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「胃に穴が開いて、睡眠薬も欠かせなかった」「そんなんじゃ世界に勝てない、と…」バレー男子日本代表が“最も強くなるタイミング”とは《中垣内祐一が解説》

文春オンライン / 2024年7月31日 11時0分

「胃に穴が開いて、睡眠薬も欠かせなかった」「そんなんじゃ世界に勝てない、と…」バレー男子日本代表が“最も強くなるタイミング”とは《中垣内祐一が解説》

©JMPA

 パリ五輪開催直前の世界ランキングで“過去最高”の2位まで浮上し、52年ぶりのメダル獲得が期待される男子バレー。日本代表がこれほど強くなった理由とは、一体何なのか。前代表監督の中垣内祐一さんに、自ら招聘し後を託したフィリップ・ブランとの秘話やチームの歩みについて聞いた。(全3回の1本目/ つづきを読む )

◆ ◆ ◆

世界一のバレー技術だと断言できる

――パリ五輪では男子バレーが注目されています。世界は大型化、パワー化が進み、日本は50年以上もメダルから見放されてきました。つい最近までメダルは夢物語と思っていたのに、それが今や金メダルの可能性もある。なぜこれほど急に成長したんでしょうか。

中垣内祐一さん(以下、中垣内) 僕が代表監督に就任した2017年から、今後さらに強くなることは想定していましたが、ここまでとは思いませんでした。2021年の東京五輪ではバルセロナ五輪以来のベスト8でしたけど、あくまで成長過程。今のチームのピークは、パリ五輪ではありません。多分、(2028年開催予定の)ロス五輪くらいになるのではないでしょうか。パリ以降も日本代表はまだまだ伸びていきますよ。

 バレー技術に限って言えば、パリ五輪現在、世界一と断言できます。ただ世界の強豪国は高さに加えパワー、技の巧みさもある。それらのビハインドを日本の技術力、組織力、スピード、精密さでどう埋めていくか。高さやパワーには限界があるけど、技術の追求はエンドレス。日本によりアドバンテージがあります。

強烈なハングリー精神に蓋をしたくなかった

――でも、中垣内さんが代表監督に就任された2010年代後半、日本は世界ランキング15位前後を推移していました。どんなチーム作りをして急速に進化させたんですか。

中垣内 石川(祐希)をはじめとする今の選手たちは、勝ちたい、上手くなりたい、世界一になりたい、というハングリー精神が半端ない。日常のほとんどをバレーのために費やしていると言っていい。これはバレーが上手くなるために必要か、そうでないかという線引きが明確なんです。言うなら、バレー以外にはあまり興味がない。

 僕らの選手時代は邪念だらけでしたよ(笑)。試合が終わったら釣りに行きたい、飲みに行きたい、デートしたいとか……。試合や練習で円陣を組むと酒臭い選手がいたり。そんな反省もあり、今の選手らの上手くなりたいという強烈なハングリー精神に蓋をせず、成長させる環境作りをしたいと考えたんです。

――そもそも、なぜ東京五輪の時、代表監督に立候補したんですか。

「何気なくテレビを見ていると…」代表監督に立候補した理由

中垣内 その頃は新日鐵住金(当時)の会社員で、営業を担当していました。何気なくテレビで2015年のW杯を見ていると、石川や柳田(将洋)など、ハイセット(2段トス)から巧みにスパイクを決める選手がいて驚いた。すごい選手が出てきたと思ったけど、彼らの才能をさらに引き出すには「日本人コーチでは無理」と考えたんです。

 それまでの代表監督やコーチは、元選手が就任していた。だけど現役時代に実力があっても、コーチには別の能力が必要とされる。そう強く思ったのは、2009年から2年間、日本オリンピック委員会スポーツ指導者海外研修事業で、米国やブラジル、欧州などの指導現場を見てきたからでした。

 海外のコーチはみなプロ。成績を出せなければ即刻クビ。だから指導者はめちゃくちゃ勉強します。勝つためにいいやり方だと判断すれば即座に取り入れるし、戦術・戦略の思考も深く、情報は常にアップデート。選手やスタッフを私情なしで入れ替える。組織に忖度することもありません。

 一方の日本は企業スポーツなので、引退すれば社業に戻る。バレーに賭ける覚悟が全然違います。ただ、東京五輪の監督候補は日本人限定という縛りがあったため、僕が立候補し、アシスタントコーチに外国人を呼ぶプランを提案し、採用されました。

弱小チームを強豪に育て上げたフィリップ・ブランの実績

 コーチ候補は2~3人いたけど、日本人選手を成長させられるのはフランス人のフィリップ・ブランしかいないと思っていました。彼はそれまで弱小チームだったフランス代表を強豪に育て上げたし、ポーランド代表も強くした。何より守備の指導に定評があり、日本が得意なディフェンスをさらに磨き上げてくれるという確信がありました。

――二人三脚はすんなりいきましたか。

「そんなバレーじゃ世界に勝てない」初日からぶつかった2人

中垣内 いやいや、合流初日からぶつかっていましたよ。日本の男子バレーは、相手側のサーブをレシーブしてから得点するサイドアウト率を上げることに懸命になってきた。でも、なかなか成功しない。

 だから僕は逆の発想で、サーブする側がラリーを制するブレイク率を高めれば、相手のサイドアウト率を自ずと下げられると読んだ。そのためにはサーブが重要だと考えたんです。ところがフィリップは「そんなバレーじゃ世界に勝てない」と即刻却下。

 今でこそ、フィリップもサーブの重要性を分かっていますが、彼が考えを改めたのは僕のストラテジーを受け入れたのではなく、西田(有志)が代表入りし、彼のサーブを見てから(笑)。

 選手の起用や指導法でもかなりぶつかりましたね。負傷した選手を出場させようとして止めたこともあるし、「大学生はなぜ勉強するんだ、練習ができないじゃないか」と怒ったり。学生だから勉強するのは当たり前なんですけど。

 とにかく頑固で人の言うことを聞かない。一旦決めたらわき目も振らず実行するブルドーザーみたいな人です。

胃に穴が開き、睡眠薬も欠かせなかったフィリップとの5年間

――よくそういう人と4年間も。

中垣内 胃に穴が開いたし、睡眠薬も欠かせなくなりました(笑)。

 でも、日本代表を強くするのは彼しかいないと考え招聘したので、彼の意見を尊重するのは当たり前。最初の頃は彼の思考パターンが分からず苦戦しましたけど、どういう風に立ち回れば彼が納得するのかは覚えましたね。彼はアシスタントコーチだけど実質的な監督になってもらい、僕は総監督的な立場になり一歩下がれば、物事がスムーズに進むと分かった。

 結局、僕のプラン通りになったことが何度かありましたけど、彼には「だから言ったでしょ」とは口が裂けても言わない。彼のプライドを傷つけてしまいかねないので。ほかの人には言ったかもしれないけど(笑)。

中垣内 とにかくフィリップは優秀です。判断が速いし、物事が重層的に見えているのか、試合や練習で選手に対する指示が瞬時で正確。特にコート内でのポジショニングに関しては秀逸でした。

 レシーブやブロック、飛ぶ位置、入る位置を徹底して決めて、ちょっとでもずれようものなら「そのポジションじゃない!」って。びっくりするぐらい緻密な一方で、試合展開によっていかようにも変える。その速さと正確さこそがまさにフィリップの武器であり、日本代表の強みになっています。

 いうなら彼は間違いなく三ツ星レストランのシェフ。素材を最高に生かすのが上手いんですよ。

「よくぞ引っ張ってくれた」長身メンバーの“過去”は…

――それでも、素材が良くなければどんな名シェフでも腕の振るいようがない。素材を育て集めてきたのは中垣内さんですよね。

中垣内 それを言うなら、まずは彼らの両親や中・高校の指導者に感謝したいですね。ミドルブロッカーの山内晶大、小野寺太志、高橋健太郎はいずれも身長が2mを超えていますが、彼らは中学まで野球やバスケットをしていたんです。それを当時の指導者がよくぞバレーに引っ張ってくれたなって。

 ただ、伸びそうだなという選手には、アンダーカテゴリーにいた頃から、日本代表の経験を積ませました。西田、髙橋藍、宮浦健人などがそう。周りから反対されましたけど、鉄は熱いうちに打て、ですよ。

石川、西田、髙橋…海外での経験を積んだ中心メンバーの強さ

 海外移籍の後押しもしましたね。僕らの時代は世界が遠くて、試合する前から「ダメかな」と引いてしまうこともあった。しかし海外でプレーすれば目線が変わる。高いレベルの中で自分の能力を伸ばすことはもちろんのこと、強い選手と日常的に触れ合うことによって、「彼らも自分とあまり変わらない」と思うんですよね。これが大事。

 一緒に食事したり飲みに行ったりしながら、バレーへの取り組み方とか技術の磨き方なども学べるし、自分たちと違う存在だとは思わなくなるんですよ。だから代表戦の時にコートで向き合っても互角に張り合える。

 石川、西田、髙橋藍、宮浦、セッターの関田誠大ら代表の中心メンバーは海外を経験しています。だから強いんですよ。

〈 「主将は石川と決めていた。イタリアにいた彼に電話すると…」中垣内祐一がみた男子バレー石川祐希28歳の“本気”《エースの西田、髙橋藍、セッターの関田は…》 〉へ続く

(吉井 妙子)

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