっとした商業ゾーンになっている。
そして立派な広場が整備され、堂々たるホテルまで。泉佐野市の玄関口というよりは、関空の玄関口というほうがふさわしいかもしれない。
「ああ、これがふるさと納税で有名になった泉佐野ですね」で終われない“この町の本質”
……と、こんなところで話を終わらせてしまってはいけない。泉佐野駅の南側の駅前広場とその周辺を眺めて、ああここがふるさと納税で有名になった泉佐野なんですね、などと思って終わっては、この町の本質を見過ごしてしまうのだ。
泉佐野という町の大きな個性は、南側ではなく北側にある。高架下を抜けて北側に出ても、広場というほどの広場はなくて、せいぜい小さな公園があるくらい。タクシーやバスが停留して客を待つようなスペースはまったく用意されていない。駅前からすぐに生活道路、というほうが正しい。
ただ、それでも駅前からまっすぐ北に向かう道は商店街だ。現代的な商店街というよりは、昭和の面影の商店街。すぐに交通量の多い府道204号線にぶつかるが、それを渡った先にも駅前通りは続く。そして、いかにも古めかしい昭和のアーケードが待ち受ける。
アーケードの傍らには古い銀行の建物が建ち、そこから東に向かう商店街。さらに北側の路地の中に分け入ってゆくと、そこはもう昭和というよりは大正、明治、いや江戸の昔かと思うような、そんな木造の建物がひしめきあっていた。
アーケードの北側の一角は、ほとんどがクルマ1台が通れるかどうかという細い路地ばかり。それがあちらこちらへと入り組んでいるものだから、自分がどこにいるのかもわからなくなってくる。
目印になるような建物がほとんどないというのも、迷路のような路地を形作っているのだろう。ほとんどは古い木造家屋だが、ところどころに空き地があったり、真新しい戸建て住宅やアパートになっていたり。古い木造のままの建物も、人が住んでいないのか廃屋になりつつあるような建物もある。こうした古い建物を維持し続けてゆくこともなかなか大変なのだろう。
それでも、基本的には昔のままの木造の建物が集まる路地である。その中をさまよい歩いていると、まるでタイムスリップしたような気分になれる。名の知れた観光地にあるような武家屋敷の町並みなどとはまた違った、庶民の暮らしが息づいているような自然な街並みだ。
ずいぶん懐かしい雰囲気のこの一帯は…
この一帯は、「さの町場」というらしい。江戸時代に食野家という商人が拠点を置いて、海沿いの廻船業で栄えたのがはじまりだ。
アーケードの商店街は、孝子越街道ともいい、古くは大坂と紀州を結ぶ大動脈の一部でもあった。つまり、江戸の昔から街道と海の結節点、要の地だったというわけだ。そして、商人から漁師、農民までが集まって暮らすようになり、「町場」が形成された。それがいまの「さの町場」につながっている。
さの町場は、漁師町という一面もあった。だから、町場は海の際まで続いていた。当時の海岸線がどこだったのかは、いまでも一目瞭然だ。
入り組んだ路地を北に抜けてゆくと、あるところで路地が突然に途切れて視界が開ける。見えるのは関空に通じる高速道路やその高架下の大通り。ビュンビュンとクルマが走っているのが見える。高速道路の奥には結婚式場のような建物が見え、手前には緑地が設けられていた。ちょうどこのあたりが、昔の海岸線の境目なのだろう。
「ただの移動の拠点」ではない“泉佐野の顔”
古い町場と新しい埋立地の境目に設けられた公園の中を歩く。まるで、時代の移り変わりの狭間を歩いているようだ。そして、いかにも古い日本の原風景のひとつのごとき町場の中で、外国人観光客の姿を見かけなかったことを思い出す。
それがたまたまなのか、オーバーツーリズムを警戒してあえてアピールしていないのかはわからない。古い木造家屋の中には、いまも普通の暮らしを送っている人も住んでいるのだろうから、単純に「良い感じだから観光客を呼びましょう」とはいかないのもよくわかる。
が、この町をたまさか訪れた外国人観光客がいたら、日本の文化の奥深さに詠嘆するに違いない、と思う。空港の付け根の駅は、ただの移動の拠点というだけにとどまらない。それ以上の魅力と、日本らしさを持った町なのである。
写真=鼠入昌史
〈 大阪府で“たったひとつの村”「千早赤阪村」には何がある? 〉へ続く
(鼠入 昌史)
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