橋本大輝は「すべての経験を成長へと繋げてくれている」冨田洋之が語る体操男子“逆転金メダル”をつかんだ5人の“強さ”
文春オンライン / 2024年7月30日 14時30分
団体総合でリオ五輪以来2大会ぶりの金メダルを決め、喜び合う選手ら ©時事通信社
〈 「味わったことのないようなプレッシャーが…」「体脂肪率は1.2%でした」体操金メダリスト冨田洋之が振り返る、アテネ五輪で“栄光の架橋”を決めた瞬間のこと 〉から続く
エースの橋本大輝、2大会連続出場の萱和磨と谷川航、初出場となる岡慎之助と杉野正尭という5人の代表メンバーで挑んだ男子団体総合の決勝。最終種目の鉄棒で中国を追い抜く“逆転劇”をみせ、2大会ぶりとなる悲願の金メダルを手にした。
五輪ではアテネ大会と北京大会でメダルを獲得し、現在は指導者として後進の育成に携わる冨田洋之さん(43)。7月初め、日本代表選手たちの“強さ”や見どころについて伺ったインタビューを公開する。(全2回の後編/ はじめから読む )
◆◆◆
それぞれに得意種目があり、バランスが取れたチーム
――代表選手5人は、「団体で金メダル」と口を揃えています。個人総合や種目別の個人で活躍するのではなく、団体を重視していたのはなぜですか。
冨田洋之さん(以下、冨田) 東京五輪の悔しさがあるからだと思います。橋本が個人総合と鉄棒で金、萱があん馬で銅メダルを獲りましたけど、団体は僅か0.103の差で銀メダルでした。
団体は日の丸を背負うという意識が強くなる。他の競技では団体戦より個々の試合が注目されますが、体操は団体戦への注目度が高い。種目別にはない緊張感があるように思います。
今回のチームはバランスがいいと思います。東京五輪の悔しさを知っている橋本、萱、谷川がいて、新たなエッセンスとして岡と杉野が加わった。エース1人に頼るチームというより、それぞれに得意種目があり、全体にバランスが取れている。団体として進化したチームです。
橋本選手は「一気に化けそうだな」という予感はあった
――東京五輪での橋本選手の活躍にびっくりしました。19歳での個人総合金メダルは歴代最年少です。
冨田 彼のことは中学・高校時代から知っていますけど、当時から空中感覚に優れた選手でしたが、演技としてはまだ粗削りな状況でした。ただ大学に入る頃には成熟しており、練習で何度も大技に挑む姿勢などから、「一気に化けそうだな」という予感はありました。
その一方で、入学したばかりの頃は感情の波があったように思います。調子が上がらないときは、あらゆることをネガティブに捉えてしまい、試合でも消極的になる傾向にありました。どの競技も同じだとは思いますが、メンタルの状態はパフォーマンスを大きく左右します。
橋本選手の最も優れているところ
冨田 そんな時は「今できることのベストは何か」を考えるようアドバイスをしていました。プレッシャーのかかる国際大会で常に調子がすごくいい、なんてことはまずないですし、その中でいかに最高のパフォーマンスを出せるかが勝負の分水嶺になります。ただ彼は、1言えば10、20と理解して自分のものにできる選手。試合や練習での短いやり取りの中ですぐ修正していました。
東京五輪直前には、金メダルを狙えるかなというレベルまでは行っていたと思います。1年の延期、無観客開催とイレギュラーな状況がどうかな、と思ったけど取り越し苦労だった。
ただ、東京大会以降は五輪チャンピオンとして、あるいは日本のエースとしての心の持ち方に悩んでいたのではないでしょうか。それでも、その都度その都度乗り越えてきた。全ての経験を成長へと繋げてくれています。
――橋本選手が、最も優れているところはどこですか。
冨田 体操が好きなところですね。それは、彼が歴代でも一番かもしれません。体操を熱心に研究しますし、理解も早い。たとえば、練習中も「あの時失敗した原因はこうです」と、言葉で説明してくるんですね。自分の動きを言語化できる体操選手はなかなか珍しいと思います。だから教えていても面白いし、私も新たな気づきを貰うこともあります。
新たな技の習得にも熱心で、一緒に練習している学生たちのこともよく見ている。たとえば相手がどんなに後輩であっても、その人しかない強みを探して自分に取り入れようとする姿勢がある。彼の強さの理由だなと日々思っています。
「とにかくメンタルが強い」キャプテンの萱選手は…
――安定感に定評がある萱選手はどうですか。彼は博士号も取得したんですよね。
冨田 スポーツ健康科学の博士号ですね。萱はとにかくメンタルが強い(笑)。ストイックですね。本番が一番いい演技をするんだろうな、と思える稀有な選手です。筋力とか体の柔軟性、動きなどアスリートとしての素質が特別に高いわけではありません。
でも、失敗しない裏付けを自分の中にロジカルに落とし込んで、自分の能力を引き上げているのだと思います。だから五輪のようなプレッシャーのかかる舞台でも、萱だけは安心してみていられますね。
瞬発力や美しい着地が強みの谷川選手
――跳馬最高難易度の大技「リ・セグァン2」を決められる谷川選手は、跳馬のスペシャリスト。パリでも大技への挑戦を期待してしまいます。
冨田 高校ぐらいから「リ・セグァン2」に挑戦していましたから、やるんじゃないでしょうか。
――昨年のアジア競技大会では、日本選手では45年ぶりとなる種目別跳馬で金メダルを獲得していました。
冨田 そうですね。彼の自信に繋がったんじゃないかなと思います。瞬発力や美しい着地が彼の強みで、跳馬だけでなく床や平行棒も得意な選手です。
将来が楽しみな岡選手、あん馬で大技を決められる杉野選手
――日本は長らく吊り輪を苦手としてきましたが、20歳の岡選手は吊り輪でF難度を決めるなど、チームに勢いをもたらしてくれそうです。
冨田 彼は私が指導をしていませんが、その才能は早くから体操界で話題になっていました。15歳で出場した世界ジュニア選手権で団体総合と個人総合で金メダルを獲得していますし、将来が楽しみな選手です。
杉野選手はあん馬や鉄棒が得意。特にあん馬ではH難度の大技を決められる数少ない選手です。彼は団体の最終種目の鉄棒でも演技をする予定なので、メダルの色を左右するかもしれません。
ライバルは中国、アメリカになりそうですが、日本は昨年の世界選手権でも金メダルを獲っていますし、彼らは自信を持って臨むのだろうなと思っています。
日本が追求してきた「美しい体操」もアドバンテージになるはずです。体操のルールは、五輪が終わるたびに少しずつ変わっています。そのたびに新しい技を取り入れてくる選手が増える。そうすると、演技にはより洗練さが求められるようになる。無駄のない動きだとか美しいフォームといったところにフォーカスされる。
アクロバティック的な動きを得意とする海外勢よりは繊細な動きで高度な技を決める日本の体操は、今、有利なのではないかなと思います。選手たちの活躍を楽しみにしています。
(吉井 妙子)
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