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「いやだ、人殺しの訓練してた人なの」54歳で陸上自衛隊を退職した元自衛官が、転職後に突きつけられた“悲しい現実”

文春オンライン / 2024年8月2日 6時10分

「いやだ、人殺しの訓練してた人なの」54歳で陸上自衛隊を退職した元自衛官が、転職後に突きつけられた“悲しい現実”

写真はイメージです ©YANCHINGNOW/イメージマート

〈 「命をかけてその程度か」“日本を守る”自衛官の意外な給料事情…「退職金3000万円」でも“恵まれていない”ワケ 〉から続く

 自衛官の定年は一般企業、他の公務員よりも早く、年間6000人の退職者の大部分が55歳前後だという。定年後も大企業顧問、研究機関の長、大学、メディアなどで活躍できるのは、一握りの超エリート自衛官だけ。そのほかの自衛官はどんなセカンドキャリアを歩み、どのような現実と向き合っているのだろうか?

 ここでは、防衛大出身の作家・松田小牧氏が、自衛官のセカンドキャリアを追った著著『 定年自衛官再就職物語 - セカンドキャリアの生きがいと憂うつ - 』(ワニ・プラス)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/ 1回目 から続く)

◆◆◆

介護・輸送で生きた自衛官のスキル

「人材不足」が喧伝されている、介護職や輸送職に就いた自衛官の姿も見ていきたい。社会の高齢化にともない、少しずつ介護職に就く元自衛官も増えているようだ。

 介護事業所が提供するサービスは、大きくわけて「居宅型」「通所型」「施設型」にわかれる。居宅型は、利用者が自宅でサービスを受けるもの、通所型は利用者がサービスを提供する施設に赴くもの、施設型は特別養護老人ホームや介護老人保健施設などで介護サービスを受けながら生活をするものとなる。

 2010年代に陸上自衛隊を54歳・3尉で退職した数田政義氏(仮名)は、介護職への転職を考えていると妻に打ち明けた際、当初は猛反対を受けた。

「介護は『低賃金でつらい仕事』とのイメージを持っていたようです。私が自衛官の仕事はできても、介護の仕事は耐えられないんじゃないのかと心配していました」

 それでも、自衛隊で「人の大切さ」を強く感じていた数田氏は、「心を込めて人に接したい。いまの自分のスキルでそれが叶うのは介護職だ」と譲らなかった。

 ただ当初は介護ヘルパーの道を歩むつもりだったが、妻との話し合いの結果、自己開拓で通所型の施設の送迎を中心とした業務に就くことが決まった。介護ドライバーになるには、普通自動車一種免許さえあればいい。介護タクシーなどと違って利用者からお金を取らないため、二種免許は必要ないのだ。

 施設としても、元自衛官の採用は初めてとのことだったが、面接時に所長から言われた「元自衛官であれば安心できるね。期待しています」との一言に、嬉しさを覚えた。

自衛官だった数田氏ならではの不安

 主な業務内容は利用者の顔と名前、自宅を覚え、利用者を安全に送迎すること。加えて送迎は朝・夕のみなので、空いた時間は館内の清掃や雑務、簡単な介護・介助にも携わる。

 手取り額は20万円を切るが、「送迎ドライバーとしてだけであれば、時給1000円ちょっとのアルバイトとして雇われていることも多いようです。そんな中、正社員として雇用してくれていることはありがたいと思っています」と話す。

 この「送迎」には、当然ながら乗車・降車の移動介助も含まれる。最初こそ、介護職員が同乗していたものの、介護職員初任者研修の資格を取得してからは、移動介助も数田氏の仕事だ。これまで頑強な自衛官ばかりと接してきた数田氏にとって、高齢者に触れることには不安もあった。

「もし誤って転倒でもさせてしまえば、簡単に骨が折れてしまうかもしれない。骨が折れてしまえば、寝たきりになる可能性もある。そんな事態だけは絶対に避けなければいけない」。そんな不安も抱えていた。

 昨今、高齢者を乗せた送迎車の事故が増加しているとも言われている。数田氏自身、「常に気を張り詰めていますが、走行中に話しかけてくる方もおられます。その対応もしなければなりませんので、運転は結構疲れます」と話す。

 当初は、利用者から「顔や雰囲気が怖い」「目線が怖い」と言われることもあったという。「自衛官としての態度が、逆にマイナスになったかもしれない。でも自分ではどうすればいいかわからない」と、同僚に相談。その結果、「なるべく笑顔を心がけること」「相手の目を見つめすぎないこと」「利用者のことを考えて対話すること」が重要だと教わった。

 自衛隊では「相手の目を見て話せ」と教わってきただけに、「相手の目を見てはいけない」というアドバイスには驚きもした。だが、実践すると確かに「雰囲気が柔らかくなったね」と声をかけられた。

「いやだ、人殺しの訓練してた人なの」

 これまで数田氏が最もつらかったのは、「自衛官である過去を否定されたこと」だ。利用者の女性と雑談していたとき、話の流れで「自分は自衛隊にいました」と告げたところ、それまで楽しく談笑していた女性の顔色が変わった。「いやだ、人殺しの訓練してた人なの。そんな人だと思わなかった」。それまでの和やかなムードは一転、冷ややかな空気に包まれた。その後、女性は数田氏を露骨に避けるようになったという。

「確かに私が入隊したころは、まだ『自衛隊なんて……』という空気が世間にありました。けれど時代は移り変わり、多くの国民に受け入れられるようになったと感じていました。しかし、やはりまだ自衛隊に対してアレルギーを持つ人はいるんですよね。こうもあからさまに思いをぶつけられたこと、それがその後の仕事に影響したことは、正直言ってしんどかったです。自分が自衛官であったことには誇りを持っていますが、誰かに『前職は自衛隊です』と言うときにはいまも少し緊張します」

感謝は大きなモチベーション

 そんな中でも、やりがいは何といっても利用者からの感謝の言葉だ。

「自衛官時代には、直接国民から感謝の言葉を述べられる機会というのはほとんどありませんでした。それがここでは、利用者さんから直接『ありがとう』と言ってもらえます。その感謝は大きなモチベーションになります」

 施設内の清掃も数田氏の業務だが、自衛隊で培った清掃やベッドメイキングのスキルは、期せずしてここで生きた。「数田さんの清掃した部屋は綺麗だ」と言われることは、ささやかな自信になっている。

介護業界への疑問とやりがい

 今後については、介護ドライバーの仕事を続けていくつもりだ。ただし、介護業界全体には、疑問もある。

「『介護』と言うと『キツイ』というイメージが浮かび上がるかと思います。確かに自衛隊のころのほうが断然、楽でしたし、介護職は給与が低い。20代の若者が夢を持てる業界ではありません。24時間対応の施設もあります。『自衛隊が紹介してくれたから行ってみる』という気持ちでは、続けることが難しいかもしれません。ただ腹さえくくれば、介護は未経験でも多くの事業所でOJT(職場での実務訓練)の制度があるので、体力と責任感のある自衛官は非常に重宝されるはずです。『人』が好きな方は、『この世界で生きていく』という覚悟さえ持てばきっとやりがいを見出すことができると思います」

(松田 小牧/Webオリジナル(外部転載))

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