パリ五輪開会式のダンサーらがストライキ、空港や国鉄のスタッフは…メトロは一部閉鎖→道路は大渋滞の“ドタバタ騒動”
文春オンライン / 2024年7月26日 17時0分
![パリ五輪開会式のダンサーらがストライキ、空港や国鉄のスタッフは…メトロは一部閉鎖→道路は大渋滞の“ドタバタ騒動”](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/bunshun/bunshun_72359_0-small.png)
フランス芸能人労働組合 ルーシー・ソラン代表(FNNプライムオンラインより)
7月22日、開会式の4日前、通しリハーサル中に音楽が流れ始めると、約150人のダンサーが拳を振り上げて動きを止めた。メディアでの収録・放映など、2次使用報酬の差についての抗議活動である。
ダンサーの中には、断続的なスポット契約の者と、制作会社などと継続的な給与労働契約をしている者がいる。前者は60ユーロ(約1万円)であるのに対して、後者については雇用者との団体交渉が行われ1610ユーロ(約27万円)を支払うとしていた。オリンピック組織委員会は、労働協約などへの違反はなく、スポット契約のギャラも少し高くなっているとしている。
組合ではこの日行動した者たちを含めた250人ほどが、本番でのストを表明しているという。7月26日の開会式本番を前に、フランスの高速鉄道TGVを狙った破壊行為も発生し、“騒動”が続いている。(取材・執筆:在仏ジャーナリストの広岡裕児氏)
◆ ◆ ◆
マクロンが国会解散で台無しにした
パリ・オリンピックの開幕まで2カ月を切った頃、パリのメトロの駅にはピンク色で会場の案内が掲示されるようになった。街の中にオリンピックとパラリンピックの垂れ幕もつけられた。仮設スタンドの準備も着々と進んだ。
しかし、話題はもっぱら6月9日の欧州議会選挙ばかりだった。
投票も終わり、「さあこれからはオリンピックだ」と思ったら、突然マクロン大統領が日本の衆議院にあたる国民議会を解散してしまった。
フランスでは首相が内政の責任者で、大統領は、国民議会の多数派政党または連立から首相を任命する。彼は誰にも相談せずに、数少ない大統領の専権事項である国会解散の伝家の宝刀を抜いた。
「無謀な賭け」「クレイジーな解散」と身内からも批判された。国民の目は否応なしに政治に向かい、オリンピックムードは下火になった。
政治評論家のギヨーム・タバール氏によれば、大会の準備は非常にうまく進み、称賛に値するものだった。ところが、「エマニュエル・マクロンは2024年パリ五輪も解散させてしまった」と述べていた。(6月27日「ル・フィガロWeb」)
メトロの駅が閉鎖、渋滞は緩和されない
おまけにオリンピックの準備で、バカンス前の忙しい中、至るところで工事が行われ渋滞。工事が終わったと思ったら、実は自転車レーンの拡張だったため、一向に渋滞が緩和されない。ナビで抜け道を指示されても、皆そこへ集中するから役に立たない。遅々として進まぬ車の横を自転車が走っていく。
地上だけではない。たとえば、ブレイキンやスケートボードなどの会場となるコンコルド広場ではメトロの駅が閉鎖になった。出入りができないだけではない。ここは町の要所でメトロが3線交差しているのだが、電車は止まらず乗り換えもできない。昨年のラグビー・ワールドカップでもコンコルド広場には、オフィシャルグッズのメガストアがあり、ファン・ゾーンもあった。だが、閉鎖されたのは、重要な試合がある日の午後から終電までだけだった。ところが、今回は何と6月17日から9月21日まで3カ月以上の閉鎖だ。
7月7日の選挙結果では、国民の極右への危機感が残っていたことで、極右政権の誕生とはならなかった。だが、与党連合はさらに82議席減らし、その分極右とその連携の右翼勢力と左翼連合が伸びて、三つ巴で動きが取れなくなってしまった。政治の混乱は深まり、ますますオリンピックどころではなくなってしまった。
セーヌ川での予行演習は…
6月24日に1万人の選手をのせる94隻の舟が一堂に会して行われる予定だった開会式の予行演習は中止になった。すでに何度か中止されている。理由は水の流れが速いから。17日には半数の舟だけの予行演習はできたがその時には、水量は1秒間に298㎥だった。だが中止が決定された21日には516㎥、23日には666㎥になった。通常の夏は100から150㎥である。セーヌ川はいま泥水だから、上流の雨の影響だろう。
6月23日に遊泳すると言っていたパリのイダルゴ市長は、選挙を理由にのばしていた。だが、実際には、泳げる水質ではなかったのだ。この6月初めからパリ市は水質と水流量発表をはじめたが、6月23日は大腸菌が100mlあたり3000個を超えていた。トライアスロン競技の開催の最低基準は1000個以下だ。
晴天で水質も改善し、市長は7月17日にセーヌ川に入った。
ちょうど7月14、15日に聖火がパリを巡回したタイミングで大いに盛り上がった。再来年の選挙に不出馬を表明して、このオリンピックを自分のレガシーにしようとしているイダルゴ市長は、世界中の報道陣と護岸壁上に鈴なりになった見物人を前に得意満面だった。
懸念されるテロ対策
本来ならばアタル内閣は総辞職した時点で、大統領が新しい首相を指名するのだが、極右や左翼連合を指名することをマクロン大統領は拒否し、かといって伝統右派と協力しても過半数にはほど遠いため、与党連合から出すわけにもいかず、現在は大統領が辞表を預かる形での日常業務だけを淡々とおこなう「辞職内閣」が国政を運営している。
そこで心配になるのが、もともとオリンピックの懸念の第1位に挙げられていたテロ対策だ。今のところは、7月15日夜、西駅で警戒中の軍人が、18日にはシャンゼリゼ近くで警官が、いずれも犯人にナイフで切り付けられた(15日の事件で、容疑者は精神科病院に収容されたと発表があり、18日の事件では、犯人の男は別の警官に腹部を撃たれ搬送先の病院で死亡した)。
このような事件はまだまだ起こる可能性があるし、組織的には弱ってきているとはいっても、個人でネットを通じて過激テロ思想にハマってしまった人が増えている。6月初め、ノルマンディ上陸作戦80周年の直前には、パリ・ドゴール空港近くのホテルで、ドンバス出身のロシア語話者のウクライナ人が手製爆弾を誤って爆発させるという事件も起きた。
オリンピック中の特別手当をめぐるスト
テロと並んで危惧されていたのが、冒頭で紹介したストだ。
オリンピック中の特別手当を巡って、5月頃オリンピック期間中もスト期間として各分野の各組合から届け出があった。実際にストも行われた。オリンピック中にストをやられてはたまらないという大統領や政府の圧力もあって、結局、次のような金額で妥協した。
・RATP(パリ交通公団)平均1000ユーロ、バス電車の運転手は1600~2500ユーロ
・空港管制官 月額給与の4.68%まで
・警官 五輪競技のある県1600ユーロ、イルドフランス地方(パリ首都圏)1900ユーロ
・清掃員 600~1900ユーロ
・病院 800ユーロ(最下級職員)~2500ユーロ(医師)
・国鉄は、1日95ユーロで1900ユーロを上限とする。このほか子供を預ける場合1日50ユーロ加算
(5月21日「ル・パリジャン」紙、1ユーロは約170円)
だが、完全に終わったわけではない。空港の職員は7月16日にようやく妥結したが、その協定に署名しなかった組合(FO、11%が加盟)は、開会式当日の26日にストライキを通告し、スポーツクライミングの会場やプレスセンターなどを結ぶ郊外の国鉄・民間の共同子会社運営の路面電車では、40ユーロの回答しかないとして、25日からストに入ると予告した。
「オリンピック中の政治休戦」の呼びかけ
7月22日、続々と各国の選手団が到着するパリ北郊外サンドニの選手村を訪れたマクロン大統領が「オリンピック中の政治休戦」を呼びかけた。今はもっぱら、混乱を極めるフランス政界を念頭に言った言葉だ。「どの口が言うか」といまさらながら呆れられている。
23日の夜には、マクロン大統領は、開会式の会場になるトロカデロ広場の博物館の屋上で国会選挙以来はじめてのインタビューを受けた。自分は正しかった、政治が混乱しているとしたら議員たちが努力しないからだと、予想されていた通りのスーパーエゴ(超自己中心)ぶりを発揮。「まるで別の世界に住んでいるようですね」と、いつもは冷静中立なベテランインタビュアーが極めて珍しくあきれ顔をした。
大統領の後ろにはエッフェル塔に掲げられた五輪。そして、開会式の設備が整ったセーヌ川。
翌朝の「ル・パリジャン」紙の1面は「私たちのメダルのチャンス」だった。いよいよオリンピックが始まる。
写真=広岡裕児
(広岡 裕児)
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