内部にはナゾの屋根、通り抜けた先は行き止まり…石川県七尾市の集落にポツンとある“独特すぎる隧道”を訪れてみた
文春オンライン / 2024年8月21日 6時10分
上り坂の先にある“なんとも珍しい隧道”
能登半島の中心部である七尾市に、「此ノ木隧道(ずいどう)」と呼ばれる“なんとも珍しい隧道”がある。そんな話を聞いたのは、数年前のことだった。
隧道とはトンネルのことで、古くからあるトンネルが隧道と表記されるケースが多い。能登半島の付け根にあるそれは、国内外を見渡しても他に例がないほど、珍しい隧道なのだという。気になった私は現地に向かった――。
◆◆◆
舗装もされていない坂道の先に突然…
石川県七尾市大田町の小ぢんまりとした集落から、山へ向かって一本道を進むと、次第に人家も見えなくなる。山林の中に田んぼだけが広がるのどかな風景のなか、対向車とすれ違うことができない細い道が続いている。
細い道から左折すると、アスファルトがなくなり未舗装路となった。軽自動車でも道幅に余裕がないガタガタの道は、ゆるやかに斜面を登ってゆく。
本当に車で行けるのか? 不安になりながらも運転を続けていると……坂道の先に突然、隧道が現れた。
左右は山に囲まれ、深い切り通しになっている。正面の山の斜面に、隧道がぽっかりと口を開いている。とても神秘的なロケーションだ。
これだけで最高である。が、さらに、隧道の中に見える丸太で組まれた屋根のようなものも気になる。隧道内に収まっている屋根の上部には、高さ制限2.7メートルを示す道路標識が掲げられ、圧倒的な存在感を放っている。このシチュエーションで道路標識。違和感しかない。異彩そのものだ。
予想をはるかに上回る神秘的かつ珍しい隧道が出現したものの、あまりにも情報量が多く、理解が追い付かない。一つずつ整理していこう。
未舗装の1車線ぎりぎりの上り坂、深い切り通しの先にあった隧道。隧道内部はコンクリートで固められることなく、素掘りの状態。隧道の中には、丸太を組んだ東屋のようなものが見える。そして、隧道には高さ制限の標識が掲げられている。
道路標識は道路交通法に基づいて設置されるもので、個人が勝手に設置すると違法行為になってしまう。つまり、この隧道はきちんと管理され、公安委員会が高さ制限標識の必要性を認めたということになる。こんな山奥の未舗装道路、しかも素掘りの隧道に……いったいなぜなのか。
「東屋のような建造物」の謎
訪問前に想定していた以上の珍隧道に衝撃を受けながら、内部へと進入する。
気になるのは、やはり東屋のような構造物だ。通常、トンネルや坑道を掘る際、崩壊しないように支保工と呼ばれるつっかえ棒のような支えを設ける。東屋も支保工の一種かと思ったものの、よく見ると天井に接しておらず、何も支えていない。
支保工ではないとしたら、他に考えられる用途は、隧道内から落下してくる石や砂を防ぐための覆道(ロックシェッドやスノーシェッドが代表的)としての役割だ。しかし、隧道内に覆道があるなんて、見たことも聞いたこともない。
隧道は20メートルほどしかないが、ほぼ全長にわたって屋根が設けられている。丸太でしっかりと組まれており、多少の砂や小石が落ちてきても、しっかりガードしてくれるだろう。天井部分は屋根に覆われているが、左右は支柱の間から剝き出しの山肌が見える。
隧道を通り抜けると、つい、これまで進んできた道を振り向いてみる……。
入ってきた側と構造は似ている。が、こちら側には高さ制限を示す道路標識は設置されていない。高さ制限が片側にしかないというのも変な話だ。
謎はさておき、出た先の道がどこへ通じているのか気になったので、そのまま進んでみた。次第に、未舗装の道が険しさを増す。道は左右に分岐していたが、どちらもすぐに藪と化し、車で進めなくなってしまった。どうやら、こちら側は行き止まりなので、片方にしか高さ制限の標識がなかったのだろう。
ひとつの謎は解明できた。
しかし、これによって、ますます隧道の存在が謎となった。隧道というのは、通行がとても便利になる半面、造るには多くのお金や労力が必要となる。必然的に、それなりに交通量が見込める場所にしか造られない。何もない行き止まりの道。わざわざ隧道を掘らないだろう。謎は深まる……。
隧道が掘られた理由
岐阜の自宅に帰って調べてみると、意外なところに情報があった。本メディアで、過去に この隧道を取り上げていた のだ。要約すると、このようなことが書かれていた。
資料は残っていないが、当時は隧道の先に多くの田畑があり、大八車(江戸時代から昭和初期に使われていた木製の人力荷車)が通れる道が地域住民にとって必要だった。そこで、あの場所に隧道を造ることになった。当時の土木工事の多くは県からの直営で行われていたため、地域住民が人夫として力を合わせ、昭和35年に隧道を完成させたと考えられる。
当時の町会長の言葉として、このようにも書かれている。
〈「経年による風化で天井から土がぽろぽろ落ちてくる。それを防ぐために東屋状の木の庇を設置したんでしょう」〉
先を越されて悔しい気もしたが、各所に取材を尽くされており、これでほぼ謎は解けたように思われた……。しかし、最後の一文に目が留まった。
〈「この集落にすべてをわかってる人はもういないし、正確な記録が残っていないだけにはっきりとしたことはいえませんが、そう考えています。」〉
これは、まだ解明の余地があるのではないか?
私は、翌年、再び現地を訪れた。
すると、思いもよらぬ真相を知ることができた――。
〈 「え? 掘られたんですか? あの隧道を?」現地住民への聞き込みで初めてわかった“世にも不思議な隧道”が建設された“納得のいきさつ” 〉へ続く
(鹿取 茂雄)
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